第15話 ボコボコにしてやるよ

 

「それで、シャルはこれからどう過ごすんだ?」


 俺が尋ねると、シャルは顎に手を当てて考える。


「そうね……龍二と同じ学校に通おうと思ってるわ。女子高生なんて潜伏するにはうってつけだし」

「確かにな。お前と同級生か、なんか変な感じだな。俺の事は伏見ふしみ甚太じんたって呼べよ?」

「学校ではね。でもプライベートでは龍二って呼ぶわ。見た目が変わっても龍二は龍二だから」

「なんだそれ……それと、気を付けろよ?」


 俺がそう言うと、シャルは首をかしげる。


「気を付けるって何に?」

「お前、高校だと滅茶苦茶モテるだろうから」

「モテるから?」

「……変な男が寄ってくるかもしれないだろ」


 俺がそう言うと、シャルはニマニマと笑う。

 なんだこいつ。


 俺は缶コーヒーを飲み終えると、缶を握ったままギュッと力を入れる。

 しかし、缶は全く変形しなかった。


(片手じゃスチール缶も潰せねぇか。やっぱりこの身体を鍛えねぇとな)


「シャル、金持ってるか?」

「早速カツアゲ? 晒すわよ?」

「カウンターが容赦ねぇな。ちげーよ、筋トレしてぇんだ。明日から土日だし今のうちにトレーニングジムにでも入会してこの貧弱な身体をどうにかしてぇ」

「あー、なるほどそれでお金が必要ってわけね」

「器具があると効率が良いからな」

「分かったわ」


 シャルはそう言うと、長財布から万札を10枚ほど俺に手渡した。

 流石に俺はツッコミを入れる。


「……いやいや、おかしいだろ」

「足りないかしら? 待ってて、そこのコンビニでおろしてくるから」

「違う、そうじゃない。あのなぁ……」


 シャルは何が悪いのか分からない様子で首をかしげる。

 そうか、シャルも傭兵として働いてた。

 こいつはずっとパソコン弄ってて金使わないから滅茶苦茶貯金あるんだよな。

 金銭感覚もなさそうだ。


「お金はそんな簡単に貸して良いもんじゃないんだよ。もっと渋ったりしろよ」

「貸すんじゃないわ。龍二にあげるのよ?」

「なお悪いわ! 簡単に金をあげるなよ!」


 シャルも呆れた表情で言い返す。


「あのね龍二。貴方が居なかったら私死んでるのよ? 私が貴方にいくらお金を渡そうが安いモノだと思わない?」

「そっ、それはお互い様だろ? 俺だって傭兵時代にはシャルに何度も命を救われてる」

「でも結局お金は必要でしょ? 良いから受け取って」

「か、借りるだけだからなっ! 絶対に返す!」

「別に良いってば」


 俺はシャルから借りたお金の金額をスマホにメモする。

 もちろん、さっきの昼食代と缶コーヒー代もだ。


「それにしても、よく筋トレなんてそんな楽しそうにできるわね? 辛いだけじゃない」

「まぁ、筋トレ好きはドMって言うからな」

「……なるほど。協力してあげるわねっ!」


 シャルはそう言って鼻歌を歌いながら肩をグルグルと回す。

 おいやめろ。


「……でも、殴られるってのは良いな」


 オレがそう呟くと、シャルは顔を真っ赤にして狼狽えた。


「――えっ、本当に!? ちょ、ちょっと待って! 私も上手くできるか――」

「ちげーよ。変な勘違いすんな」


 俺はズバッと否定する。

 何ちょっとノリ気になってんだよ。


「俺の身体が鍛え上がるまで実戦は待ってくれねぇからな。この貧弱な体でも動けるように試運転がしてぇ」

「試運転?」

「あぁ」


 不思議そうな表情をするシャルを連れて、俺は移動する。

 伏見の記憶だと確かここに……。


「あった、ここだ」


 着いたのは町のボクシングジムだ。


「たのもー!」


 俺が大声を上げながらジムに入ると、中で練習していたボクサーたちは練習の手を止める。


 腕を組むと、俺は不敵に笑った。


「ここで一番強い奴と戦わせろ!」


「…………」


 ジム内は静まり返る。

 そして、俺と隣で呆れてる表情のシャルを見てドッと笑いが起こった。


「ぷっ! あっはっはっ! なんだこのガキw」

「おいおい、ここはデートスポットじゃねぇぞ?」

「彼女に良いとこ見せて―のか?」

「そんな貧弱な身体じゃ無理だろ! ギャハハ!」


 予想通りの反応だ。

 シャルは「か、彼女……今、私龍二の彼女って……」と屈辱で震えて怒りに顔を真っ赤にしていた。

 すまん、まさか俺なんかと付き合っているように見られるとは思わなかった。


 ――バコォン!


 そんな笑い声をかき消すかのような音が響いた。

 一人のボクサーがサンドバッグを殴った音だった。

 そのボクサーは額に血管を浮かべて俺の前に立ちふさがる。


「おいクソガキ、練習の邪魔しに来てんじゃねぇ」

「練習の相手をしに来たんだよ。光栄だろ?」

「お前みたいなふざけた奴が来て良い場所じゃねぇんだよ」

「わりーな、フィットネスクラブと間違えちまったみてぇだ。あまりにぬるいパンチしてるからよ」


 アーロン仕込みのアメリカンジョークを言うと、そのボクサーはブチ切れた。


「上等だ。今はコーチも居ねぇ。ボコボコにしてやるよ。てめぇらもこのことは誰にも言うんじゃねぇぞ!」


 恐らくプロになれないアマチュアボクサーだろう。

 口止めまでして俺を殴りたいようだ。

 プロならこんなことはしない。


「おいおいおい、死んだわアイツ。青島さんがキレちまったよ」

「いいぞー! 冴えない小僧がこんな可愛い子連れてるなんて許されねぇからな!」

「彼女、幻滅してあいつを捨てるぜ? きっと」

「青島さん、やっちまってください! ギャハハハw」


 一応スパーリングという形式を取るために、俺もヘッドギアとグローブを付ける。

 すると、シャルが心配そうに俺に耳打ちをしてきた。


「龍二、気を付けてね」

「あぁ、大丈夫だ」


 俺がリングに立って、青島というボクサーと向かい合うとシャルは言葉を続けた。


「――相手を殺さないように」

「おう、手加減する」

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