70話 アリア・グッド・バッド・デート 前編

「はいっ、あ~んっ♡」



 Lionel.incと結婚して即離婚してから数日後……。


 俺はアリアと共にサイジェン島・夏エリアにある遊園地『サイジェンパーク』を訪れていた。


 カンカン照りの太陽光から逃げるように、園内のあちこちに設置されているパラソルテーブルでソフトクリームをスプーンで与えられている。


 その様子は傍から見ると、仲睦まじいカップルのように見えるだろうか。


 あるいは────。



「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…………」


「おふたり本当に仲が良いんですね、本当に、本当に…………」



 ────あるいは、サスペンスドラマで殺害される被害者の走馬灯か。


 そう、『サイジェンパーク』に来ているのは俺とアリアだけではない。


 猫撫で声を発するアリアからソフトクリームを餌付けされている俺に突き刺さる視線がふたつ。


 ひとつは、先日、俺とLionel.incの事業に最高のお手伝いをしてくれたアリア狂信者・ミカリヤから。


 そしてもうひとつは、最前線攻略組から直々に指導を受けている成長真っ只中の新人魔銃士・シズホからである。


 何故、俺が身の危険を感じながらも遊園地なんぞで遊ばなければならなくなったのか。


 その原因から、まずは振り返ることにしよう。


 なにせ今日ここが、俺の墓場となるかもしれないのだから。





               * * *





 俺の元旦那・Lionel.incと別れた後、俺へのプロポーズを失敗したパリナと別れた後、俺はアリアにチャットを送った。


 文面で何かを語ることはなく、今時間があるかとだけ確認を取った。


 先程の結婚アナウンスの詳細がどうしても気になったのだろう、すぐに時間を作ってくれた。



「アンタさっきのアレ何だったの?」



 アリア指定のカフェに到着するなり、やはりその件について訊ねてきた。



「話せば長くなるんですけど……端的に言うと、パリナさんに本気プロポーズされて困っていたらLionel.incさんが助けに来てくれたんですけど今度はLionel.incさんにプロポーズされたんでOKしてついさっき離婚してきました」


「ごめん、ホントにどういうことなのよ」


「詳しい話はまた今度話しますよ」


「そう、まあ本気の話じゃないってことだけは分かったわ。それで? 用事って何なの?」


「ええ、実はですね……アリアさんに生産依頼をしたくて」


「珍しいじゃない。何が欲しいの? アバター衣装を新調したくなったとか?」


「ああ、いえ。裁縫士のアリアさんにではなく、彫金士のアリアさんに作ってほしいものがありまして」


「…………さっきのアナウンス、本当にマジじゃないのよね?」



 俺がLionel.incに“エンゲージリング”を渡すとでも思っているのか?


 勘弁してくれ。


 だが確かに俺がアリアへ作ってもらおうと思っているのは、まさしく“エンゲージリング”である。



「まあ何でも良いわ。だけど今すぐにはちょっと無理かも。別の生産依頼が溜まってるから」


「もちろん順番で構いません。予約って形でお願いできれば、と」


「それで? 何を作ってほしいの?」


「“エンゲージリング”を」


「やっぱガチだったんじゃないっ!」


「渡す相手が違いますからね!?」


「そ、そうよね……。Lionel.incとは離婚したって言ってたわよね? それなら再婚まで1ヶ月のクールタイムがあるし丁度いいかもしれないわ」


「ゆっくりで大丈夫ですよ。それで依頼料はいくらぐらいになりますかね?」


「んんー、別にタダで良いわよ。同じクランの仲間だしね」


「そんなの申し訳ないですよ! 値下げしてでもお金は払わせてください!」


「良いってば。代わりにね、ちょっと協力してほしいことがあるのよ」


「それに協力すればタダで良い……そういう取引ですね。分かりました、何でもやりますよ!」


「な ん で も っ て 言 っ た わ ね ?」


「えっ」



 そしてアリアから詳細を教えてもらった。


 アリアが協力してほしい事柄とは即ち、ミカリヤと『サイジェンパーク』に遊びに行く約束をしてしまったから、もしもの時の為に同行してほしいという話だった。


 あの大純愛アリアラヴァーのミカリヤの事だ、確かにアリアとふたりきりなんて状況になれば周囲の目も気にせずに襲い掛かってしまう恐れがある。


 俺が“エンゲージリング”を手に入れる為に、アリアには絶対に五体満足で帰ってきてもらわねばならない。


 そういう事情で、俺は百合の間に挟まる男すべて人類の怨敵になる覚悟を決めたのであった。





               * * *





「何でくま畜生がついてきているんですか?」


「まあまあ。ミカリヤさんでしたっけ? 折角ですし、この4人で思う存分楽しみましょう。私、ここに来るの初めてなんですよね」



 ミカリヤの俺への当たりの強さにはとっくに慣れきっているから、最早何とも思わない。


 問題は、俺も話を聞いていないイレギュラーがここに居る理由である。



「あの、なんでシズホさんがここに居るんですか……?」


「改めて、お久しぶりですくまさんさん。今日は思いっきり楽しみましょう」


「いえ、ですからどうしてここに……」


「あー、うん、シズホは気にしないで……。偶然マップを見ている時にアタシが『サイジェンパーク』に居るのに気付いたらしくて、会いに来たらしいのよ」


「はい、PvP大会の時以来、アリアさんにはよくお世話になってるんです」


「へえ、いつの間にかそんなに仲良くなってたんですね。なんか俺も嬉しいです」


「仲良くというか、なんというかね……」



 シズホがここに来てから、やけにアリアの顔に疲れが見えるようになったんだが……。


 まあ気のせいだろう。


 きっとこれからミカリヤから降りかかるかもしれない出来事の数々に頭を悩ませているのだろう。


 シズホさんは真面目な人だから、もしかしたらミカリヤのストッパー役を俺と一緒に務めてくれるかもしれない。


 この偶然に感謝しなくちゃな。



「まあ良いでしょう。ではくま畜生とシズホさんはおふたりでお楽しみください。……さあ行きましょうアリア様っ! せっかくのデートですから思いっきりはしゃぎまわって疲れを溜めて、早々に休憩の為にリゾートホテルに入りましょうっ!」


「あー、パークに入る前にひとつ聞いてほしいことがあるんだけど」


「なんです? ……はっ! 遂に、遂にネクロンさんと離婚していただけたのですねっ!? それだけ今日という日に準備をしてきてくれているだなんて、わたくし感激のあまり今すぐリゾートホテルに行きたくなってきましたっ!」



 なんだろう、そんなに改まって話さなくちゃならない事があるなら、せめて護衛役の俺には事前に共有しておいてほしかったものだ。


 だがまあ、好きにすれば良い。


 なんたって“エンゲージリング”の生産を任せられる知り合いなんてアリアしか居ない、つまり彼女には満足して今日という日を乗り越えてもらわねばならないのだ。


 だから今日の俺は完全無欠の黒子になる。


 さあ、サポートは任せてくれ!



「アタシとくまさんコイツ、付き合い始めたから」


「は?」



 まずは当事者の俺が真っ先に。



「はぁ!?」



 次いでシズホが動揺を込めて。



「はぁああああああああああああああああああああ!!?!?」



 最後は特大の嫉妬を込めて、ミカリヤが。



「そういうわけだから、今日はアタシとコイツのデートを邪魔しないように。良いわねふたりとも?」



 ……………………………………???


 へっ、へえ~。


 俺ってアリアと付き合い始めたんだ~。


 いやぁ、知らなかったな~。


 でもアリア本人が言うんだからそうなんだろうな~。










 コイツ、ミカリヤの愛情表現を俺へのヘイトに変換して身を守るつもりだッ!!!


 ────こうして、俺の決死の彼氏ごっこが始まったのであった。


 商略結婚と離婚の次は、命を懸けた彼氏役とはいやはや……。


 ムラマサへの告白まで、乗り越えなくてはならない壁が多いようだ。





 ────『アリア・グッド・バッド・デート 後編』に続く。

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