74話 キミが好きだと叫びたい 後編
流石はゴールドシップ、市場を独占しているだけのことはある。
この世界のあらゆる情報が彼女の元に集っているのだろう。
仮にそうでなくても、そう思わせるだけの情報の早さが彼女にはあった。
そのおかげで、怪しい黒の外套と顔を完全に覆えるマスクを装備した集団がミロルーティを連れて、ホルンフィア大陸北部にあるズドラーチェ雪原で目撃されているとの情報を得られた。
俺は単身で、ズドラーチェ雪原遠征騎士基地に
情報に寄れば黒ずくめの集団の数は5つ、近接職4人と遠距離職が1人。
他にも仲間が居るのかもしれないが、関係無い。
俺がそこいらの戦闘職に負けるはずが無いのだから。
「…………あそこだな」
このズドラーチェ雪原は、救世クエスト1部終盤に訪れることになるエリアで、ここから入れるダンジョンはどんぐり達と何度も周回した。
だから身を隠すのに適したポイントには心当たりがある。
「ヒャッハー! たまんねえカラダだなオイ!」
「もう良いかなぁ好きにしちゃっても構わねえよなぁ?」
「バカ野郎。システムブロックを掛けられたらお終いだろ」
洞窟の奥から男達の声が聞こえる。
やはりここで間違い無いようだ。
「テメェらその人を放せ」
「アァ!? 誰だっ!」
俺は身を隠さずに堂々と洞窟内に入った。
戦闘にならずに済むならその方が良いからな。
「目的は何だ」
「目的だぁ!? ンなもんお前に話すワケが無ェだろうが!」
「黙れ雑魚。悪いねえ、ウチの下っ端が無礼な真似を」
洞窟の奥から6人目の男が姿を現した。
無造作に伸ばされた黒い長髪と軽装装備に刻印された狼の
「まさかお前が出てくるとはな」
「ハハッ、そりゃこっちの台詞だぜ」
「てっきり引退したのかと思ってたぞ、『
『灰狼』────5年前、まだグラ助が居なかった頃の俺のライバルだった男だ。
ネームプレートのゴールドカラーが示す通り、俺と同じサービス1年目からの古参ユーザーだ。
PvP大会で毎年決勝で俺と当たり、そして俺に負け続けた。
俺とどんぐりが初心者だったグラ助とヤマ子を育て上げ、共にPvP大会の決勝トーナメントに進出、
以降、まったく彼の名を聞かなくなったからてっきりゲーム自体を引退したのかと思っていたが……今になって再会するとはな。
「大丈夫ですよ、ミロロさん。すぐに助けますから」
「えっ、でもあなたどうして……」
「灰狼、昔馴染みのよしみだ。運営に報告まではしない、その人を解放しろ」
「ククッ……甘ェな。今になってどうして俺が戻ってきたか分かるか?」
「さあな。現実でリストラに遭って暇にでもなったか」
「バカ言え。俺は元から無職だ」
知りたくない事実だったな。
かつては俺と肩を並べるほどの実力者として一目を置いていたのだが、お前ずっと無職だったのかよ。
…………いや今はそんな事はどうでも良い。
肝要は、奴がミロルーティを解放するつもりが無いという点だ。
「俺ァよ……ずっとお前を想い続けてたんだぜ」
「気色悪ぃな」
「そう言うなよ。一途にお前を想い、裏社会でPvP戦闘だけを鍛えてたんだ。俺ほどお前を愛してる男は居ねェだろうが」
「悪いな。俺はもう心に決めた人が居るんだ」
「それだ、そういうトコだ……お前は変わっちまった。5年前だ、くだらねぇ青春ごっこを始めやがって。お前のライバルは俺だけだ、そうだろ?」
「もう忘れたな。5年もお前は消えちまってたんだから」
「当然だ、あんなお前は見てられねえ。だがついこの間、お前の名が新聞で見つけちまってな。生産職になっちまいやがったってな」
「そりゃどっちの話だ。『Night†Bear』か『くまさん』か」
「
「さすがだな、そこまで俺を理解してる奴なんてどんぐりかテメェくらいだろうよ」
「あのキンピカダルマと一緒にすんなァ! …………で、見つけたんだよ。ユーザー名は『くまさん』、まさか本人まで生産職になってるとは思わなかったぜ」
「そうか? 案外良いモンだぞ生産職。万年シルバーコレクターだったんだ、これを機に生産職を始めてみると良い」
「ブッ殺すぞ。……まあ、俺もお前を愛してるからよ。何やらデカいことやってるってんでその邪魔はするめえと思って待ってやったんだ。どうだった、稼げたか?」
「そこそこな」
「そりゃ結構。だったら今度は俺とヤろうぜ!」
灰狼は背から長槍を引き抜き、構えを取った。
なるほどな、目的はそれか。
「悪いが灰狼、俺は戦う為にここに来た訳じゃないんだ」
「ごジョーダン! そんな装備で何言ってんだ」
そりゃそう言われるわな。
戦う為に来た訳ではないが、その想定はもちろんしてある。
じゃなけりゃわざわざ────。
「抜けよ、その魔導狙撃銃をよ」
────わざわざ、『Spring*Bear』でログインしないのだから。
「良いのか? 黒星が増えるぞ?」
「負けねェよ……この1年、いや5年前から浅瀬で遊んでたようなお前に────」
灰狼得意の突進スキルの構えか。
良いだろう、受けて立とう。
俺はスコープを覗き、戦闘態勢を構えた。
…………懐かしいな、スコープ越しの世界も。
「────負けるワケが無ェだろうがァ!」
「抜かせ。自転車の乗り方を忘れる大人は居ねえだろうが」
────ガキィンッ!
突進中の灰狼と俺の魔弾が衝突、実弾を内包した魔力の塊と灰狼のダークグレーの長槍がぶつかった。
スキルの相殺により灰狼の突進スキル【狼牙】が打ち止められ、無様にも彼は無防備な隙を晒した。
「ほら避けてみろ────【キリングショット】」
魔力の籠らない実弾射撃スキル。
物理ダメージのみを与える、魔銃士唯一の物理特化スキルだ。
「
灰狼は長槍で一陣一振り、音速を越える実弾を撃ち落としやがった。
「腕は鈍ってない、か」
「当然だ。魔銃士とのスパーリングは特にやってきたからなァ!」
反撃が来る。
灰狼自前のAGIからなる高速移動による攪乱、俺の周囲を走り回る。
こうなってはスコープを覗いてのADS射撃を当てるのは不可能。
俺はスコープから目を外し、腰撃ちの体勢に切り替える。
腰撃ちだと射撃精度は落ちるが、連射速度は各段に上昇する。
とはいえ単発射撃しかできないこのこの魔導狙撃銃だ、やはり高速移動中の灰狼を捉えるのはまだ難しい。
俺は灰狼を直接撃ち抜くのを諦め、銃口を頭上に向けた。
────ドンッ!
魔弾の塊が頭上高くに撃ち出された。
「……範囲攻撃ィ!」
灰狼はあの速度で動いていては上空からアトランダムに降り注ぐ魔弾の雨に被弾してしまうと判断したのか、動きを止めてガードの準備を取った。
「【花火弾】だ」
「はァ!?」
頭上に撃ち出された魔弾の塊は、そのままカラフルな火花を散らしながら洞窟内を明るく照らした。
攻撃スキルではない、見た目だけのお遊びスキルだ。
灰狼は知らんだろうな。
何故ならこのスキルは、どんぐりやグラ助、ヤマ子の勧めによって習得したスキルなのだから。
ファンサービスの為だけに使っていたこのスキルは、俺がまだ戦闘ジャンキーだった頃には持っていなかった。
つまり、灰狼の知る俺にこの手札は無かったって事だ。
花火に唖然としている灰狼を、スコープの中心に収める。
「【ブラッドブレット】……【魔弾集積】、【因果応砲】────」
これが『Spring*Bear』の最大火力コンボ。
【ブラッドブレット】────自らのHPを削り、魔弾を生み出す。
【魔弾集積】────残弾の全てを一射の魔弾に集め、火力と弾速を増大させる。
【因果応砲】────自身のHPが少ないほどに火力を上げる、一撃限定のバフ。
この火力から逃れる術は、光速にも及ぶ弾速を回避、あるいはジャストガードする他に無く、当たれば例え“最優・最重の騎士”と呼ばれるだけの耐久力を以てしても防ぎきれない。
また俺の勝ちのようだな、灰狼。
「────────ファイア」
黒光の魔弾が、猛き灰の獣を撃ち抜いた。
* * *
ボクは走っていた。
寒空の下、積もった雪に足を取られながら、ただ走っていた。
ボクの大切な人を助けに、大好きな人が向かった場所へ。
「嫌な予感がする……っ!」
ミロロのメインクラスは錬金術士だけど、サブクラスとして戦闘職のクラスレベルもそれなりに上げてはいる。
それに腐っても古参ユーザー、他ユーザーとのトラブルの対処には慣れている。
そんなミロロが誘拐される?
それにあの必死な声、事は尋常ではないはず。
くまさんクンがオフライン状態になってるのも気になる。
もしかしてキミ、『Spring*Bear』のアカウントでログインしてる?
それなら負けるはずは無い……と信じたい。
だけど、だけどもしもの事があるとしたら?
くまさんクンが去った後、ボクもゴールドシップに連絡を取った。
首謀者はかつての実力者『灰狼』かもしれない、そう言っていた。
もしそれが本当だったら、半年以上も戦場から離れていた彼では負けてしまう可能性だってある。
分かってる、これはゲーム。
別に負けたからって本当に死んじゃうワケでもない。
それでも怖い、すごく怖いんだ。
くまさんクンが、ミロロが、誰かに傷つけられてしまうのがたまらなく怖い。
何より、そんなふたりの為に何もできないボク自身に吐き気がするほどの嫌悪感を覚える。
だから? それでも?
走っている理由は分からない。
分からないけどボクは走る。
「ボクは…………無力だっ!」
噛みしめる唇は、仄かに血の味がした。
まるで現実のような味覚と無力感だと、思って仕方無かった。
────『君が好きだと叫びたい』に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます