75話 君が好きだと叫びたい
悟ったさ、俺じゃァお前にゃ勝てねェ。
何百、何千、何万と、お前を想定したタイマンPvP戦闘の決闘を行った。
結果は全戦全勝。
だが足りねェ。
俺が勝ったのはお前じゃねェんだよ。
俺が勝ちたいのはお前なんだよ。
何十万のイメージトレーニング。
結果は全戦全敗。
どこへ逃げようともお前の魔弾が俺を貫く、どんなに攻め立てようとも槍先はお前に届かない。
何が足りない?
お前と俺の違いは何だ?
分からない。
分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からないそれでも勝ちたい。
「カッ、ハァ…………」
「俺の勝ちだ灰狼、ミロロさんは連れて帰るぞ」
────だから俺は、プライドを捨てた。
* * *
ど ろ り 。
「…………ッ!?」
俺の魔弾は灰狼の身体を貫いた。
それは揺るぎない現実、しかとこの目で見届けた。
だが眼前のこの光景は一体、何なんだ。
灰狼の身体が溶けた。
HPのすべてを削られたユーザーは光の粒子に包まれて1分以内にホルンフローレンへと強制転移される。
だがそれとは違う、プレイ歴10年の俺が見た事の無いエフェクト。
灰狼は死んだのか?
俺は勝ったのか?
分からない。
そこでようやく、自分の手が震えていることに気付いた。
未知は、やはり怖い。
初見のボスモンスターに挑む時と同じ、敗北の予感。
俺は今、何と対峙しているんだ?
「勝ったと思っただろ?」
「ッ! 灰、狼…………?」
今しがた撃ち抜いたはずの、どろりと溶け落ちたはずの灰狼が、洞窟の奥から現れた。
俺は夢でも見ているのか?
少なくとも、俺の背後にリスポーンしていないという事は、PvP大会でアリアがグラ助戦に仕込んでいた例のバグ技ではない。
俺の知らないバグなのか?
「勝ったと思っただろ?」
「勝ったと思っただろ?」
「勝ったと思っただろ?」
「勝ったと思っただろ?」
「勝ったと思っただろ?」
「勝ったと思っただろ?」
「勝ったと思っただろ?」
「勝ったと思っただろ?」
「勝ったと思っただろ?」
「勝ったと思っただろ?」
「勝ったと思っただろ?」
「勝ったと思っただろ?」
断じて言おう、俺は正常だ。
五感に異常はきたしていない、それを俺が現実で装着しているギアが保証してくれている。
だとしたら、これは紛れもない
灰狼が何人も居るのだ。
「こりゃ、なんの冗談だ……?」
「お前への執着嫉妬親愛恋慕殺意そのあらゆる感情が分裂しちまいやがったァ! ……って言えば、信じるか?」
「信じるワケねえだろ」
「お前にも心当たりはあンだろ?」
「…………ベータテスター、か」
「ご名答ォ! こりゃ天啓だと思ったぜ。お前に勝つにはプライドを捨てろ、そういうメッセージだったんだ」
ベータテスター。
大型アップデート前に極少数のユーザーにのみ、実装予定の新機能を分け与えてそれぞれのフィードバックを得るという運営側の施策である。
例を挙げるなら、Lionel.incが広告写真撮影の際に使っていた反射板もそれに類するアイテムだ。
しかし、あのアイテムそのものがベータテストなのか、それともあのアイテムを入手する術がベータテストなのかは分かりかねる。
何はともあれ、灰狼は俺の知る灰狼ではないという事だ。
そしてベータテスターなのであれば、これまでに戦った何者とも違う、完全なる未知。
「なんだ、ピンチってやつかよ」
「クハハ……お前はさっきのスキルで自分のHPを大きく削った。そしてこっちは……」
「万全の」
「俺が」
「ひい」
「ふう」
「みい」
「よお」
「クハハッ!」
「数えきれねェや」
「俺の考察だけでも聞いてくれよ、ベータの新機能を当てられたらご褒美にミロロさんだけでも解放してくれ」
「フム、まあ別に構わねえ。お前が戦ってくれるなら人質だって要らねえからな」
「助かる。ではまずひとつ、新クラスの能力。分身と見るなら忍者みたいなクラスかもな。いや、あの消滅エフェクトから……化学者的なのも無くはないか? どうだ、近いだろ」
「違う」
「じゃあふたつ、新アイテムだ。残機を増やすってのは、分かりやすい初心者救済だからな」
「俺が増えてんのはどう説明する」
「幻覚か何かじゃないか? 新たなデバフ、とかな」
「不正解。もう良いか? 秘密を暴きたきゃ戦えば良ンだよ。それが何より手っ取り早いだろうがよ」
なんだ、全部不正解か。
こうなりゃ灰狼の言う通りかもな。
あとは戦闘の中で秘密を暴くしかない。
ヒントだって見つかるはずだしな。
「…………ッ、ぷはっ。よし、第2ラウンドといきますか。今のはテメェの勝ちで良いとして……もちろん
俺は持ってきていた回復アイテムを使い、HPとMPを全回復した。
それから灰狼の方へ回復アイテムを投げてやる。
俺だけ回復したんじゃ不公平だからな。
「癪に障るぜ……」
「じゃあ返せ、それ高いんだから」
「飲むわボケ」
灰狼のHPとMPが即時回復、これで準備完了。
さあ、第2ラウンドの開幕だ。
「【龍雨】────ッ!」
開幕から超広範囲攻撃スキルをぶっぱなす。
AGIの高い相手への常套戦略だ。
まずはこれで少しでも削り、ダメージレースで優位に立つ。
シズホが居たら直接指導ができたんだが、そうも言ってられないな。
「クハハッ! 避ける価値も無ェ!」
灰狼達はその身で受け止める。
HPの削れ具合は…………ほう、ひとりを除いてやけにダメージが入ってるな。
硬いそいつが本物って事か。
見破れるなら────。
「────【キラーショット】」
【キラーショット】────クリティカル威力倍率の高いワンショットスキル。
魔銃士のクラス特性として、ヘッドショット時に確定でクリティカルが発生する。
スコープを覗けば格段に射撃精度が上がる。
俺ほどの腕前なら、確定クリティカルみたいなもんだ。
「「「やらせねェよ」」」
スコープを覗けば視界は狭まる、当たり前だ。
その隙を突いて、分身体の灰狼が束になって襲いかかってきた。
「くッ……!」
即座にスコープから目を離して回避、攻撃は受けなかったもののチャンスを逃した。
気付けば灰狼達のHPは回復していた、リジェネ回復でもあるのだろう。
また本物探しからやり直しだ、クソ。
「次はこっちから行くぜ……【溶解液】ッ!」
ひとりの灰狼の指示で、他の灰狼達が一斉に緑色の粘液を吐き出した。
【溶解液】と言えばスライム種や虫種のモンスターが使ってくる攻撃スキルだ。
ダメージと共に防御ダウンのデバフまで付いてくる、集団戦で使われると厄介なスキルのひとつ。
「テメェ、人間辞めたのかよ……」
「ハッ! どうだかなァ!」
回避行動を重ねて避けるも、ひとつふたつは当たってしまった。
ダメージ総量は大した事ないが、防御ダウンデバフ中に槍のスキルをもろに喰らえばタダじゃ済まない。
デバフが解除されるまで、受けに専念するしかないか……。
「串刺しにしてやるぜェ!」
四方八方から襲いかかる槍の飛沫。
ひとつを避ければひとつに当たり、ふたつを受ければふたつが急所を刺す。
回避は、不可能。
「────────
咄嗟に展開する光の壁、何物さえも害することを許さない絶対防御。
「チィ! “機械人形”ッ!」
名を────。
「頼むぞ『天和』、お前の主にゃ内緒で頼む」
『貴方様なら許してもらえると思いますが』
「おっと、喋れるようになったのかコレ」
ここに来る前、『The Knights古参の会』クランハウスに寄り勝手に借りてきた。
あれからハウスのロックナンバーを変えてないとは、不用心にもほどがあるぜどんぐりよ。
もちろんそこに居たクランメンバーには緘口令を敷いてきたし、ちゃんと返しに行くつもりだ。
「
シズホの見様見真似だが……悪くない。
飛翔時の姿勢制御もバッチリ、初見でも使いこなせそうだ。
「逃げてンじゃねェよ!」
「俺だって時間は掛けたくない。が、デバフ抱えて戦って勝てる相手じゃないからな」
「そりゃそうだ」
さあ、灰狼の攻撃が俺の位置に届かない今のうちに考察を進めろ。
もちろん攻撃の手は止めずにな。
空中から魔導狙撃銃による通常射撃を続ける。
「まさか、な」
先に冗談めかして口にした自分の言葉を思い出す。
『テメェ、人間辞めたのかよ……』
【溶解液】を使えるスライム種の中には他のモンスターやユーザーに姿を変える【変質】というスキルを使う個体がある。
もしそれだとしたら?
いや、それは有り得ない。
モンスターはユーザーすべてに敵対する。
灰狼に従い俺にだけ攻撃するのは妙だ。
…………有り得ないのは、これまでの常識なんじゃないか?
相手はベータテスター、将来的に有り得るのならその可能性を考慮する価値がある。
物は試しだ。
「【破魔弾】ッ!」
【破魔弾】────モンスターにのみ高倍率のダメージを与える攻撃スキル。
先の【龍雨】のダメージ量から推測するに、【破魔弾】ならば分身体の灰狼はワンショットキルできるはずだ。
「カッ…………」
どろり、とそれは溶け落ちた。
決まりだ、分身体の灰狼はすべて【変質】したグリムスライムなのだ。
「ンだよ、もうバレたンかよ……」
「モンスターを従えている理由までは分からないがな」
「だったら教えてやる。次回アップデートで実装される新クラス、
「種明かしどうも」
従獣士ね、そりゃ生産職としても戦闘職としても、どちらでも成り立ちそうなクラスだな。
全くもって厄介な事この上無い。
「ハァ…………やっぱ
と、灰狼は長槍で己の心臓を貫いた。
元よりクリティカル倍率の高い槍での攻撃だ、灰狼のHPは瞬く間に削り取られ────どろり、と溶け落ちた。
「テメェも偽物だったのかよ」
「プライドは捨てたんだ。それに何より、スライム如きに負けるようなお前じゃねェだろ?」
新たな灰狼──おそらくこれが本物だ──が、満を持して洞窟奥から姿を現した。
そいつは更に長くなった髪がダークグレーに染まっており、装備は禍々しい獣の毛皮を意匠として取り込んでいた。
愛槍の刃先は赤黒く染まっている。
正に灰の狼、無慈悲なる森の狩人。
それでこそ、
「さァ……ファイナルラウンドだぜェ!」
灰狼は地面を蹴り、空中で待つ俺の元まで跳躍し急接近してきた。
どれだけSTRを鍛えても、DEXを鍛えても、こうも常軌を逸した身体能力は身に付かない。
俺の知る常識で考えるなら────。
「機械装備か?」
「クハハッ! お前に勝つ為にゃ何でも使ってやるぜェ!」
下方向から一直線に伸びてくる長槍の軌道を予測し、空中軌道で回避。
灰狼は空を駆けるように無を踏みしめて追いかけてきた。
「機械装備は何でもアリかよッ!」
俺は背部『天和』ブースターによって急加速、しかしAGI特化の灰狼であれば、空を足場とできるならば、当然のように追い付いてくる。
なるほどな、こりゃ空に居ようと地理的優位は無いらしい。
俺はそのまま地上へ降り、即座に『天和』のモードをチェンジ。
────ガキィンッ!!!
「貫けねェか……」
「当然だ、ウチの電気技師は超一流なんでね」
「黙れェ! 超一流なのは……世界でただひとりお前だけだろうがァ!」
「ったく、キレるポイントがワケわかんねえよッ!」
再度地上で突っ込んでくる長槍の刃先に狙いを定め────射撃。
「クハッ…………これだこれ、この
「なら、思う存分喰らいやがれッ! ────【フルバースト】ッ!」
残弾をワントリガーで一斉掃射、更にッ!
「『天和』も撃ち込んだらァ!!!」
『天和』による援護射撃もおまけしてやるッ!
「クソスライム共ォ!」
灰狼の号令により偽灰狼達が一斉に集合、その身を以て主を護り、すべてが粘液体になって消滅した。
「おいおいそれでも主様かよ……」
「モンスターは俺の奴隷、道具に過ぎねェ。お前に打ち勝つ為のなァ!」
洞窟の奥、そこらの岩場の陰から更に更に更にグリムスライムが姿を現した。
そいつらは灰狼に姿を変え波状攻撃を展開してくる。
「ああ分かったよ付き合ってやらァ! 一匹残らず魔弾に沈めッ!」
【破魔弾】を連射し、360°全方位に弾幕を敷く。
偽灰狼達の槍は俺には届かず、宙で溶け落ちる。
「黒星ィ!」
「負けェ!」
「まだまだ黒星ィ!」
「数えてらンねェよなァ!」
「黒星ィ!」
「また黒星ィ!」
クソ、キリが無い……。
ここまで撃ち続けさせられるとMP回復アイテムを使う暇が無い。
どこかで撃ち止めて回避行動を取る必要があるな……。
「そしてようやっと、大・金・星ィィィ!!!」
「やべッ!」
MP切れまでのタイムリミットに気を取られ、頭上から突っ込んでくる本体に気付けなかった。
ああ、チクショウ。
こりゃ……避けらんねえや。
「間に合ったっ!」
これは、矢?
洞窟入口方向から、一筋の矢が飛んできた。
その矢は俺を貫こうとした灰狼の槍、その柄にヒットした。
「クソォ!」
その微小な衝撃が槍の軌道を僅かにずらす。
点で刺すという槍の短所が表れたな、刃は俺の急所を外してしまった。
しかしどうして、何で貴女がここに来てしまったんだよ。
「大丈夫くまさんクンっ!?」
「ええ、ムラマサ先輩のおかげでなんとか。まあ、見ての通り死にかけですけど……」
インベントリから回復アイテムを…………やりやがったな、灰狼め。
今の攻撃に【ロードブレイク】のスキル、つまり道具破壊デバフを仕込んでやがった。
これじゃあ回復アイテムが使えない、それどころか“機械人形”である『天和』すらも封じられてしまった。
「キ、キミっ! ミロロとくまさんクンをいじめるなら、ボクが許さないぞっ!」
「ああなるほどなァ……それが『ムラマサ』か。お前から完全に牙を抜いちまった諸悪の根源ってか」
「ムラマサ先輩に手ェ出してみろ、二度とフルシンクロVRゲームできねェくらいのトラウマ与えてブッ殺してやる」
「クハハッ! それだそれェ! やっと戻ってきたかよスプベアよォ!!! …………やっぱその女が鍵ってコトか」
「逃げろムラマサッ!」
「えっ……────っ、ぁ……かっはぁ…………」
灰狼の槍が、ムラマサを、俺の最も大切な人を無惨に強引に貫いた。
「ムラマサ!」
「ミロロさんも喋るなッ!」
「っ!」
「やっぱお前は仲間とつるんでちゃダメだ。どんぐりはギリ許す、アイツも俺と同じだからな。戦いの中のお前を愛している。だが他はダメだ、他のはお前の牙を爪を鈍らせる」
「ムラマサ先輩から離れろッ!」
「
「ムラマサ先輩、良かった……まだ死亡はしてないですね」
腹を貫かれたムラマサ先輩は、俺の腕に抱かれながら虚ろな目でこちらを見つめてきた。
「お、おかしいな……死ぬわけ、ないのになぁ…………」
「落ち着いてください、これはゲームです。どれだけダメージを受けても実際に死ぬ訳ではありません」
聞いたことがある。
フルシンクロVRシステムに慣れていない者がゲーム内で重傷を負うと、その傷と痛みを脳が誤認して現実の身体も衰弱してしまう場合があるのだとか。
ムラマサ先輩は生粋の生産職、きっとこの10年でここまでの傷を負ったことが無かったのだろう。
だとすると、このままでは本当に危険だ。
「その女もバカだ、システムブロック掛けりゃ俺の攻撃は防げたのになァ。……あっ、間に合う訳無ェか。戦場をろくに知らねえ女だもんなァ!」
「もう、黙れ」
俺はかつての愛銃を装備から外し、インベントリにしまいこんでいた『Kumasan-zirusi』製の新たな魔導狙撃銃を装備した。
これは言うなれば、人殺しの銃だ。
以前、状態異常デバフ特化の魔導狙撃銃を作ってほしいという生産依頼が来た。
その過程で生まれたのがこれだった。
この魔導狙撃銃は通常射撃攻撃に衰弱・猛毒を付与する。
それで済むならばまだ実用的だっただろう。
この銃に は更に、感覚過敏の状態異常まで付与してしまう。
感覚過敏は場合によってはバフに、場合によってはデバフになってしまう珍しい状態異常だ。
五感のすべてが過剰に知覚するようになるというこの効果は、視覚や聴覚の強化によりマップ上でのモンスター索敵能力の上昇に繋がったり、味覚の強化によって嗜好品食品アイテムをより味わえるようになったりもする。
だが触覚、つまり痛覚までもが強化されてしまうという大きすぎるデメリットにより、PvP大会では使用禁止措置までされているほどである。
そんな危険な状態で、更に猛毒デバフになってしまえばどうなるか。
いくらシステム側で痛覚レベルを大幅に下げられているとしても、少なくともまともに歩けるような痛みでは済まない。
実際にこの組み合わせによって人死にまで起きたと聞く。
それほどに危険な組み合わせの武器が今、俺の手元にある。
「すまん、できれば死んでくれ」
俺は照準に灰狼を捉え、至近距離から躊躇なくトリガーを引いた。
避けられない、おそらくは灰狼も避ける気が無かったのだろう。
何故なら奴は無傷、対して俺はあわや瀕死の満身創痍。
たった一撃如きでひっくり返せる戦況では無い、そう判断されたのだ。
それがテメェの敗因────いや、死因だ。
「ッ!? ガァアアアアアアアアア!!! ッテぇ、ンだっ…………コレ……ッ!」
「感覚過敏、衰弱、猛毒。さしもの灰狼でも立ち上がれねえだろ」
「アッ…………あァ………………グッ……」
「重ね掛けもできる。あと一発、俺の魔弾がその身を貫いた時、テメェのバカな脳ミソはその激痛を現実のものと誤認して、死ぬ」
「俺が……………………死ぬ、クハッ……お前に殺され、るなら…………本望、だぜ」
「これで終わりだ。あの世でムラマサ先輩に詫びろ」
俺はトリガーを、
「もう、いいからさ」
トリガーを、トリガーを、トリガーを引け!
目の前の男はムラマサ先輩を傷付けた。
それはもうゲームの範疇じゃない。
不意打ち、そして戦闘経験の浅いユーザーへの過度な攻撃。
十分に運営から制裁を受けるに値する行為だ。
それを俺が代わりに裁く、それだけだ。
なのにどうして、どうして────。
「許すよ、ボクが」
「どうして貴女は、そんなにも」
「ボクはね、そんなくだらない復讐心よりも……愛するキミと、『Kumasan-zirusi』が血で汚れる事の方が、ずっと悲しい」
「だけどコイツは……ッ!」
「大丈夫だから、ボクは死なないよ。ゲームなんだから」
「だけど、事故の前例があって……」
「わかったわかった、もうわかったから。ほら、その銃をおろして」
「ムラマサ先輩…………ッ!」
「ボク、ちょっと立てなさそうだから、さ。抱えてもらえる? もちろんミロロも、ね。……帰ろう、ボクたちの家に」
ムラマサはもう、意識を保つので精一杯に見える。
そんな状態でもこの人は、誰かを憎みはしないのか。
「敵わないなぁ、ムラマサ先輩には」
俺はついに意識を失ってしまったムラマサ先輩を優しく、抱きかかえた。
「殺、せ…………頼む、お前の、手で殺され、たい…………」
もうアイテム使用不可状態は解けているな。
俺は状態異常回復アイテムを灰狼に使ってやった。
「掛ける言葉は、何も無いよ」
動けるはずなのに動こうとしない灰狼の脇を通り過ぎ、ミロルーティの元へ向かう。
気付けばミロルーティを攫った灰狼の手下達は姿を消していた。
きっと俺の範囲攻撃に当たらぬようさっさと逃げていたのだろう。
「お手をどうぞ、ミロロさん」
「あっ、うん……」
ムラマサを抱いたまま、ミロルーティに手を貸して立たせてあげた。
ミロルーティの脚はまだ、震えている。
怖かったのだろう。
我慢していたのだろう。
「もう大丈夫ですよ。また何かあったら、きっと俺が助けますから」
「あっ、ありが、とう……」
「さ、帰りましょう。俺達の家に」
「あっ、あの! くまさん君…………ううん、Spring*Bearさん…………?」
「はい、何でしょう」
「あっ、あのね、わたしこんなこと、ムラマサには悪いと思うんだけど、そのっ……でもやっぱり、くまさん君とSpring*Bearさんは、別だと思うから、だから…………」
「はい」
「すき、です」
「……………………はい?」
「だっ、だから〜! あんな風にカッコよく助けられて、好きになっちゃったの〜!」
「えっいや、えぇ!? ちょっと待ってくださいそれは困ります!」
「大丈夫! くまさんクンはムラマサのことが好きなんでしょ? でもわたしはSpring*Bearさんを好きになったから、だからこれは恋敵にはなりません!」
「落ち着いてくださいミロロさん! どっちも俺ですから!」
「ちがうの〜! Spring*Bearさんは別なの〜! ねえまたいつか、そっちの姿で会いに来てくれる?」
「いやもうログインしませんよ! 今回は緊急事態だったから仕方なく!」
「ねえそこの灰狼君!? またそのうちわたしを攫ってもらえる!?」
「止めてくださいよ心臓に悪いですって!」
「だって…………だって、好きなんだもん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
洞窟内にミロルーティの声がこだました。
その直後、俺と、そして灰狼の溜息が静かに音を立て…………。
「…………きらい」
気のせいだろうか、ムラマサの不機嫌そうな呟きが微かに聞こえたのだった。
────次回、『クラフターズメイト』にて第1部完結。
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