76話 クラフターズメイト
「ちょっとどういうコトですかムラマサ先輩!」
『クラフターズメイト』クランハウスに駆け込んだのは俺。
以前にアリアから特別に仕立ててもらった、ブラウンカラーで統一された俺専用のアバター衣装は今や俺の目印にもなっている。
「説明してください、どういうワケがあって引退するのかを!」
そう、灰狼との戦いから一週間。
突如としてムラマサが引退する、という噂が生産職界隈に駆け巡った。
その情報を初めて知ったのは昨日、パリナから飛んできた個人チャットだった。
『ムラマサさんが辞めるらしいですぅ!!!』
文面上でもその喋り方なのか、とは思わなかった。
何せあのムラマサが引退すると言い出したのだ。
いくらなんでもそっちの情報の方がインパクトが強すぎた。
「落ち着いてくまさん君~。ムラマサだって考えに考えた結果の選択なのよ~。わたしとムラマサはもう7年も8年もず~っと生産職だけに集中してやってきたの。その中で生まれる喜びと苦しさは~……う~ん、分からないでしょなんて言いたくはないけど~…………」
「それはそうです……だけど、だからって何の相談もなく引退するだなんて、そんなの寂しいじゃないですか! せめて納得のいく説明を求めます!」
「そうよねぇ……。ムラマサ、どうする~?」
「いやちょっと待って。くまさんアンタ、何か勘違いしてない? ムラマサは別にこのゲームを引退するワケじゃないわよ?」
「へぁ?」
「ってかくまっちにこれ教えたの誰?」
「あっ、私ですぅ……」
「はい、パリナさんからチャットが飛んできて。これです」
と、俺とパリナのチャット欄をタブに表示して皆に見せる。
「なるほどね、これは勘違いしちゃうよねっ!」
「えっ、勘違い?」
「パリナはあとでお仕置きだね」
「なんかすみません~~~っ!」
「つ、つまりどういうコトなんですかね……」
そこで俺はようやく、自身がリビングのど真ん中で立ち尽くしたままだという事に気が付いた。
ソファーに我が物顔で寝転がっていたネクロンに身体を起こさせ、俺もその隣に座る。
…………なるほど、あの時のグラ助やヤマ子はこんな気持ちだったのか。
そりゃ慌てるよなぁ……。
「いやね、ミロロが攫われた時に気付いたんだ。ボクは確かに生産職としてはそこそこ頑張れてる方だと思うんだけど……」
「何がそこそこよ」
「ムラマサがそこそこならあたし達は何なんだ」
「アメーバですかねぇ……」
「失言だったわね~」
「えぇ!? ごめんって嘘うそっ! ボク、めっちゃすごい生産職っ! そんなボクが率いる『クラフターズメイト』に居るキミ達、すごくすごい生産職っ! おーけーっ!?」
「許すわ」
「許す」
「いやいいですぅ……フラれた私はアメーバですぅ……」
「よしよし~、パリナちゃんのごはんは美味しいわよ~」
「えーっと、話続けても良いかなっ?」
「お願いします」
「あのね、あの時ボクはこのままじゃダメだって思ったんだ。生産職だけじゃあ大切な人を守れない、戦闘職だけじゃあ……うん、それは分かんないや、戦闘職オンリーとかやったコト無いしね」
「まさか戦闘職をやるんですか?」
「待って待って待ちなさいよ、そう結論を急ぐものじゃないよ? 何だかんだ言ってやっぱり生産職が好きだしね、それを辞めるくらいならこのゲーム辞めちゃうよ。そうじゃなくて────両方」
「両方?」
「そ、両方。生産職として誰かの役に立つのも、戦闘職で誰かを守れる力を得るのも、両方必要だと思ったんだ」
誰かを守れる力、か。
そもそもここはゲームの中であって、灰狼のアレはあくまで異例中の異例だ。
ああいうマナー違反の迷惑行為をどうにかするのは、俺達ユーザーではなく運営側のような気もするんだが……。
「……と、いうのはもっともらしい大義名分っ! 本音言うとね、『Spring*Bear』の戦闘がすっごくカッコ良かった! 灰狼も嫌なヤツだったけど、戦ってるのは正直カッコ良かった! ボクもあんな感じでシュバーン! ドカーン! バシュバシュバシュッ! ってやりたい!」
「…………なるほど、つまりただ新しいコトやりたくなっただけなんですね」
「そうっ! だってさぁーっ! くまさんクンはライオと仲良くなるし、ミロロとネクロンは何やら怪しいコト始めてるしっ! アリアとパリナもバレてるからねっ!? しれーっと新しい事業の準備してるだろーっ!」
「えっ、皆さんそうなんですか?」
「まあね。来年こそはミカリヤに負けるワケにはいかないもの」
「私が何かやるというよりはぁ、料理士の大型大会をやりたいから手伝ってほしいって頼まれましてぇ……」
「なのにっ! ボクはっ! なぁ────んもしてなぁーいっ! これは一大事だと思わないっ!? 思うよねっ!?」
別に良いんじゃないだろうか……。
必ずしも常に新しいコトをやってなくちゃならないなんてルールも無いし。
しかしまあ……ムラマサ本人がやりたいと思っているんだ、俺は後輩として応援する以外に選択肢は無かろう。
かつてどんぐりと、グラ助やヤマ子がそうしてくれたように。
「応援しますよ。それで? 具体的にはどうするつもりなんですか?」
「ありがとうっ! えっとねー、詳しいことはまだ何も考えてないんだけど、ひとつだけ決めてるコトならあるよっ!」
「へえ、何です?」
「『クラフターズメイト』脱退っ!」
「はぁ!? なんで! 別に抜ける必要は無くないですか!?」
「いやぁ、思い返せばずーっとライオやミロロと一緒だったからさ? ちょっとソロプレイってのにも興味が湧いてね。あ、それとセカンドキャラ作るから、キミみたいに」
「いやいやいやいや! そんなとこまで俺と同じじゃなくても良いじゃないですか!」
「同じ? …………ああ、そっか。キミも『Spring*Bear』辞めた時はこんな感じだったんだね。だったら分かってくれるだろ?」
そりゃあ気持ちは分かる。
多分、この中の誰よりも今のムラマサ先輩の気持ちは理解できるはずだ。
だからってなぁ……。
────ピンポーンっ。
「ああもうこんな時にッ! すみませんちょっと玄関出てきます!」
こんな状況でどこの誰が来やがったんだ!
流石に今は生産依頼とか受け付けられないからな!?
「ムラマサは居るかい!? 消えてしまう前にプロポーズをしに来たんだが!」
「きっとアリア様が傷心なので慰めに来ました! くま畜生は消えろっ!」
ミステリオとミカリヤだった。
「何しに来たんだお前ら! というか何でまた一緒に居るんですか!?」
「「そこで偶然会っただけ(です)」」
「ああもう面倒くさい……仕方無いです今日くらいは迎え入れてやりますよ、どうぞ!」
我が『クラフターズメイト』クランハウスへの来客はそれに留まらなかった。
いや、彼なら来るだろう。
何せ、ある意味では最もムラマサという人を理解しているだろう男なのだから。
「どけ、本人に話を聞かねばならん」
「Lionel.incさんまで……どうぞ、ちょうど脱衣麻雀大会が始まったところですから」
「分かった、今日のところは帰る」
「いいえ、入ってください! 今は少しでもあのカオスを中和できる人材が欲しいんです!」
「ま、待てっ! 俺は、俺はあまり麻雀は得意では────っ!」
知ったことか、こうなりゃ巻き添えを増やしてやる。
もう俺だけで抑え込める状況じゃねえんだよッ!
* * *
深夜までどんちゃん騒ぎは続いた。
ノンアルドリンクを飲んでいたはずが、いつの間にか疑似アルコールドリンクに取り換えられており、皆銘々の酔っぱらい方で潰れていた。
「あれ~? 脱げる服がもう無い~~~! 脱ぐためにまずは着なくちゃ~!」
ミロルーティは何故か、着衣を始めた。
「うっ、うぅ……アタシだって、アタシだって! ほんとはミカリヤからデザインについて教わりたいのよ……っ! だけどそうしたら貞操とプライドに傷が付いちゃうのよぉーっ!」
アリアは正直になっていた。
「ツモー! えーっと……あれ、なんか牌が少ないんだけど。くまっち盗った?」
ネクロンは麻雀のルールを忘れていた。
「肉どぉーん! ミルクばしゃーん! 虫にドラゴンの尻尾にミロロさんのブラジャーもどっこいせぇー! だけどパリナ博士は間違って余計なモノも入れちゃったぁ! それは……ケミカおろろろろろろろろろろ」
パリナはなんか、鍋の中に吐いてた。
ついでに外様クラフターの3人はというと……。
「いやぁ、イイ仕事してるねぇ……」
「いえいえそんな、Lionel.incさんには敵いませんよ」
「褒めるな。お前達のも上出来だ」
幼児の粘土細工みたいなものを並べて褒め合っていた。
うん、ちゃんと全員出来上がってるな。
「はぁーっ……やっぱ、楽しいなぁ…………」
「ムラマサ先輩、あまり酔ってないんですね」
「そういうキミこそ」
「他の皆があれですから、気が引き締まって酔えませんでした」
「あははっ、キミはそういうトコあるよねっ」
「どういう意味です?」
「バカ真面目ってコト。ちょっと、ベランダに出ない? 夜風に当たりたいな」
「もちろんお供しますよ」
ハウスのベランダからは、ホルンフローレンの街並みが夜闇に負けじと輝いていた。
先日の王城星見塔からの景色と比べれば高度は足りないが、それでも、ムードを作り出すには十分すぎる光景だ。
「…………」
「くっついたら暑いですよ」
「もー、わざと言ってるんだったら相当な意地悪だよキミ」
「すみません、照れ隠しです」
「あははっ、かわいいねぇ」
俺はムラマサを抱きしめた。
からかってくるから、仕返しのつもりだった。
しかしムラマサは優しく、やがて強く抱きしめ返してきた。
「本当に、居なくなっちゃうんですか」
「居なくならないよ。キミと同じ、別の自分でリスタートするだけ」
「また戻ってくるんですよね?」
「どうかなぁ……キミが頼りなかったらまた戻って来ちゃうかもね」
「だったら俺、ずっと後輩のままです」
「だーめ。キミはもう立派な鍛冶士になったんだから。今度は後輩を導く番だよ」
「無理ですよ。ムラマサ先輩みたいにはなれないです」
「もう……そんなコト言ってたらライオには勝てないぞ?」
「だって…………」
「そうだっ! この間の続き、聞かせてよ。何かくれようともしていたよね? ほれほれー、出すもん出しやがれっ!」
ムラマサが俺の腕から離れて言った。
もう一度抱きしめたいと思ったが、それはきっと、彼女の望む俺ではない。
インベントリから、あの時に渡し損ねたアイテムを取り出した。
「俺、はじめてムラマサ先輩に出会った時、面倒くさそうな人に捕まっちゃったって思ったんです」
「ひっどーい」
「だけどレベリングに、クラフトフェスタに、サイジェン島合宿に……貴女と過ごしているうちに分かったんです。この人は本当にこのゲームが、生産職が大好きなんだなって」
「うん、そのとーり」
「俺、このゲームが本当に好きなんです。元々は『The Knights』シリーズが好きだったんですけど、今はやっぱり『Ⅻ』が一番好きで。戦闘職も生産職も奥が深くて、運営もずっと頑張ってくれていて、本当に良いゲームだと思うんです。…………ははっ、俺、何語っちゃってるんだろう」
「いいよ、続けて? 聞かせてよ、キミの想い」
「……ありがとうございます。この半年とちょっとで、このゲームを好きな理由がひとつ増えました」
「それは何かな?」
「貴女に、出逢えたから」
俺は片膝で跪き、指輪ケースを開いた。
ムラマサへの想い────感謝と、愛をめいっぱい込めて。
「貴女の事が好きです。俺が夢を叶えたらその時は、結婚してください」
「…………夢、叶えたらなの?」
「はい、それまでは我慢します」
「ボクもキミと同じ気持ちでも?」
「はい。満足、したくないから」
「そっか。…………そっかそっかっ! うんっ! ふへへっ、えへへへへっ!」
「な、なんなんですか……」
「ううんっ! ただ、すっごくキミらしいと思ってさっ!」
「俺らしい、ですか?」
「やると決めた事に一直線な感じ、それでこそ……ボクの大好きなくまさんクンだなって」
「ありがとうございます、で良いんですよね?」
「もちろんっ! よーし決めたっ! ボクはね、誰も成し遂げてないコトをやってみせるからっ!」
「新しい夢ですか?」
「そうっ! 生産職としても戦闘職としても一流になるっ! というか次のアップデートでそれを兼ねてるようなクラスも出るしっ!」
「生産職も戦闘職も極めてるなんてユーザー、10年経ってるのにまだ居ないって話ですよね」
「それはやりがいがあるよっ! 燃えてきたーっ!」
ムラマサのこういう無邪気な笑顔が、俺はたまらなく好きなのだ。
頼れるのに、守ってあげたくなるというか……。
もちろんそれが俺の中で作り上げてしまった理想像でもあるのだろう。
が、そんなものをブチ抜くほどの魅力が日ごとに更新されゆくのが彼女だ。
そんな彼女を傍で見られなくなるのは残念だが、それが彼女の望む未来なのだ。
「貴女が居なくなった『クラフターズメイト』は、俺がちゃんと守っときますから」
「わーお、頼もしいコト言ってくれるね。でもクラマスはアリア、これは決定事項だからね」
「もちろん分かってますよ。俺はせいぜい、一番下から支えるのが適役ですし」
「ありがとね、キミが居てくれるなら安泰だっ!」
「だからムラマサ先輩は安心して、ソロでのびのびやっててください」
「うん、そうするっ! ……あっ、そうだ」
ムラマサ先輩はふと、何かを思い付いたように────。
────キスを、した。
「…………敵わないな、貴女には」
「へへっ、びっくりした?」
「ええ、そりゃもう。不意打ちだったから感触も覚えてないくらいです」
「じゃあ…………もっかいする?」
ムラマサは目を瞑り、こちらへ唇を預けてくる。
だから今度は俺から、キスをした。
もう、次はいつ会えるかは分からない彼女の唇の感触を、あるいは彼女の存在そのものを強く確かめるように。
彼女への想いを、いついつまでも心に留めていられるように。
「…………ぷはっ。……もう、がっつきすぎだよ」
「ムラマサ先輩こそノリノリでしたけどね」
「当たり前だよ。だってボクはキミにゾッコンなんだからさっ!」
「恥ずかしげもなくまったく……」
「よし、戻ろっか? みんなをログアウトさせなきゃ」
「ですね」
名残惜しい。
だけどこうして、誰かを想えるからこそ、俺の好きなムラマサなのだ。
「グギギギギギギギギギギギ…………」
「ふむ……………………………………」
「あら~~~~~~~~~~~~~~」
振り返ると、ベランダの窓の向こう側、カーテンの隙間からこちらを覗き見る3つの影があった。
「────っ! ……────っっっ!? ────っ!!!」
「…………フッ」
「……………………うふっ」
窓ガラスの向こう側で、何かを喚いているミステリオ、不敵な笑みを浮かべるLionel.inc、穏やかな笑顔を浮かべるミロルーティ。
更にその背後には、アリアやネクロン、パリナにミカリヤまでもがこちらの様子を窺っているようだった。
「あー、えっとぉ、どうする?」
「とりあえず起こしてやる必要は無さそうですし」
俺はメニューからマップタブを開いた。
その中から都合の良さそうな場所を選び────。
「逃げちゃいますか、ふたりで」
「あははっ、さんせーいっ!」
最愛の人と手を繋ぎ、
繋いだ彼女の左手には、俺が渡した“エンゲージリング”が着けられている。
せめて今夜くらいは、ふたりきりで過ごそう。
俺達の繋がりを忘れられないくらい、強く、強く、
「ねえ、セカンドキャラでキミを見つけたら挨拶した方が良いかな?」
「それはお任せしますよ」
「えー、でもなー、気付いてくれなかったらショックだしなー」
「絶対気付きますよ」
「ふーん、なんで?」
「俺と貴女は恋人で、それだけじゃなくて────」
────
《第1部・完》
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