73話 キミが好きだと叫びたい 前編
男の人にこんな感情を持ったのは初めてだった。
学生時代に先輩の男の子と交際をした事はある。
だけどそれは告白されたからで、周りに勧められたからで、ボクからその子に対して恋愛感情なんてものは全く無かった。
それも青春のひとかけらだと、そう自分に納得させて告白を受け入れた。
結局、その男の子の家に招待されたのを断ったらそのまま別れを切り出された。
男性なんて所詮そんなもの、特に思春期の男子なんて性欲第一に生きている。
社会人になってから、そういうお誘いを受ける事は少なくなかった。
交際を申し込まれる事もあったし、そこまではいかなくとも一夜を過ごしたいと言われる事もあった。
が、この身を委ねるに至りはしなかった。
それはきっと、ボクという人間に男性に対しての恋愛感情だとか、性欲だとかが存在しないからなのだろう。
であるならば、人助けのついでに幼馴染の女の子と形だけの交際をしてみた。
男性と付き合うよりはずっと楽しかった。
友人関係の延長線上のような関係で、気が楽だった。
あれはボクの気の迷いだったのか、それともお酒のせいなのか、キスをした。
彼女は驚いてボクを突き飛ばし、その夜はちょっとだけ気まずくなった。
だけど翌朝、彼女の方からキスをしてくれた。
嬉しかった。
彼女を愛おしく思えた。
ああ、ボクは女性が好きなんだ────そう確信するに至るには十分な経験になった。
それ以降、男性からの性的な視線がまったく気にならなくなった。
あの性別の人間は、ボクの人生には何の関係も無いのだと思えたからだろう。
……ごめん、それはちょっと嘘。
嫌悪感は覚えなかったけど、ちょっとだけ腹が立った。
ボクのカラダはお前達の消費物では無いんだぞ、って思ったかな。
もちろんそれが世渡りの方法としては下手な事は重々承知の上。
女を売りにして会社で上手くやっている同期の新入社員を横目に、ボクは安い手取りを削りながら安酒でストレスから逃げていた。
大学時代に始めたフルシンクロVRゲームも、気付けば10年。
仕事の、現実のストレスからの逃げ場所だったその世界は、いつしかボクの本当の現実にすり替わっていた。
女も男も関係なく、努力がそのまま結果に繋がる。
ゲームなんてものはどれもそういうものみたいだけど、ボクはこれまでに多くのゲームに触れてきた人生ではなかったから、新鮮に感じた。
アバターとはいえ自分が動かす身体で敵と戦うのは怖いという理由で生産職を選んだけど、それも正解だったと思う。
淡々と同じ作業を続けるのが苦手ではないから、ただ無心にハンマーを振り続けるのもボクだけのリラックスタイムになった。
むしろそれが、唯一の安息の時とも言えるんだけどさ。
いろいろあったよね、この『ムラマサ』として生きた10年間で。
最初は幼馴染の────うん、ここは『Lionel.inc』と呼ぼうか。
彼女と一緒に生産職を始めて、ミロルーティとかいうボクとは絶対に相容れないだろう女性ユーザーと出会い、トラブルに巻き込まれたけど協力して乗り越えて、気付けばボク達3人は最も信頼のおける間柄になった。
それから一緒に生産職だけのクランを立ち上げて、沢山の初心者生産職の受け皿になって、やがて方針のすれ違いで分裂して……。
ボクは手の届く範囲で初心者育成に集中、ライオはトップ生産職ユーザーとして最前線を駆け上っていった。
アリア、ネクロン、パリナの3人がボクとミロロの元に来てくれて、小規模ながらも楽しく生産職ライフを送ってきた。
────このまま、こんな生活が続けばどれだけ幸せだろう。
そう思っていた矢先に、彼と出会った。
いや、出会ってしまった、と言うべきだろうね。
生産職のクラスギルドで始めたてのユーザーを見つければ、男女問わず声を掛けてきたボクだった。
だって、アバターの性別が現実の性別と一致しているとは限らないんだから。
男性に仄かながらに苦手意識を持っているボクだけど、こっちの世界でなら平気だった。
『…………………………マジか』
あれは確か……くまさんクンが初めての生産をした時だったかな?
自分の生産物を見て目を輝かせるあの横顔、あれが決め手…………とまではいかないけどさ。
不思議と、キュンと来たんだよね。
基本的に、ボクは初対面の視線の位置で中身の性別を判断している。
現実離れしたサイズに設定したこの胸を凝視、あるいは継続的にチラ見するなら男、最初だけしか見てこなければ女、ってね。
まあだから、くまさんクンは男だって分かった。
というかあの子、おっきなおっぱいが大好きだよね?
ボクに対してもそうだし、ミロロの胸だっていつも見てるし。
だけどそんな彼が、おっぱい星人の彼が、あの
これまでにも沢山の男性生産職ユーザーには出会ってきたけど、あそこまでゲームに夢中になってくれる子は居なかった。
最初は生産システムの凝った作りを楽しんでくれたが、時間が立つにつれ生産職としての向上心は薄れてゆき、ボクやミロルーティなどの女性ユーザーとの交流を強く求めるようになっていった。
もちろんそんな人ばかりじゃない、なんてことは理解しているつもりだよ。
だけど何度もそんな場面を目にすると、やっぱり現実と同じなんだって思ってしまうんだ。
ボクがくまさんクンと長くやっていけそうだって思った決め手は、やっぱりクラフトフェスタだろう。
励ましはしたけど、きっと辞めちゃうだろうなって思ってた、彼には秘密だけどね。
だけど彼は諦めず、それどころかより強い向上心を持って生産職に向き合うようになった。
作った物が誰かに求められたら心から喜び、PvP大会でシズホちゃんが負けちゃった時は、自分の責任だって言って心から悔しがっていた。
ねえ、くまさんクン。
キミは、ボクをどう思ってるのかな。
ただの先輩? それとも、ひとりの女性として見てくれてるのかな?
キミになら、“女”を出しても良いと思ってるんだよ。
「すみません、俺が呼んだのに待たせちゃって」
ホルンフローレンのすべてが見渡せる、王城星見塔。
ボクは満天の夜空を眼前に、眼下には城下の街並みに星空にも劣らない灯りの絨毯が敷かれていた。
「もう、女性を待たせるなんて男の子失格だよっ?」
「本当ですよね……体は冷えてないですか?」
「あははっ、まさかっ! ホルンフローレンは年中過ごしやすい気温だからねっ。でも……心はちょっとだけ、寒くなっちゃったかも」
「それは困りましたね、心まではデータで制御しきれないでしょうし」
くまさんクンが申し訳なさそうな顔をする。
ずるいな、その図体でそんな小動物みたいな表情しないでよ。
「それにしてもキミ、お嫁さんに怒られちゃうんじゃない?」
「Lionel.incさんのこと言ってますか? 離婚しましたから。あとどうやら俺がお嫁さんだったらしいですよ」
「あははっ、キミがっ?」
「ええ、らしいです。『The Knights』シリーズは昔からストーリー上で同性婚が可能でしたからね、さすが正統ナンバリング作ですよ」
「そっかそっか、キミもライオと一緒でシリーズの古参ファンなんだっけ」
「ええ、彼と事業やってた時はよく過去作の思い出話をしましたよ」
「ふぅん…………仲がよろしいことで」
「ムラマサ先輩」
ボクが意地悪のつもりでそっけない態度を取ったのに、彼はそんな空気を破って真剣な視線を送ってきた。
声も少しだけ震えてる。
何だよキミ、そんな顔されたら、期待しちゃうじゃないか。
「今日呼び出したのはですね、大切な話がありまして」
「…………うん、なに?」
くまさんクンはインベントリを開いて、小さな箱を
それはまるで、指輪ケースのような……。
「ムラマサ先輩、俺────」
────ピロロンっ、ピロロンっ。
ああもう! なんてタイミングで通話が着てんのっ!?
こんなの無視無視、今はそれどころじゃないのっ!
「通話、誰からです?」
「良いよ、後からかけ直すからさ。それで何かな、それ」
────ピロロンっ、ピロロンっ。
「また掛かってきてますけど」
「みたい、だね……」
「出てください。俺、待ってますから」
「ごめんね……」
渋々、ほんっっっとに渋々通話に出る。
着信元は、ミロロからだった。
「もうミロロっ! 今イイとこだっ────」
『────助けて!』
────プツっ。
「…………えっ?」
「誰からだったんですか?」
「ミロロから……なんか、助けてって…………」
通話口のミロロの声は、まるでボクと彼女が仲良くなったあの事件の時のように必死だった。
いつも落ち着いているあのミロロがああなるなんて只事じゃない。
「ご、ごめんねくまさんクン……本当に申し訳ないんだけど……」
「今ゴールドシップに連絡して居場所を突き止めました、俺行ってきますッ!」
「ちょっとくまさ────くまさん、クン……」
彼の身体が光の粒子に包まれて、そのまま消えて無くなった。
こんな大事な場面でも、キミは迷わず人助けを優先するんだよね。
そんなキミだから、きっとボクは────。
「やっぱ、好きなんだ、ボク」
────『キミが好きだと叫びたい 後編』に続く。
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