71話 アリア・グッド・バッド・デート 後編
「ねえねえダーリンどこ行きたい~っ?」
「そうですね、安全な場所に行きたいです」
「殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」
「へえ、そう、へえ、へえ、そう、へえ、へえへえへえへえへえへえへえ」
お化け屋敷には入っていないはずなのに、背中に人ではない何らかの強い怨念が突き刺さる。
というか、シズホまであんな感じなのは何故なんだ。
ミカリヤがああなるのは理解できる、やっとこさ憧れのアリアとの遊園地デートを取り付けたかと思いきや宿敵が同行、それどころか──噓ではあるが──その宿敵とアリアの交際発表までされたのだから。
シズホが放つその威圧感は何?
俺の知るシズホは色恋だとかに惑わされるような女性ではなく、ただひとつ夢に向かって一生懸命頑張れる強い女性のはずなのに。
俺がLionel.incと事業を進めている間にアリアと仲良くなったらしいが、そこで何かがあったという事なんだろうか。
分からん、分からんな。
分からんから、流れに身を任せるしかあるまい。
「アリアさんはどのアトラクションに行きたいとか無いんですか? それに従いますよ」
「そうね、じゃあお化け屋敷に行ってみない? 現実じゃ再現不可能のとんでもない仕掛けがあるらしいのよ」
「背後のふたり以上の恐怖体験なんて味わえる気がしないですけど、行きますか」
園内マップに従ってお化け屋敷へ。
その施設は廃病院をモデルに作られているらしく、マップから施設の概要を確認するに、屋内には幽霊種のモンスターが徘徊しているらしい。
とはいえここは遊園地であるから、モンスターが襲い掛かってくることはない。
…………ここまでの説明だと、ただのお化け屋敷と何ら変わらない。
ただそこまでで終わらないのが『The Knights Ⅻ Online』のニクいところだ。
実はこのお化け屋敷、複数人グループで参加する場合に限り、施設内の幽霊種モンスターに指示を出し、中の様子をカメラ越しに眺めていられる『脅かし役』でも遊べるのだ。
指示はかなり細かく出せるらしい。
昔、どんぐり・グラ助・ヤマ子と4人で来たことがあるのだが、その時はどんぐりとグラ助が『脅かし役』をやり、俺とヤマ子が中に入った。
が、グラ助の悪ふざけによって幽霊種モンスター達によるダンスステージが始まり、お化け屋敷としての正しい楽しみ方をできずじまいだった。
ヤマ子はああ見えてホラーが苦手で、施設に入って最初のモンスターとの遭遇で気絶していた。
気絶した後輩の女の子を背負いながら観るモンスター集団のダンスステージは、後にも先にも観られない不思議な光景ではあった。
「アタシとくまさんが中に入るわ」
「了解です」
「嫌です。わたくしはアリア様と腕を組んで歩きたいです」
「私はそれで良いですよ。全力でアリアさんを脅かして泣かせますので。行きますよ、ミカリヤさん」
「嫌です嫌です~~~っ! これ以上アリア様とくま畜生の距離が縮まっていく光景なんて見たくありません~~~っ!!!」
「むしろチャンスではありませんか? ここでくまさんさんに泣きべそかかせるくらい脅かしてあげれば、アリアさんも失望すると思いますよ。私はそれに協力する気は無いですけど」
何やら向こうは向こうで楽しそうにしているようだ。
シズホが何を考えているかがよく分からないままだが、ああやってミカリヤの世話役を買って出てくれているのなら心強い。
数年越しに、今度こそお化け屋敷としての正しい楽しみ方を享受しようではないか。
「け、結構雰囲気あるわね……」
「もしかして怖いんですか?」
「こっここ怖いワケないでしょっ!? 幽霊種のモンスターだって何度も見てるんだからっ!」
「まだモンスターは出てきてすらいませんけど」
あのアリアの腰が引けている。
言葉の上では強がっているも、明らかに怯えているのが丸わかりだ。
案外ホラーは苦手なんだな、可愛いところもあるじゃないか。
「ひぃっ! いっ、今その角のところで何か動いたわっ!」
と、アリアが俺の腕に抱き着いてきた。
そんなに怖いのか?
こちらに害を為さないと分かっているモンスターなんて、最早風景の一部みたいなものだろうに。
これは長い戦闘職経験がある俺と、経験はあるも生産職として過ごしている時間の方が長いアリアとの差なのかもしれないな。
「どんな脅かし方をしてきますかね、行きましょうよ」
「くまさんが先に行ってっ!」
ぐいぐいと押され、仕方なく俺が前に出る。
そこに居るんだろ。
分かっていれば何も恐れるものはない。
俺は平然と角を曲がった。
「キッシャァアアアアアアアアアアアアアア!!!」
曲がった途端、幽霊種モンスターが襲い掛かってきた。
────釘バットを振り上げて。
「うぉおっ!? あぶねぇッ!!!」
すんでのところで回避する。
アリアに腕を掴まれていて、本当にギリギリでの回避になってしまった。
「危なくないんじゃねえのかよッ!?」
「やだこわいやだこわいやだこわいやだこわい……」
アリアは今のモンスターの叫び声で完全にビビりあがってしまっている。
そんなアリアを置いて逃げるワケにはいかない。
が、早くこの場から離脱しなくては、前代未聞の遊園地内デスなんてことになりかねない。
「お、おいミカリヤさん! アンタいくら何でもやり過ぎだろッ!?」
カメラ越しに見ているんだろ?
今すぐこのモンスターに釘バットを捨てさせろよ!
「コノウラミ、ハラサデオクベキカ……」
幽霊種モンスターがゆらりゆらりと揺れながら、俺に対して恨みの言葉を投げ掛けてくる。
というか多分、ミカリヤの声だろこれ。
ミカリヤの声がモンスターを通じて聞こえてきてるんだろ。
どうやって逃げようかと思案していると、奥からもう一体の幽霊種モンスターがやって来た。
幸いにして、そいつは釘バットを持ってはいないようだ。
「ダメデスヨ、釘バットナンテフリマワシテハ」
「シズホさんですか!? お願いします、そのミカリヤゴーストをどっかに連れて行ってください!」
「釘バットナンテフリマワシテハ……施設ニ傷ガツイテシマイマス」
「……ん?」
シズホゴーストが両手を前に向けて近付いてきた。
ミカリヤゴーストと違って、そっちはアリアにロックオンしている。
何する気だ?
「怖イデスカァ? フフッ……怯エテルアリアサン可愛イ…………」
「ねえくまさん何かこっち来てるっ!」
「ま、まあ、そっちはシズホさんが動かしてるっぽいんで大丈夫だと思いますけど……」
「ソウイウアリアサン見テルト、イジメタクナッチャウナァ……【魂喰い】ッ!」
シズホゴーストがいきなり攻撃スキルを放ってきた。
【魂喰い】は幽霊種モンスターが共通で使ってくるスキルで、光の弾を放ってくる攻撃だ。
それに当たってしまうと、一定時間の間じわじわとMPを吸い取られる。
そしてMPが尽きてしまうと、衰弱デバフ状態になりその場で倒れてしまうという、初心者殺し的なスキルだ。
戦闘中であれば攻撃を続けているだけで【魂喰い】以上のMPは回収できるから、さほど困るスキルではない。
が、ここは戦場ではなく遊園地、即ち戦闘不可エリア。
こちらは攻撃ができないから、衰弱デバフになるのをただ待つだけという最悪の状況である。
どうしてシズホがそんなコトを……ッ!
「すみません、抱えますよアリアさんッ!」
「えっ、えぇっ?」
俺はアリアの返事を待たずにお姫様抱っこのかたちで抱き上げた。
「邪魔だッ!」
早くこの施設を出なくては。
俺はアリアを抱いたまま、2体のゴーストを身体で弾き飛ばして走り抜けた。
「ちょっ、ちょっとくまさんっ!」
「安心してください、アリアさんを衰弱になんてさせませんよ」
「あっ…………あり、がと……」
アリアの顔が赤い。
まさかもう衰弱状態に?
急がなくては!
「アリア様ヲ返セェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
「アリア、アンタ抜ケ駆ケ禁止デショウガァアアアアアアアアアア!!!」
「「「キシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」」
背後から、なんかもう凄い数の大群が俺達を追い掛けてきていた。
しかし前方眼前には光が。
「そこがゴールだッ!」
背後の気配はもうそこまで迫っていた────が、間一髪。
なんとかゴールに辿り着けた。
「はぁ、はぁ、はぁ…………間に、合った…………」
「い、いつまで抱きかかえてんのよっ!」
「あっ、すみません! 衰弱にはなってないですか?」
「大丈夫。ゴールに着いたら一気に回復したみたい」
「そうですか、それは良かった……」
「────何が良かったんですか?」
その声は背後から……ではなく、ゴールの光の向こう側から聞こえてきた。
「逃がすとお思いですか?」
「アリアぁ、なーに自分だけ青春してんの……? ねぇ……?」
光の向こうから、釘バットを持ったミカリヤと魔銃士の戦闘装備に着替えているシズホが現れた。
『お客様、園内で武器の装備はご遠慮ください』
「「うるさいっ!」」
園内スタッフNPCの注意も無視し、ミカリヤとシズホが俺達に襲い掛かってきた。
どんな倫理観してんだッ!
「またですけどすみませんッ!」
再度アリアをお姫様抱っこし、たったふたりの包囲網を無理やり突破、戦線離脱。
三十六計逃げるに如かず、ってな。
「待ちなさいくま畜生っ! 拉致です誘拐ですっ! 騎士NPC出番ですよーっ!」
「どこまでも私をバカにするつもりねアリアっ!? 私だってそんな青春したいんだっつーのっ!!!」
俺とアリアは逃げる逃げる。
どこまでも、いつまでも。
腕の中のアリアはどこか満足気で、きっと俺の気など知りもしないのだろう。
それでも俺は抱えて走る。
これもムラマサへの告白を成功させる為の試練なのだ。
「チクショウっ! こんなことなら戦闘職のレベルも上げとけば良かったッ!!!」
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