78話 はじめてのパートナー

「それにしても、よく我慢できましたね」



 ホルンフローレン内に新たに建設​────もとい実装された新施設・ホルン牧場。


 従獣士がテイムしたモンスターを保管できる施設に俺とかぼすは訪れていた。


 かぼす名義で間借りしているスペースで今、モンスターの卵がゆらゆらと揺れている。



「従獣士のクラスを習得して最初に貰える卵って、本来よりかなり早く孵るようになってるんです。だから始めてすぐに最初のパートナーを手に入れるられんですけど……」



 かぼすがこのゲームを始めたのは昨日。


 しかし昨日は『クラフターズメイト』の面々に挨拶をして、そのままの流れでかぼす​──とミカリヤ──の歓迎パーティーをしたから、牧場に足を運ぶ暇が無かった。


 俺なんて真っ先に卵を孵化させて、モンスターの世話やらモブモンスターの乱獲やらで気付けば朝だったというのに。


 どうしてもゲーマーは新要素というものに弱い。


 俺には無い理性がかぼすにはあったということだ。



「ウチにとってはなんもかんもが新鮮やけん。先輩方と過ごす時間もおんなじくらい楽しいんですよ」


「そうでしたね」



 11年前、俺や多くの古参ユーザーがそうだったじゃないか。


 フルシンクロVRシステムを用いたMMORPGは、今となっては多くのタイトルがリリースされている。


 が、この『The Knights Ⅻ Online』がリリースされたのはフルシンクロVR黎明期だった。


 画面の前に座って遊ぶのではなく、五感を存分に駆使する新体験。


 言うなれば新世界、もうひとつの現実。


 あらゆるゲーム体験が新鮮で、モンスターと戦うでもなくただ他のユーザーとコミュニケーションを取っているだけでも楽しかった。


 そんな遠い記憶を思い出した。


 そしてそれが、かぼすにとっては今なのだ。


 彼女のもうひとつの現実は、今始まったところなのだ。



「うぉあー! 見てくださいくまさん先輩、卵が……卵がぁーっ!」



 突然騒ぎ出すかぼす。


 先程から小さくゆらゆらと揺れていた卵が、より大きく揺れ、中から殻を叩く音まで聞こえてきた。



「おっ、間も無くですよ」


「なっなるほどなるほどっ! なるほどですねぇー!」



 すっかり卵の様子に夢中である。


 やがて卵の殻に小さなひびが入った。


 ひびは次第に伸びていき、パリッと音を立てて破られた。



「きゅぃっ?」



 ひょっこりと小さな顔が飛び出してきた。



「これは、爬虫類系ですかね?」



 生まれてきたのは、シトラスグリーンのトカゲのようなモンスターだった。


 つぶらな瞳がかぼすを見つめている。


 なんとも愛らしい、小さな命が現れた。



「トカゲやーっ! ウチ、トカゲ大好きなんですよっ! ひゃあ……ええらしい可愛らしいなぁ……っ!」


「トカゲ、トカゲ……何の幼体だこれ……?」



 新たに実装された卵孵化システムにより、すべてのモンスターの幼体の姿も同時に実装された。


 例えば、哺乳類をベースに作られたモンスターであれば幼体と成体の姿はあまり違いが無く判別がし易い。


 しかし爬虫類系や昆虫系のモンスターは、幼体と成体で大きく姿が異なる場合がある。


 ゆえにこの小さなトカゲが成長した姿が如何なモンスターであるか、正直ベテランの俺にもよく分からない。



「まあ従獣士初心者に与えられる卵だし、そんなに強いモンスターではないか……」


「へへっ、なんでも良いんですよ。この子はウチのはじめてのパートナーやけん、強いとか弱いとか関係ない……一緒に成長していこうね」



 母のような慈愛を持ってトカゲの赤ちゃんを抱きかかえるかぼす。


 これは、とんでもない愛着が湧くだろうな……。



「名前はどうするんですか?」


「名前? この子に名付けられるんですか?」


「はい。テイムした時と、卵を孵化させた時に個別に名付けられるんです」


「なるほどっ! 名前、名前……」



 真剣な表情で悩むかぼす。


 そこまで深刻に考えなくても良いんだけどな。


 いずれ多数のモンスターをテイムするようになれば、自然と名付けが面倒になってくる。


 かくいう俺も、最初の数匹は名前を付けていたが、10匹を超えたあたりから面倒になりそのモンスターの役割をそのまま名前にするようになった。


 例えば採掘を手伝わせたいモンスターには『さいくつ』、草花採取を手伝わせたいモンスターには『くさばな』といったように。


 …………うーん、我ながら血の通わぬ名付けだこと。



「決めましたっ! きみの名前は『カボス』やっ!」


「同じ名前じゃないですか」


「違いますよーっ! ウチはひらがなで『かぼす』やろ? この子はカタカナで『カボス』なんですっ!」


「声にしたら同じだし、紛らわしいのでは……」


「それでいいんです。ウチとこの子は、ひとつやから」


「と、言いますと?」


「ウチはこのゲーム初心者やないですか? で、この子も生まれたばかり。これからウチはこの子とずーっと一緒やから、ウチの成長はこの子の成長で、この子の成長はウチの成長なんです。やけん、どっちも同じで良いんですっ!」


「なるほど。……うん、素敵な理由ですね」


「へへっ、ありがとうございますっ!」


「さて、孵化も済んだことですし……お世話、やってみますか」


「おおっ、おおぉー!」



 さあ、ようやく従獣士のチュートリアルの開始だ。


 とはいえ俺も始めたばかりですべてを理解しているワケではない。


 だから今の俺がかぼすに教えられるのは、従獣士の基礎の基礎だけだ。


 かつてのムラマサのように、ちょっとした裏技のようなことまで教えられたら良かったのだが……それはかぼすと一緒に少しずつ研究を進めていこう。



「ああ、初めに言っておきますが……」


「は、はい……?」


「────覚悟、しておいてくださいね」



 言ったはずだ。


 従獣士は戦闘職であり生産職でもある。


 その為に覚えなければならない知識は、並大抵のものではないのだ。



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