72話 ネクミロ共同戦線~創始編~

「ねえねえミロロ、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」


「あら何かしら~?」


「事業……ってほどじゃないんだけどさ、ミロロにしか頼めないことがあってさ」


「そうねぇ~。最近はみんな忙しいみたいで、ちょうどわたしも暇してたし~。是非ともお手伝いさせてほしいわ~」


「よっしゃ。まあ簡単に言うと、宗教やろうと思ってね」


「はい~~~~~~~~~~?」



 時は遡り、くまさんとLionel.incがNight†Bearと市場で戦争を行っていた頃。


 その裏で企むふたりの影があった。


 ホルンフィア大陸に宗教は無い。


 何故なら、すべての人民が女神ホルンフィアを信仰しているからだ。


 統一された信仰があるのならば、それは宗教ではなく常識となる。


 その常識に立ち向かわんとする革命児が居た。


 これは、ネクロンが多くのバッシングと期待に真っ向から立ち向かい、新たな女神を世に広める新時代創始の物語である。





               * * *





 思うに、ヤマダヤマ様こそ真なる女神であると思う。


 女神ホルンフィアなんて、開発運営が生み出しただけの人に造られた偽物の神だ。


 ホルンフィアはあたしを救いはしないけど、ヤマダヤマ様は救ってくれたのだから。


 そしてあたしは、そんな神様のようなヤマダヤマ様とフレンド登録をしている。


 つまりこれが何を意味するのか…………そう、ヤマダヤマ様からの信託を世に広める義務があたしにはあるのだ。



「…………ってのは冗談。いくらなんでもそんな大それたコトは考えてないよ」


「じゃあ宗教ってどういうコトなの~?」


「正式なファンクラブを設立しようと思ってね」


「なるほどね~! それは確かにだわ~」


「いやね、ヤマダヤマ様のファンは多いはずなんだよ。だけどファンクラブとかそういうのはまだ無いらしいんだよね。ファン同士で交流できる場があったら嬉しいじゃん?」


「それは嬉しいはずだわ~。でも~……昔からのファンの方々からは反感を買わないかしら~?」


「大丈夫、それは策を考えてあるから。あっ、そろそろ時間だ。着いてきてミロロ、今からその昔からのファンに会いに行くから」



 待ち合わせ場所は『The Knights古参の会』のクランハウスから最も遠い場所にあるレストラン。


 なんでヤマダヤマ様と会えるかもしれないクランハウスの近くじゃなくて遠いとこなのかって?


 ファンたるもの、不用意にヤマダヤマ様に近付いてはならないのだ。


 いやぁ、あたしはもっと近付きたいし仲良くなれるならなりたいよ?


 だけどここはファンの人達から好感を持たれるように、あっちの常識に寄り添うしかないのだ。



「初めまして!」


「私達!」


「交流クラン『ヤマダヤマ様古参の会』」


「「「です!」」」



 左からシアン長髪の人間ヒュマニ、マゼンタショートボブの妖精エルフィア、イエローベリーショートに犬耳の獣人ビストレアの女の子達が待ち構えていた。



「あたしがネクロンでこっちがミロルーティ」


「よろしくね~」


「わたしはアイと申します!」


「ウエオカだよ!」


「ウチはキクや!」



 3人共、ネームプレートがシルバーに輝いている。


 ヤマダヤマ様の古参ファンと名乗るだけあって、プレイ歴も長いようだ。



「ヤマダヤマ様のファンクラブの設立というお話でしたよね?」


「そそそ。やっぱ古参ファンのきみ達には話を通しとかないとって思ってさ」


「それは良い心掛けだね! キクはどう思う?」


「めっちゃええやん!」


「待ってもらえますか? 折角私達の『ヤマダヤマ様古参の会』があるのに、新たにファンクラブを作る意味があるんですかね?


「たしかに! ウチらんとこ入ればええんちゃう?」



 やっぱりね、そういう話になると思ってたよ。


 もちろんそれに対しての回答は用意してるんだよね。



「ほら、そっちはクランでしょ? それだと他のクランに入ってる人は参加できないじゃん。それじゃあ折角ヤマダヤマ様を愛してやまないって人が、クランのシステムが理由で輪に入れないーなんてコトになっちゃう。それは可哀想かなーって」


「なるほど、一理ありますね」


「それは確かに悲しいね! キクはどう思う?」


「あかんな! それは絶対にあかん!」



 よしよしよし、ここまでは計算通り。


 で、問題はこっからなんだよね。


 それこそがミロロを連れてきた意味でもあるんだけど。



「それでさ、クランに縛られない繋がりってのを作れたら良いのかなーって思ったワケ。実はこっちのミロロ……ああ、ミロルーティの愛称ね。ミロロは錬金術士でね。結構イイ感じのアクセサリー装備を作れるんだよ」


「なるほど、アクセサリーを同志の証とするワケですね!」


「それでわたしを誘ってくれたのね~。でもアクセサリーならアリアさんでも良かったんじゃない~?」


「いやいや、ちゃーんと錬金術士じゃないといけない理由があるんだよ。で、ファンの証になるアクセサリーなんだけど、これが良いんじゃないかなーって」



 あたしは事前に用意していた“騎士卿の腕輪”を実体化マテリアライズしてテーブルの上に置いた。



「なるほど騎士ってことね! たしかにヤマダヤマ様のファンにピッタリ! キクはどう思う?」


「ええやんええやん!」


「ありがと。で、一応これにした理由ってのもあってね。まず腕輪枠のアクセサリーって基本的に優秀な装備であることが多いんだよ。パラメータ上昇値が高いとか、強めのADPアディショナルパワーが付いてることが多いとかね。その中でもこの“騎士卿の腕輪”は超超超超…………弱いんだよ。わざわざコレを装備してる人なんてそうそう居ないくらいにね」


「ふむふむ。だからこそ、これを装備している人はヤマダヤマ様のファンであるという目印にできるんですね!」


「そのとーり。まあ、それでもデザインが好きだからって理由で着けてる人が居ないとも限らないから…………ほら、手首側のここを見てほしいんだけど」



 テーブルの上で腕輪をひっくり返す。


 そこには、ヤマダヤマ様の似顔絵をデフォルメ調にした意匠が施されている。


 あたしが頑張ってデザインしてみたんだけど、我ながら結構イイ感じじゃない?


 カッコカワイイと思うんだよね、これ。



「めっっっっっちゃええやん! 気に入ったわウチ!」


「おー! キクが進んで喋ってる! これは本当に気に入ったんだよ!」


「私も素敵なデザインだと思います! 知らない人には伝わらないのがまた、たまんないですね!」


「おー、それは良かったよ」


「コレ貰ってええんやんな!?」


「ストップストップ、まだ話は終わってないよ。このヤマダヤマ様マーク……名付けてヤマーク。デザインのテンプレートはあたしが持ってるんだ。このマークが無いとファンの証にはならない、分かるよね?」


「ええ、分かりますよ」


「きみ達みたいにクランとして運営しているなら、メンバー数に比例してお金やアイテムが公式から定期的にプレゼントされるけど、これはクランじゃない。だから活動資金は手出しにしなくちゃならないんだよね。そこで……」



 みんなは忘れてるかもしれないけどさ、あたしも一端の生産職なんだよね。


 生産職はお金を稼いでなんぼ。


 現実の宗教法人はとんでもなく稼げるって話、よく聞くよね。


 だからあたしが最初にって例えたのはそういうワケ。


 これはね、これまでにない新たな金策なんだよ。



「ヤマーク付き“騎士卿の腕輪”単品で10万ゼルで売る」



 これがあたしの、宗教法人経営だ。



「その10倍の金額、つまり100万ゼル払ってもらえればヤマークのデザインテンプレートも売る。これでファンクラブの活動資金も稼げるってワケね。もちろんファンクラブ内でいろんなイベントをやるつもりだよ。定期的にゲーム内で交流会をしたりとか、ヤマダヤマ様ご本人をお呼びして食事会やお出かけ会なんてのもやりたいよね」


「10万ゼル!? いくらなんでも高すぎない!? キクもそう思うよね!?」


「やっす! そんなんで未だ見ぬ同志と出会えるんやったら実質タダやろ!」


「ええ────っ!!!」


「デザインの販売……それはつまり、買った人もヤマーク付き“騎士卿の腕輪”を売れるようになる。そういうコトですね!」


「ご名答。あ、でもその後の売り上げの何割かはファンクラブの活動資金として徴収させてもらうつもり。じゃないとデザインを売る意味が無いからね」



 キクは今すぐにでも買ってくれそうな雰囲気だ。


 だけど残りのふたりはまだ悩んでるっぽいな。


 でもなぁ、この3人を引き入れないとこの事業────もといヤマダヤマ様布教計画に成功は無い。


 仕方無いな、ここは目先の利益を捨てて先を見据えよう。



「はい、もうふたつあるからね」



 と、ヤマーク付き“騎士卿の腕輪”を更にふたつテーブルに出してやる。



「しかし10万ゼルですもんね……」


「キクの気持ちも分かるけど、やっぱり……」


「何言ってんの? 誰が売るなんて言った?」


「「えっ?」」


「売ってくれへんの!? ケチ!」


「まさかまさか、逆だよ逆。あげるに決まってるじゃん」


「あげるって、タダですか!?」


「10万ゼル相当のモノを!?」


「っか~~~! ネクロンはん、あんためっちゃイイ人やん!」


「あら~、ネクロンさんわるい人ね~」



 このファンの証の無料譲渡が決め手となり、『ヤマダヤマ様古参の会』幹部トリオはまんまとファンクラブ入りを決めてくれた。


 良かった良かった、ここがある意味最大の要所だったからね。


 何が何でも引き込まないとって思ってたから、落とせて良かったよ。



「もう~、ネクロンさんは商才逞しいわね~」



 ミロロとの帰り道、あたしは今後の展望を思い浮かべて口元がゆるゆるになっていた。



「いやさ、くまっちが頑張ってるじゃん? それを見てたらあたしもなんか新しいコトやりたくなってさ。10周年アップデートの“機械人形”実装ではスタートダッシュ決められたからさ、そっち方面の金策は安定してるし」


「腕輪の生産はわたしがやれば良いのよね~?」


「もち! 腕輪は10万で売るから、5万をファンクラブの活動資金に回すとして、3万ゼルがミロロの取り分って感じでどーよ」


「それだとネクロンさんの取り分より多くなっちゃわない~?」


「いーのいーの。あたしだって金の亡者じゃないし。ヤマダヤマ様が如何に素敵かを世に広めたいのは本音だしね」


「ふふっ、ならありがたくいただいちゃうわね~」


「よーっし、燃えてきた! ガンガン布教して、ガンガン金稼ぐぞー!」


「お~!」



 かくして、あたしとミロロの共同戦線が組まれた。


 今後は本職の電気技士とファンクラブ経営の二足の草鞋を履くことになる。


 きっと大変だろうけど、活動自体は楽しいに決まってる。



「よっしゃミロロ、今からヤマダヤマ様にご報告に行こーぜ! 本人公認ファンクラブになれば会員も増えるだろうしさ!」


「いいわね~。ついでにグラ助君にも挨拶したいわ~」



 ミロロにグラ助へ連絡を取ってもらい、『The Knights古参の会』のクランハウスに招待してもらえることになった。


 あたしがヤマダヤマ様に連絡を取らなかったのは、なんというか……ちょっと恥ずかしかったから。


 でも今から会えるんだよなー……。


 予定変更、『The Knights古参の会』クランハウスへ直行せず、美容院に寄ってから向かうことにした。


 憧れの人に会いに行くんだから、やっぱ身なりは気合い入れて行かなくちゃだしね。


 …………髪とか巻いたら、可愛いって言ってもらえるかな?



「ふへへ……」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る