第2部
77話 11周年
2034年、春。
『The Knights Ⅻ Online』の過去11年の歴史を揺るがす特大のアップデートが行われた。
「うぉおおおおおお!!! それテイムできんのかよボス級じゃねえか!?」
「とんでもない毛並みと色彩じゃないっ!? 遺伝!? 餌カラーリング!?」
「タマゴ~! 孵化余り売ってま~す! 今なら好物餌もセットで~す!」
かつてない盛り上がり、かつてないアクティブユーザー数。
ネット掲示板もゲーム内も、サーバーが心配になるほどの人に塗れていた。
「おや、君も従獣士を始めたばかりのようだね。僕はアップデート直後から従獣士のクラスを始めて、クラスレベルキャップ間近なんだ。従獣士について分からないことがあれば何でも教えてあげるよ」
「えっ、あ、えーっと……ありがたいんやけど、その、待ち合わせをしちょるんで……」
少女は原色に近い緑色に染めたショートボブの髪先を弄りながら、不安そうな表情で周囲を見回している。
その視線は誰かを探しており、助けを求めてもいた。
「……そっか! それは失礼したね。またの機会に教えられるようにフレンドになっておかない? 朝から夜まで、いつでも対応が可能だからさ!」
「あぁー、じゃ、じゃあ……」
少女がメインメニューを開くと、メッセージタブに通知が灯っていた。
少しだけ少女の表情が和らぐ。
「今フレンド申請を送ったよ。承認の仕方は分かるかい?」
教えたがりおじさんの言葉を無視し、少女は届いたメッセージを開いていた。
『お待たせしてしまいすみません。今門の前に居ます。人は多いですが、多分俺のスキンヘッドが人混みの上側にはみ出して見えると思います』
メッセージに目を通した少女は、すぐにメインメニューを閉じた。
「ごめんなさい、待ち合わせの相手が来たみたいやけんっ! ありがとうございましたぁー!」
「あっ、ちょっと! フレンドは!? ちゃんと承認しといてね!?」
少女がホルンフローレン正門に到着すると、メッセージにあった通り、数多の人の頭の中で薄黒いスキンヘッドがぽっこりと飛び出していた。
「おっ、お待たせしてしもうてごめんなさいっ!」
「ん? あぁ、いえいえ。こちらこそ約束の時間を過ぎてしまってすみません」
「その荷物は……?」
「これですか? 新しい鍛冶士用のレシピとそれに使う素材、それからモンスターのお世話アイテム──餌にブラシにおもちゃに……」
スキンヘッドの大男は、何故か大荷物をその屈強な両腕で抱えていた。
現実世界と違い、どんな大きなアイテムもインベントリに入れてさえしまえば手荷物にはならない。
だというのに、何故この男はわざわざ直に荷物を抱えているのだろうか。
「あのぅ、インベントリには入れないんですか?」
「入れてますよ。もうパンパンなので仕方なく、ですね」
「ふふはっ、思ったよりお茶目な人なんやっ!」
少女は柑橘類のような爽やかに笑み、スキンヘッドの大男は恥ずかしそうに目を逸らしながら頭を掻いていた。
「改めて……初めまして。『クラフターズメイト』の『くまさん』です」
「ウチは『かぼす』っち言いますっ! このゲーム始めたばかりやけん……わからんコトばっかやと思いますが、しら真剣がんばるんでよろしくお願いしますっ!」
「もしかしてかぼすさんって……地元大分ですか?」
「えっ、はいっ! そん通りですっ! すんません、どうも大分弁が抜けんもんで……。何で分かったんですか?」
「実は俺もなんです! 今は東京ですけど。……市内ですか?」
「そうですそうですっ! ……あっ、ネットで個人情報教えるんは危ないっち先生が言いよったわ……」
「あっ……すみません、俺も嬉しくなっちゃって、つい」
「いえいえっ! 知らん人に個人情報教えるのがダメってだけで、同じクランの仲間にやったら大丈夫やと思いますっ!」
「そうですね。これからよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ不束者ですがよろしくお願いしますっ!」
「では早速────」
と、くまさんはかぼすを案内し始めた。
目的地はもちろん、彼の
『クラフターズメイト』のクランハウスである。
*
「ほわぁー! おっきい家ですねーっ!」
「見事でしょう、つい最近買った新居なんですよ」
俺たちが辿り着いたのは、ホルンフローレン北端の住宅街であった。
庭付き2階建ての、特別大きくもないが小じんまりという印象は持てないごく普通の一軒家。
ゲーム内用語で言うならばMサイズのハウスである。
「あら~、お帰りなさいくまさん君。あっ、その子が
庭にはいくつかのプランターと、軍手をつけたミロルーティがひとり。
プランターには若い芽が顔を出しており、ミロルーティはそれを愛おしそうにジョウロで水をやっていた。
「ただいま戻りました、ミロロさん。……彼女はミロルーティさん。うちで一番の古参ユーザーで、今はサブギルドマスターです」
「はっ、はじめましてっ! かぼすと申しますっ! クラスは従獣士ですっ! 初心者なんで分からんコトばかりですけど、頑張りますんでよろしくお願いしますっ!」
「ふふっ、元気いっぱいね~」
「若々しくて……眩しいですよね……。それ、家庭菜園ですか?」
「そうなのよ~。前のハウスの頃からパリナちゃんとやりたいね~、って話してたんだけど~……」
「ああ、ベランダも狭かったですしね」
「そう~! 念願だったのよ~!」
料理士のパリナも絡んでいるということは、おそらくアレは野菜類を育てているのだろう。
野菜はモンスターの餌としても役に立つ。
この家庭菜園は従獣士にとっても有用なはずだ。
「みんな中に居るわ~。み~んな新人ちゃんに会いたがってるわよ~」
「ここ光栄です……っ!」
「じゃ、行きましょうか」
玄関には4人分の靴が並んでいた。
シューズケースから俺専用のスリッパと、新品のスリッパを取り出した。
廊下を進みリビングに入ると、見慣れた顔が銘々の余暇の過ごし方を楽しんでいた。
ソファーに寝そべり携帯デバイスで麻雀のミニゲームを遊んでいるネクロン。
リビングから繋がる広いキッチンでニヤけ顔で鍋をかき混ぜているパリナ。
ミカリヤから逃げ回るアリア。
「はじめまして、かぼすと申しますっ! 今日から『クラフターズメイト』でお世話になりますっ! えっと、ミロルーティさんを含めた先輩のお五方のような立派な
「おー、きみが新人の従獣士ちゃんか。よろよろー。ってか麻雀打てる?」
「打てますっ! 親戚のおじちゃんに教え込まれたのでっ!」
「いいねぇ、こりゃ可愛がってやらにゃあな」
「こーらネクロン、新人相手に賭けはダメだからね? アタシは2代目クランマスターのアリアよ、メインは裁縫士で、彫金士とエーテルマジシャンもサブで上げてるわ。ちなみにそっちのネクロンは電気技士ね」
「あと雀士ね」
「じゃ、じゃんし……?」
「非公式のクラスです。ゲーム内ミニゲームの麻雀に魂を懸けてるユーザーをそう呼ぶんですよ」
「ほぇ……なるほど……」
その時だった。
「みなさん逃げてくださいぃ~~~~~っ!!!」
キッチンからパリナの叫び声が飛び込んできた。
その直後、キッチンから謎の爆発が巻き起こる。
紫だかピンクだか形容に迷う煙の中からパリナが吹っ飛んできた。
「ほぁああああああああああああっっっ!!?」
「こちらがパリナさん、料理士です」
「意外かもだけどウチの一番の稼ぎ頭よ」
「更に意外かもだけど、ウチで一番麻雀強いよ」
「えっ、あっ、爆発っ、えっ、あれっ、えぇ……?」
ああ、そうか。
本来キッチンって爆発しないものなんだった。
しょっちゅうこうなってるせいで、すっかり慣れてしまっていたな。
「ほんで、そちらの方は?」
「「「部外者です」」」
声が揃ったのはネクロンとパリナ、そして俺の3人だった。
そして言葉を継いだのが、唯一の関係者にして被害者のアリアである。
「あぁ……部外者じゃ、なくなっちゃったのよね……」
「お久しぶりです『クラフターズメイト』の皆さんとくま畜生」
「俺も『クラフターズメイト』の皆さんに入ってるんだが」
「本日付けで『クラフターズメイト』に正式に加入しました、ミカリヤと申します。アリア様の寛大なお心とわたくしのアリア様への比類無き愛が遂に結ばれ、この先の人生を共にすることになりました」
昨年、ミカリヤは古巣である『Initiater』を脱退して以降ソロで活動をしていた。
その間も目ぼしい生産職専門クランを探していたようで……俺はてっきり『Lionel.inc』と知り合った件から『The Artist』に落ち着くものだと思っていた。
それがまさか、ウチに収まるとは。
いくら愛しの
「ま、そういうことだから。かぼすの為に紹介しておくと、彼女は元々別の生産職クランに所属していた裁縫士よ。公式主催のコンペイベントで何度も優勝するくらいの実力者だから、もし裁縫士に興味が湧いたら相談すると良いわ」
「ほぇー! よろしくお願いします、ミカリヤさんっ!」
「ええ、よろしく。あなたは何のクラスなんです?」
「従獣士ですっ!」
「何でしたっけ、新しく実装されたクラスですよね? たしか、生産職でもあり戦闘職でもある、とかいう」
「アタシも詳しいことは分からないのよね。期待の従獣士君、説明よろしく」
と、俺にバトンが回ってきた。
「良いでしょう……。この度、遂に鍛冶士以外のクラスに手を出す覚悟を決めた……不肖・従獣士くまさんが説明いたしましょう」
俺は自分用にまとめた「従獣士とは」メモを拡大し、皆に見えるように空中に展開した。
「従獣士とは!」
すなわち、獣を従えし者。
己の肉体と武器を携え戦う戦闘職とは違い、モンスターを
テイムできるモンスターは、メインストーリーである救世クエストで戦える特別なボスモンスター以外のすべてだと言われており、使途によって多くのモンスターを扱えるのが従獣士の個性であり強みだ。
また、このクラスは戦闘職でありながら生産職でもあると銘打って実装された。
テイムしたモンスターを世話すると、モンスター討伐時のドロップアイテムを量産できたり、モンスター同士を交配させて卵を産ませてより優秀な子モンスターを生産することもできる。
すなわち、育成ゲーム要素が多分に組み込まれたまったく新しいクラスなのである!
「と、まあこんな感じですね。生産職に関係がある新要素ではありますけど、大体の生産職ユーザーはもうひとつの新要素に夢中ですもんね」
「そうなのよね~。オシャレ系のクラスだと、特にそうなんじゃない~?」
「そうね。まさに本人のセンス次第って感じの新システムだもの」
「わたくしはどちらかと言うと使いこなすのが難しいと思ってます。センスと創造性に溢れるアリア様と違い、わたくしは有り物をどうにかするのが得意なタイプなので……」
「そう? なら次のコンペはアタシが戴くから覚悟してなさい!」
「パリナはアレ使うのほどほどにしなよ? 本来バフアイテムのはずの料理が毒作り出してるからね」
「ぜっ、善処しますぅ……」
「こんな感じで、先輩といってもみんな生産職が大好きなただのゲーマーなのよ~。だからね、かぼすちゃん。気負わずに、一緒に『ザナトゥエ』を楽しみましょうね~」
「っ! はいっ! いっぱい楽しめるよう、がんばりますっ!」
気負うなと言っても、やっぱり緊張は解けないよな。
俺とミロルーティは顔を見合わせて笑った。
俺達ふたりは長年このゲームをやってきたから、多くの新人を目にしてきた。
その誰も彼もが希望に目を輝かせ期待に胸を膨らませている。
そしてやはり
そんな姿を見ていると、このゲームの大ファンである俺は胸があったかくなってしまう。
……彼女がこのゲームを、このクランを好きになってくれるよう、先輩のひとりとして尽力しよう。
────かつて、ムラマサが俺にそうしてくれたようにさ。
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