第18話 美少女が部屋にいる

 

 お皿に盛った料理を運びながら、母さん――伏見桜は微笑んだ。


「今夜は甚太君の大好きなカレーよ」

「おぉ、やったぜ」


 お昼にもカレーを3杯食べていた俺だが、そのことは伏せて喜ぶ。

 まぁ、家で食べるカレーと外で食べるカレーは別物だからな。

 そもそも、戦場ではヘビとか捕まえて食べてるのでご馳走に違いない。


 テーブルにカレーやサラダ、スープを運ぶと、みんなで「いただきます!」と手を合わせる。


「シャルちゃん、どう? お口に合うかしら?」

「と、とっても美味しいです!」

「うふふ、良かったわ」


 さて、伏見甚太の最も恵まれている部分。

 それは目の前で優しい笑みを浮かべているこの母親だ。


 伏見甚太の記憶には今まで食べてきた食事の思い出がある程度残っているが、どれもかなり栄養バランスが整っている。

 ほぼ母子家庭状態のこの家で、伏見桜は働いて生活費を稼ぎながらも子供2人の健康を考えて料理を作ってきたのだろう。

 それは、戦場の兵士よりも過酷なことかもしれない。

 のほほんとした雰囲気の彼女だが、とてもしたたかな女性だ。


「……皿洗いは俺がやるよ」

「あら! 嬉しいわ甚太君!」

「なによ甚太~、シャルちゃんが居るから良いところでも見せようっていうの?」


 ニヤニヤと笑う亜美。

 記憶だといつもは亜美が家事を手伝っている。

 伏見甚太は自分がイジメにあっていることを母親には隠していて、何かの拍子にバレるのを恐れて基本的には部屋に引きこもり気味だったようだ。


 シャルは慌てて立ち上がる。


「あっ、わ、私がやります! 泊まらせて頂く身なので!」

「シャルは土産を持って来いよ。せっかく選んだんだろ?」

「あっ、そうだ! ちょっとお待ちください!」


 俺はテーブルからお皿を回収して洗う。

 アーロンにコツを教えてもらったので俺も皿洗いは慣れたもんだ。

 その間に、シャルは手土産が入ったビニール袋を持って来た。


「……つ、つまらないモノですが!」


 そう言って、シャルが取り出したのは百貨店で買った贈答用のフルーツセットだった。

 1つ5000円もするリンゴや1つ1万円以上もする桃、いわゆる最高級フルーツである。

 それを、あえてむき出しのままビニール袋に入れてそこらへんの八百屋で買った感じで持ってこさせた。


 どうしても、「高級品を差し上げたい!」というシャルの気持ちと、「ウチみたいな貧乏家族がそんなの渡されたら気を使う」という俺の意見の折衷案である。


「あら、デザートに丁度いいわね!」

「わ~! 私、桃大好きなんだ! シャルちゃん、ありがとう!」

「あっ、桃は亜美さんの大好物だからって――」

「ゴホンッ! シャル、それ切り分けてやるから持ってきてくれ」

「あっ、うん!」


 シャル、余計なことは言わなくて良いぞ。

 俺が選んだって知ったら、多分亜美はテンション下がるから。


「包丁は慣れねぇな……シャル、サバイバルナイフ持ってないか?」

「持ってるわけないでしょ。日本じゃ銃刀法違反よ」


 俺が切り分けると、シャルが隣でお皿に盛り付けていく。

 そうして出来上がったプレートをテーブルに持っていった。


 果物を一口食べると、母さんと妹は目を丸くした。


「――っ!? す、すっごい美味しい! きっと、2人が用意してくれたからね!」

「桃も甘~い! ほっぺが落ちちゃいそう~! シャルちゃんが持ってきてくれたからだね! ありがとう~!」


 母と妹よ、残念ながらそんな愛情的なモノではなく紛れもなく金の力だ。


 2人の喜ぶ表情を見て、シャルも満足そうに微笑んだ。


       ◇◇◇


「ここが龍二の部屋? 意外と片付いてるわね~」


 風呂から上がったシャルは体からホカホカと湯気を立ち昇らせながら俺の部屋に入ってきた。

 服は寝間着に着替えていて、まだ暑いのか胸元のボタンをはだけさせている。


「伏見甚太は少しゲームする程度で基本的に無趣味だったからな」


 俺はすぐに目を逸らし、机に向かって今日の日記の続きを書く。

 情報を整理する為にも記録は付けていった方が良いだろう。


「さて! それじゃあ、私は重道高校への入学方法を調べないと……」


 そう言って、俺のベッドに寝っ転がるとシャルはパソコンをいじり出す。


「あっ! 外国人生徒の編入もできるみたい! ほら、龍二! 見て見て!」


 シャルはパソコンを持って、俺が座っている一人用の椅子に無理やり身体をねじ込んで隣に座ってきた。


「見えてるよ。というか、近いんだよ暑苦しい。わざわざ隣に来んな」

「なんでよ、こっちの方が見やすいでしょ? 龍二も重道高校の情報は知っておいた方が良いわ」


 シャルは退く様子もなくパソコンを目の前に置く。

 そして、さらに身体を密着させて無邪気に情報共有を始めた。


「外観はこんな感じね……万が一敵に襲われたらこの場所とか利用できるんじゃない?」

「あー、そうだな」

「緊急時の待ち合わせ場所はここなんてどう?」

「あー、確かに」

「ちょっと! ちゃんと聞いてるの?」


 適当に返事をしていたらシャルに睨まれた。


(……ヤバい)


 伏見の身体になったせいで、影響がもう一つあった。

 シャルが近くにいるだけで滅茶苦茶ドキドキする。

 同年齢になった今、こいつが美少女すぎて全く頭に内容が入ってこない。


 くそ、この童貞野郎め。

 恐らく、高校生男子の生物学的な本能だろう。

 俺は身体が高校生でも、精神は良い年したおっさんだ。

 こんなことを考えているなんて知られたら間違いなくシャルにドン引きされる。


「悪いが少しやることがある、高校についてはシャルが一人で調べておいてくれ」

「もー! 分かったわよ!」


 俺はそう言ってシャルの隣から逃げた。

 シャルの体温や香りがするだけでボクシングをしてた時より心臓が早く動きやがる。


(煩悩退散……煩悩退散……。明日の予定でも確認するか)


 さて、明日は土曜日……バイトが入ってるな。

 シャルに少しでも金を返す為にやっておくか、あの店即金で渡してくれるし。


 そんな時、伏見があの雇われ店長に言われていた言葉を思い出した。


『週末から近くで国際展示会があるからよぉ、外国人のお客さんが沢山来るかき入れ時なんだよ!』


 ……国際展示会。

 スマホで調べるとかなり大きな展示会で半年以上に渡って開催されるらしい。

 忙しくなりそうだな、外国人客が大勢くるだろう。


 あの飲食店のスタッフは女性が多いが、伏見甚太は全員に軽蔑されている。

 無視されることも多く、そのせいで注文が遅れたこともある。

 サービスはスタッフの連携が重要だ、できれば息を合わせて仕事をしたいが……


(――ていうか、あの店誰か外国語話せる奴居んのか?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る