79話 従獣士よ母であれ
まずは一通りのモンスターの世話の手順を教えるべく、ホルン牧場内にある
かぼす名義の、施設の端っこを柵で囲っただけのスペースではなく、広大な放牧スペースが与えられており、そこには10~15程度の様々な種類のモンスターがのんびりと休んでいる。
「ワープしてきたので分かると思うんですが、ある程度従獣士のクラスレベルを上げると、このような固有の飼育エリアが用意されます」
「ほえー、ここに
「はい。大体がマップ上で適当にテイムしてきたモンスターですけどね」
「おー、マップ上でテイムっ! 卵を孵化させるだけやないんですねっ!」
「はい。まず手本に……『ゲッコウ』!」
俺が名を呼ぶと、巨大なツキノワグマのような獣種のモンスターが微かに反応した。
そいつは放牧場のど真ん中で、我が物顔で寝そべっており、他のモンスター達は近付こうともしない。
まさに彼こそが、くまさん牧場のボスなのだ。
「では今から世話を始めます。手始めに、ゲッコウのステータスを開きましょう」
ゲッコウに近付き、宙をトントンッとタップすると、ユーザーがメインメニューを開くようなかたちでモンスターのステータスタブが開かれた。
そこにはSTRやAGIのような基本ステータスから、そのモンスターが所持する
「注目するのは、空腹値とストレス値です。共に上限は100、空腹値はそのまま満腹度のようなものだと思ってください。低ければお腹を空かせていて、高ければお腹いっぱい。ストレス値はそのままですね。高いとストレスが溜まっています」
「えっと、ゲッコウさんは……空腹値が34、ストレス値が89です」
「はい。まずは空腹値から解決しましょうか。これは想像している通りで、餌を与えると値が回復していきます。牧場メニューを開いて、っと────」
と、俺はゲッコウから少し離れた位置で宙を2回タップした。
すると新たなメニュータブが開かれた。
「これが牧場メニューです。牧場施設のランクアップや模様替えなどもできますが……今回はこの餌箱タブを使います」
餌箱タブに切り替えると、そこには予め俺が補充しておいたモンスターの餌が並んでいた。
俺はそこから“ペルリーフ”──大陸中のどこでも採取可能な低レアリティの草類アイテムだ──を取り出す。
「ほぅらゲッコウ、ごはんだぞぉ」
「…………ガゥ」
「ゲッコウさん、見向きもしませんね」
「そうなんです。何故だか分かりますか?」
「うーん……あっ、もしかして野菜が苦手、とかっ!」
「おっ、正解です。モンスターには好みがあるんです。これは種によって固定の好物と苦手な食べ物もありますし、個体によって違う好物と苦手な食べ物もあります。ゲッコウはレイジベアという種なので、草花や野菜、果物といった餌は好みません」
と、“ペルリーフ”を餌箱に戻し、今度は“ブルステーキ”──イノシシ種から採れる肉を焼いた料理だ。餌にしてはコストが高い……──を取り出した。
それはゲッコウの背後でゆらゆらと揺らすと……。
「ガウッ!? ガウォ! ガウォ!!」
「ね? 好物を前にすると大興奮します」
「ふふっ、ゲッコウさん興奮しちょるねー」
「欲しいか? 食べたいか? 待て、待てだぞ……」
と、そっとゲッコウの目の前の地面に“ブルステーキ”を置く。
「待て、待ーて……」
「ガウウ。ガウッ」
「無視して食べちゃいましたけどーっ!?」
「はい、ゲッコウは俺を舐め腐っているのでまだ言うことを聞いてくれません」
「テ、テイムしても舐められるとかあるんですか……?」
「それについては後ほど説明します」
「ガウガウッ、ガウゥ……げぷっ」
さて、空腹値は……うん、さすが調理済みの餌だな。
生で与えたら30程度しか回復しないが、焼いてステーキにしただけで一気に60も回復している。
たったのひと工程で回復値は2倍、これなら調理をしない選択肢は無い────と、言いたいところだがそうもいかない。
実はこの“ブルステーキ”は料理士のクラスレベルをある程度上げなければ作れないレシピなのである。
しかし俺は料理士などまったく触っていないので、定期的にパリナに餌用の料理作成を依頼している。
本来なら金を取られて然るべき依頼だが、代わりに鳥種から回収できる卵などの食材アイテムを流すことでタダにしてもらっている。
これは豆知識だが、今回のアップデートによって料理アイテムの価値が上がったことにより、マーケットでの料理アイテムの相場が少し上がったのだとか。
だったら料理士のクラスを習得すれば良いんじゃ、と思わなくもないが、料理作成を依頼している俺が言えたセリフでもないか。
「ステータスを見てもらったら分かると思うんですけど、餌をあげたことで空腹値が94にまで回復しました。ほぼ満腹です」
「あれっ、なんか緑のゲージの中に茶色いゲージが出てますよ?」
「よく気付きましたね。それは……正式名称は忘れましたが、うんちゲージです」
「うんち……やっぱりモンスターも生き物なんやねぇ……」
「このまま放っておくと、勝手に排便してくれますので見ていてください」
「はいっ! ……あっ、じっと見つめてたら緊張して出にくいかな」
「そっ、そういうリアルなのは無いですよ……」
などと話していると、ゲッコウが四足歩行のまま気張り始めた。
ゲッコウの必死な表情に思わず笑いが零れてしまう。
「ガウゥゥゥゥゥ…………ガウッ! …………ガウゥ~」
「おっ、よく出てるな。偉いぞゲッコウ」
と、俺はゲッコウが尻から出したそれらを直に拾い上げた。
「のえぇーっ!? 何しちょるんですかーっ!?」
「ああ、これ。何に見えます?」
「何にって……あれ、うんちにしては綺麗な…………。石?」
「“魔石”と言います。詳しく言うとこの赤色のは“上魔石”で、緑色の方がシンプルに“魔石”……レアリティが違いますね」
「ほえー……」
「このゲームのストーリー上の設定の話になるんですけど、大陸に棲むモンスター達は魔力をエネルギーとして蓄えて生きています。活動する上で魔力を消費していて、余った端数のようなものがこの“魔石”になって排泄されるみたいですよ」
「なるほど、それなら汚くないですね」
「ええ、れっきとしたアイテムですからね。もちろん使い道もあります」
“魔石”の使い道は大きく分けて2つある。
1つは、モンスターの強化だ。
テイムしたモンスターは俺たちユーザーと違って、経験値によるレベルアップが存在しない。
代わりに“魔石”を与えることでゲージを貯め、それが一定値に達するとレベルが上がる、というシステムになっている。
もう1つの使い道は……。
「うわぁーっ! うんち食べたぁーっ!?」
「はい、これ食べられます」
「い、いくら綺麗な石の見た目をしていても、そのぅ、抵抗ありませんか……?」
「意外と無いですね。美味しいので」
「あれっ、なんかくまさん先輩の身体が光を帯びちょるんやけど……」
「そう。2つ目の使い道はすなわち、バフアイテムです」
この“魔石”、ユーザーが使用──経口摂取──するとバフ効果を与えられるのだ。
通常の“魔石”ならば一定時間MPが自動回復し、“上魔石”ならば更に与ダメージ・与強化量増加の効果をもたらす。
「と言っても、料理アイテムやバッファースキルを使った方が効率が良いので、この用途で使われることはほとんど無いですけどね」
「なるほど……というか普通に嫌や…………」
「さて、これで空腹値まわりの世話は完了したので……お次はストレス値ですね」
「そっちは何をするんですか?」
「これがですね、また種によって違うんですよ……。まあ一例をお見せしましょうか。…………ゲッコウ、捕まえてみろ!」
と、俺は一目散に走り出した。
逃げる俺の背を見て、ゲッコウの眼が赤く光る。
「グウォオオオオオオオオオ!!!」
のっしのっしと重い足音を立てながら、全速力で俺を追いかけ始める。
俺は戦闘職のクラスレベルをほとんど上げていないせいで、足の速さに影響するAGIはほとんど初期値レベルだ。
対してレイジベアのゲッコウは、その巨躯に似合わぬ俊敏さを持ち、あっという間に俺に追いついてしまう。
が、俺とてそう簡単に捕まってしまうほどやわな飼い主ではない。
ゲッコウの手が俺に届くすんでのところで体勢を低くし、隙が出来た股の間を潜り抜けて回避する。
そしてまた追いかけっこへ……。
10分前後、その決死の追いかけっこは続いた。
あれほど無我夢中で追いかけてきていたゲッコウだったが、急に興味を失くしたように、その場に横になり寝息を立て始めたのだった。
「はぁ、はぁ……はぁ…………こ、これが、これがっ、レイジベアのスト、ストレス値を解消させる、方法、です…………」
「おつかれさまです……」
俺はゆっくりと深呼吸し、荒い呼吸を落ち着けた。
「レイジベアのストレス解消方法は、身体を動かすこと。今のは牧場内でできる方法であって、これじゃなくともマップ上でモブモンスターと戦闘させるという方法もあります」
「でもウチ、戦闘はしたこと無いからなぁ……」
「そうなんです。実際、従獣士は戦闘職メインのユーザーと生産職メインのユーザーが居ます。戦闘職経験があるならマップに出た方が楽でしょうけど、生産職メインだった人はまあ、こうやって慣れない運動をさせられるワケですね……」
「ほぁー、モンスターのお世話って大変なんやね……」
「ええ、しかもこれがテイムしているモンスター全員分やらなくちゃなりませんからね」
「げーっ! ウチ、パートナーはカボスだけで良いかも……」
「しかし! ここまで頑張ればご褒美があるんですよ!」
「ご褒美っ!?」
再度、ゲッコウのステータスを開く。
空腹値はほぼ満タン、ストレス値も0になっている。
この状態のモンスターはリラックス状態と呼ばれ、このステータスの時にのみ行える行動がある。
「【お礼を貰う】ってボタンが増えてるの、分かりますか?」
「ほんとやっ! お礼って、貰う側が指示するんやな……」
「それを言っちゃお終いでしょうよ。では、押してみます」
ゲッコウのステータスタブの【お礼を貰う】をタッチする。
「ガァウ。ガウガウ」
「うん、ありがとうなゲッコウ。大切に使うよ」
ゲッコウが起き上がり、どこから取り出したのか分からないが、黒く硬い毛の塊と鋭い爪の欠片のような物を手渡してきた。
「お世話をすると、こうしてアイテムが貰えるんです。どちらのアイテムも、本来はレイジベアを討伐した時のドロップアイテムなんですが、従獣士なら何と、世話をするだけで何度も貰えてしまうんです」
「なるほどっ!
「その通り! ちなみにこれもドロップアイテムと同じで、レアドロップならぬ、レアお礼があるらしいです。……ゲッコウはまだ一度もくれてませんけど」
「ガウ」
「まあ良いけどさ。お前は生産じゃなくて戦闘がメインだし」
ここまでやってようやく、モンスター1匹のお世話が終了となる。
これを何匹分も手作業でやるのは、まあ堪えるんだよな……。
どうやら牧場施設のランクを上げると世話を自動化できるらしいから、将来に期待ってことで。
「さて、以上が従獣士の生産職の一面でした。次は、戦闘職としての従獣士をお教えします。そっちでは実際に、トカゲのカボスにも戦闘をさせてみましょうか」
「せ、戦闘……っ!」
「まあそう緊張しなくて大丈夫ですよ。いくらカボスが幼体と言えど、最低限の戦闘はできるはずですから」
「そっかっ! カボス、一緒に頑張ろうねっ!」
「いや、さっきの所に置いてきたままですよ」
「あ、そうやったーっ!」
そして、俺とかぼすは放牧場エリアからホルン牧場へとワープして戻った。
カボスを連れてきてもらい、いよいよ安全な王都を出てモブモンスター蔓延るマップへと足を進める。
なに、従獣士は言わば生産職の戦闘をサポートする救済措置のような一面もある。
いくらかぼす本人が初心者だとしても、トカゲのカボスが何とかしてくれるだろう。
────そんな俺の慢心が、まさかあのような事故を起こしてしまうとは思いもよらなかった。
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