第14話 美少女をお持ち帰り

 

 俺が話しかけると、シャルは振り向いた。

 今の俺は伏見甚太の身体と声だ。

 だから俺が龍二だなんて分かるはずがない。


 なのに、シャルは俺を見て不審に思うよりも瞳を丸くして驚いていた。


 まずはどう俺が龍二だと証明しようかと思い、俺は右手を上げる。

 そして俺たちにしか分からないやり取りをした。


「あ~。せっかくの再会だし、やっぱりハイタッチは両手の方が良いか?」

「――りゅ、龍二? ほ、本当に……?」

「あぁ、ただいま相棒」


 シャルは俺の胸に顔を押し付けて、子供のように泣きじゃくった。


       ◇◇◇


「――というわけで。俺は伏見甚太という高校生の身体に転生したんだ」

「何が『というわけで……』よ。何も分かってないじゃない」


 駅前の洒落たカフェで昼食を食べながら、俺はシャルにこれまでの経緯を話した。


「そうなんだ、何も分かってないことが分かっている。それって少し賢いだろ?」

「……まぁ良いわ」

「シャルはどうして俺を見てすぐに龍二だと気が付いたんだ?」

「目つきが悪かったから」

「……まぁいいか」


 お互いに言いたいことをドリンクと一緒に飲み込んで話を続ける。


「じゃあ、詩織さんには話さないつもりなのね?」

「あぁ、俺の魂がいつこの身体から抜けて天に召されるか分からねぇからな」

「本当にそれで良いの?」

「良いんだよ。大切な人を失う気持ちを二度も味わわせたくないし、詩織にもさっさと俺なんて忘れて好きに生きて欲しいしな。アイツが生活に困らない金はもう傭兵時代に振り込んである」

「……そっか。龍二がそう思うならそれで良いかもね」


 シャルはパスタをフォークでクルクルと巻きながら話を続ける。


「龍二はこれからどうするの?」

「俺はそうだな……とりあえず伏見の家族に事情を説明して――」

「それはやめた方が良いかも」

「どうしてだ?」


 シャルは少し迷った後、話し出した。


「龍二、最後のミッション覚えてるでしょ?」

「あぁ、忘れるわけがねぇ。死因だしな」

「思い出してみて欲しいの。旧ソ連のマフィア達、私たちが奇襲を仕掛けたはずなのにやけに迎え撃つ準備が整ってなかった? 龍二も賞金首にされてたし」

「…………」

「逆に、直前で決めた私とオスカーの別動隊の方にはほとんど敵がいなくてすんなりと施設にまで到着できた。対応できなかったのよ、マフィアたちに情報を流す暇がなかった」

「……それって」

「極めつけはミサイルの自爆ね。私がハッキングできなかったのは遠隔操作されてたから。全員葬るつもりだったのよ私たち『SWORD』を一人残らず」

「……仕組まれてたってことか?」

「そうよ。『SWORD』を邪魔に思ってた奴が私たちを消そうとしたの。龍二が命を張ってくれたから私だけ生き残ったけどね」


 シャルは華麗な仕草で髪をかきあげてパスタを口に運ぶと続きを話した。


「だから、龍二。貴方はこれまで通り伏見甚太として生活した方が良いわ。敵にとって一番厄介だった奴が生き残ってるなんて知られたらすぐに消されるわよ」

「…………」

「龍二?」

「そっか、俺にも転生した理由があったんだな」


 俺が悪い顔で笑うとシャルはため息を吐く。


「復讐するつもり?」

「止めるつもりか?」

「まさか、協力するわよ。私たちの大切な仲間はそいつのせいで全員殺された、本当は私一人でやるつもりだったんだから」


 俺は3杯目のカレーを平らげてシャルに話す。


「敵は俺が完全に死んだと思ってる、この冴えない高校生の身体で『無敵の龍』として再び恐怖で震え上がらせてやるさ」

「……分かったわ、情報は私が集めておくから龍二は伏見甚太として学生生活を送りながら待ってて」


 昼食を食べ終えた俺とシャルは会計に向かう。


「あっ、シャルすまん。俺カツアゲされたからお金持ってないんだった」


 そう言うと、シャルは「何を言ってるんだこいつは?」という顔をする。


「……カツアゲ? 龍二はする側でしょ」

「俺をなんだと思ってんだよ。しねーよ、多分」

「でも、確かに龍二の身体よく見ると袖とかからアザが見えてるわね」

「あぁ、それはもうボコボコに殴られたからな。まだ全身痛ぇよ」

「龍二が手負いだなんて珍しいわ」


 そう言いながらシャルは財布を取り出す。


「伏見が弱かったからな。陰キャで彼女はもちろんロクな友達もいねーし、しかたがねぇ奴だよこいつは」


 俺がそう言うと、シャルは財布を落とした。


「そっ、そっか! 龍二は今彼女がいないのね!? そっか!」

「おまっ、そんなことよりサイフ落としてんぞ!」

「そっかー彼女居ないのかー……うふふ」


 なぜか一向に財布を拾わずに恍惚とした表情で天井を見上げるシャル。

 俺がモテない陰キャになったことがそんなに愉快なのだろうか。

 仕方がないので俺が散らばった小銭も全て拾い集めて支払った。


 お店を出ると、シャルは俺にニッコリと微笑む。


「――それはそうと、龍二を殴った奴の名前を教えて? 同性愛者の出会いコミュニティに大人気のポルノ男優として住所を晒して、取り巻きの奴らのスマホをハッキングして今までのそいつの犯罪を全て晒し上げるから」

「シャル……お前だけは絶対に敵に回したくねーな」


 シャルの怒りを鎮めると、俺たちは公園に向かった。

 ベンチに座ってシャルの金で缶コーヒーを買い、飲みながら話す。


「とりあえず、私は今夜龍二の家に泊まるわ」

「……は?」

「龍二の今の家族も知っておきたいし、何かあった時の為に家の内部も知っておきたいから」


(……そういや、こいつ独りぼっちになっちまったんだもんな)


 俺がそばに居てやりゃ少しは安心するか。

 布団はまぁ……俺が床で寝りゃーいいだろ。


 俺は一応、RINEで伏見の母親に伝える。


『今日、友達が泊まっていくけど良い?』

『甚太がお友達を連れてくるなんて嬉しいわ! 今日は夜勤もないし、夕食も腕を振るうわね!』


 ノリノリだ、さて次に好感度最悪な妹。


『今日、友達が泊まっていくけど良いか?』

『ざけんな死ね。キモいオタクを連れてくるか、不良に脅されたんだろ。絶対に家に入れるな』


 絶好調である。


「――ウチの家族は2人とも大丈夫だそうだ」

「そう、良かったわ」


 シャルは小さくガッツポーズする。

 家族もまさか俺がフランス人の美少女を家に連れて帰るとは思わないだろう。

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