第10話 シャルと龍二

 

 隊長にこの金髪少女――シャルロットのことを任された。

 俺はこいつを連れてアジトの自分の部屋に連れてくる。


 名前が長いので俺はこいつをシャルと呼ぶことにした。


「"話は聞いたぞ。お前、自分の両親を銃で撃ち殺して逃亡してたらしいじゃねぇか"」


 俺がフランス語で尋ねると、シャルは鼻で笑って啖呵を切った。


「"はんっ! あんなの死んで当然よ! 私にシャブを打って客を取らせようとしたんだから"」


 こいつの生意気な態度を見て、俺は右腕を振り上げる。

 ――シャルは身体を強張らせてギュッと目をつむった。


「"……?"」


 そして、シャルは恐る恐る片目を開いてこっちを見る。


「"何してんだよ、ほらっ!"」


 俺は手を上げ続けているのに、こいつは意味が分かってない様子で戸惑う。

 全く、これだからネットばっかりやってる陰キャは。


「"ハイタッチだよハイタッチ! 糞みてぇな親を自分の手でぶっ殺せたんだから『イェーイ!』って言ってハイタッチするんだよ!"」


「"――え?"」


 シャルはポカーンとした表情で俺の顔を見つめる。


「"あ~、なるほどな。すまん、確かにこれは俺も悪かったな。やっぱりハイタッチは両手だよな"」


 そう言って俺が両手の平を出すとシャルは噴き出した。


「"――ぷっ! あはは! な、なんでハイタッチなのよ!?"」

「"だってお前に薬打とうとしたんだろ? そんな親は殺して当然だろ。ちゃんとケツにも銃で何発か撃ったか?"」

「"あははは! や、やめて! 笑い死ぬわ……!"」


 シャルは苦しそうなくらいにお腹を抱えて笑い出した。

 瞳に光が宿り、安心した俺はシャルに伝える。


「"殺されたお前の親の気持ちを俺が教えてやるよ。『俺がこれ以上クソッたれになる前に殺してくれてありがとう』だ。お前がやったのは慈善活動だな"」


「"あはは! 私、親を殺したことをずっと責められてきたのに! まさかそんなことを言われるなんて!"」


「"世の中には死んだ方が良い奴っていうのがいるのさ。そいつらを殺す慈善団体が俺たち国際連合特殊部隊『SWORD』だ"」


 そうして、俺は改めて両手の平をシャルの顔の前に差し出す。


「"ようこそ、シャル"」

「"うん! 龍二!"」


 シャルは俺の手にハイタッチした。


 ◇◇◇


 ――それから1年間。

 俺はシャルとタッグを組むことが多かった。

 戦闘面は俺が、ハッキングはシャルが。

 お互いに憎まれ口を叩きながらも、なんだかんだ相性が良かったからだ。


「"私が死なないようにちゃんと守りなさいよ!"」

「"当たり前だ! かすり傷一つ付けさせねぇよ!"」


 激しい銃撃戦の中、俺はシャルを抱きかかえて敵を殲滅していく。


「"早くハッキングしてトラップを解除してくれ! 俺が細切れになる前に!"」

「"今やってるわよ! えっと、ここは爆弾だから旗を立てて……"」

「"マインスイーパやってねぇか!?"」


 迎撃トラップのレーザーを躱しながら俺は無線でシャルと連携する。

 そんな調子で、俺とシャルは何度も死線を潜り抜け、時には死にかけつつも協力し合い。

 数々のミッションをこなしてきた。


 ――シャルが『SWORD』に入隊してから2年目。


「ぐわぁぁぁ!」


 アジトの闘技場で俺は地面に突っ伏した。

 格闘訓練でオスカーにボコボコにされたからだ。

 キーボードを叩きながら見学していたシャルが慌ててノートパソコンを閉じる。


「"ちょっとは手加減しなさいよ! 大丈夫、龍二!?"」

「"龍二から『手加減無用!』って言ってきたんだが?"」


 負けた俺にシャルが心配そうに駆け寄って手当をしてくれる。


「"くそ~、俺の方が筋肉もあるのになんで細身のオスカーに勝てねぇんだ"」

「"格闘術に必要なのは筋肉だけじゃない。その気になればシャルだって龍二を押し倒せるぞ"」

「"えっ!? ど、どうやるの!? 教えてっ!"」

「"お前まで俺をボコボコにしてーのかよ"」


 顔を赤くしながらオスカーに教えを乞うシャルを俺は呆れながら笑った。


 ――2年と半年後。


「龍二……その。わ、私……す、す、す……」


 ある日、顔を真っ赤にしたシャルが俺の部屋に来て何かを言おうとしていた。

 覚えたての日本語を使っているようだ。

 そして、何やら思い切ったような様子で言う。


「……スシ!」


 今まで見たことないくらい、真剣な表情でそう言った。

 俺はシャルの想いを誠実に汲みとってやる。


「"分かった、少し待ってろ"」


 そして、酢飯とマグロやサーモンなどのネタを用意したキッチンに連れてきた。


「"お前、そんなに寿司が食いたかったのか"」

「"…………"」


 最近、シャルが日本語を勉強しているとは噂で聞いていた。

 そして、やはり日本食の最高峰である寿司にいきついたか。

 恥ずかしいだろうに食べたいって言ってくれたんだ、全力で握ってやろう。


「"……うぅ、美味しいわ"」

「"泣くほどか……?"」


 なぜか残念そうに大きなため息を吐くシャル。

 寿司を握る俺をじっと見ながら話しかけてきた。


「"龍二っていくつだっけ?"」

「"俺か? もう37歳だ"」

「"あはは、それって行き遅れって奴じゃないの? 龍二って目つきが怖いし"」

「"ほっとけ。15歳のお前から見たらそう感じるかもな"」

「"……そうね、私はまだ15歳。でももう立派な大人だと思わない? もうすぐ結婚もできるわ"」

「"そんなに急ぐ必要もないさ。子供は子供で楽しいだろ?"」


 俺はそう言って、シャルにサーモンの握りを出した。


「"……そっか。龍二から見たら私はやっぱり子供よね……"」


 シャルはそう言って、何やら顔を伏せる。

 そして、急に寿司にわさびを塗りたくって食べた。


「"うおっ!? お前、急にそんな芸人魂見せるなよ!"」

「"あ~辛い! すっごく辛いわ!"」


 俺がお茶を出しても、シャルは泣きながらお寿司を噛み締める。


「"龍二、アンタが私と同年代の男の子だったら良かったのに"」

「"悪かったな、おっさんでよ"」

「"本当よ! あ~、もう! もっと食べるわ、沢山握って!"」

「"はいはい"」


 シャルは涙を流して、やけ食いでもするようにお寿司を食べ続けた。

 きっと、何か辛いことでもあったんだろう。

 同年代の子なら相談できたが、おっさんの俺にはそうもいかないらしい。

 仕方がないので、俺はシャルを元気づける為に寿司を握り続けた。


 ◇◇◇


 そして、シャルが来てから3年の月日が流れ――


 俺は一歳年上の女性、詩織と結婚式を挙げた。


 祝福してくれている仲間たちの中にはもちろん。

 満面の笑顔で拍手を送るシャルもいた。


「龍二、おめでとうっ! 本当に……本当におめでとうっ!」

「ありがとう、シャル! お前は最高の親友バディだぜ!」


 そう言って、両手でハイタッチをする。


 寝不足だったのだろうか。

 シャルの目は少し赤く、腫れている気がした――

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