69話 生産職マスターLionel.incの婚活
「悪いな急に。じゃあ結婚申請を送るぞ」
個人チャットで送られてきた文面は一旦スルーし、パリナの魔の手から助けてくれと乞い、Lionel.incをレストランへ呼び出した。
「いっ、いくらLionel.incさんと言えど譲れませんよぉ!」
「ふむ。今日は空いているな」
Lionel.incはライバル心をメラメラと燃やすパリナには目もくれない。
言っている事はめちゃくちゃだが、彼が来てくれたおかげでパリナの暴走は収まった。
それだけでありがたくはあるのだが……。
「まさかLionel.incさんも“お嫁さん”シリーズのレシピが目的ですか?」
「違う。俺の目的は彫金士が作れる“エンゲージ”シリーズだ」
「なるほど、アクセサリーですか」
「ああ。だからくまさん、お前が嫁だ」
「何を言っているんですか?」
「そうですよぉ! くまさんさんは私のお婿さんになるんですからぁ!」
「なりませんよ」
結局は問題児がもうひとり増えただけな気がする。
強硬手段に出てこないだけマシだけど。
「俺の嫁になるのがそんなに不満か」
「不満ですぅ!!!」
「不満も何も、俺男ですし」
「知らんのか? このゲームは同性同士でも結婚できるんだぞ」
「だからって何で俺なんですか」
「そうですよぉ! せめてくまさんさんくらいは譲ってくださいぃ!!!」
「信頼できて、かつこんな頼みができる相手となるとお前しか居なかったんだ」
「ムラマサ先輩かミロロさんあたりにでも頼めば良いじゃないですか」
「正気か? 気まずいにも程がある」
「それは確かに」
というか『The Artist』内で相手を見繕えば良いだろうに。
この人、案外人づきあいが苦手なタイプなのか?
「いやもう……あなた達で結婚すれば良いんじゃないですかね? 鍛冶士は結婚条件のレシピも無いのでする意味が無いんですよね」
「「それは無理だ(ですぅ)」」
息ピッタリじゃねえか、結婚しろよ。
「結婚したらゲーム内全体チャットで公表されるからな。俺とパリナだと本気だと受け取られかねん」
「情報屋に記事にされそうですしねぇ……」
「あの……自分で言うのもなんですけどね。この間の一件で俺の名前も結構有名になっちゃいましたよ?」
「お前相手ならレシピ目的だと言い張れるだろう。さすがに本気だとは思われまい」
「私はくまさんさん相手なら記事になっても構いませんよぉ?」
「頑固だなぁ……」
どうしたもんかなぁ。
これは俺が観念するしかないのか?
それならそれで、Lionel.incが参戦してきたせいでどっちかを選ばなくちゃならないんだよな。
俺、ムラマサへの気持ちを確かめるって話だったよな?
なんで嫁になるか婿入りするか選ばされようとしてんだよ。
「分かりました、じゃあ順番で良いですか?」
「じゃあ私からで良いですかねぇ?」
「いや、俺からさせてくれ。近々必要になる予定があってな」
「私は明日までにしなくちゃなんですぅ!」
実はこのゲーム、離婚すると1ヶ月間は結婚できなくなるという仕様がある。
おそらくはレシピ目的の生産職相手に金を貰う代わりに結婚する、なんて金策をさせない為の運営の対策なのだろう。
絶対に縁が無いだろうと思っていた結婚システムにこうも頭を抱えさせられる日が来るとは……。
「パリナさんが言ってた料理コンテストって、絶対に“お嫁さん”シリーズ出さなくちゃならないんですか? 他の料理も美味しいじゃないですか」
「毎回テーマが決められてましてぇ……。今回のテーマは『家庭の味』なんですよねぇ」
「それなら必ずしも“お嫁さん”シリーズでなくとも戦えるだろう。俺はれっきとした生産依頼を受けていてな。プロポーズをしたいから“エンゲージリング”を作ってくれと頼まれているんだ」
「その人、自分で作れないもんなんですかね」
「プロポーズしたいのに結婚が条件のレシピを持ってたらそれはそれで問題だろ」
そりゃそうか。
とんだ浮気男にしちまうところだった。
「仕事の為にくまさんさんを利用しようだなんて、どうかと思いますよぉ!」
「趣味の為に結婚するのはどうなんだ」
「趣味だけの為じゃないですぅー! あわよくばくまさんさんをほんとのお婿さんにするつもりですぅー!」
「ちょっと待ってくださいそっちの方が困ります」
「そっ、そんなに私のコト女として見れないですかぁ……っ!?」
違うんだよ。
Lionel.inc相手なら本当に冗談で済むけど、パリナ相手だといくらなんでも冗談で済まないから困るんだって。
どんな顔してクランメンバーと会えば良いんだよ……。
「パリナさん、クランの誰かに頼めないですか? 事情を話せば協力してくれると思いますけど」
「みんな結婚してますからねぇ」
「はっ!? ムラマサ先輩もっ!?」
「あれ、知らなかったんですかぁ? ムラマサさんはミロロさんの錬金術士限定レシピの為に、アリアさんは彫金士の“エンゲージ”シリーズの為とミカリヤさん除けの為にネクロンさんと結婚してるんですよぉ」
「あっ、なるほど……」
「なんで安心してるんですかぁ!? どなたですかぁ!? どなたの結婚相手に安心したんですかぁー!?」
「どう考えてもムラマサだろう」
「い、いやぁ、まさかそんな……」
「これが人数奇数の闇ですよねぇ……えぇ、わかってますよぉ…………たまたまタイミングが合わなかっただけで、誰も悪気は無いんですよねぇ…………」
パリナ、学生時代のトラウマ蘇ってない?
非常に申し訳ないことをしてしまった気がするな。
だからって詫び結婚なんてしないけど。
「こうなったらもう平等な方法で決めますか。ギャンブルでも決闘でも、それなら文句無いですよね?」
「では麻雀で」
「それはいくらなんでもパリナさん有利すぎるでしょう」
「しかし決闘だとしても、俺は戦闘職のクラスレベルは2で止まっているからな」
と、彼のステータスタブを見せてくれた。
よ、よえ~!
2ってそれ、一番最初のクラスチュートリアルクエストをクリアして止めてるってことじゃないか。
流石すべての生産職クラスを網羅しているLionel.incだ、逆に2の数字が輝いて見える。
「魔導士13レベ! 6.5倍ですぅ! 決闘しましょう決闘ぉ!」
「さすがにLionel.incさんが可哀想でしょう」
「いや、こうなったら仕方ない。決闘で決めるぞ」
「やったぁー! これで晴れて人妻ですぅ!」
「ただし、装備は自分で用意させてもらうが構わんな?」
「なんでもいいですよぉ! 負ける気がしねーですぅ!」
俺は覚悟が決まった。
ムラマサがそういう理由でカジュアルに結婚しているなら、パリナが勝って結婚することになっても勘違いはされないだろう。
Lionel.incの不利は火を見るより明らかだが、本人が了承したのだから外野がケチを付けるのは野暮というものだ。
俺達はレストランを出て、人目に付かないようホルンフローレン裏通りを目指した。
* * *
『Lionel.inc WIN !!』
圧勝だった。
「ひっ、卑怯ですぅ~っ!」
「敗者はいつもそう言う。勝てば官軍だ」
パリナの装備は1次職である魔導士の初期装備のローブ──『Aria』製だから品質と
対してLionel.incの装備はというと…………うん、卑怯と叫びたくなる気持ちは分かるぞ。
Lionel.incのクラスは弓術士。
防具には魔法ダメージ耐性がふんだんに盛られており、6.5倍ものレベル差がありながらパリナの攻撃は全くと言って良いほどにダメージを与えられなかった。
しかしそのレベル差では、Lionel.incのSTRだと碌にダメージが入らず泥沼化する恐れがあった。
その対策として、Lionel.incは一度たりとも弓を引く事無く、クラススキルの【トラップメイカー】で毒デバフなどの状態異常によってダメージを稼いでいた。
状態異常デバフであれば割合固定の定数ダメージを与えられるから、レベル差に関係無くダメージを与えられる。
後は回避に専念していればそのうち勝てる……という戦術だった。
なるほどな、【トラップメイカー】って毒デバフも与えられるのか。
10年前、『
こんな形で弓術士の別の可能性を見せてもらえるとは、ちょっと感激かもな。
「では約束通り、申請するぞ」
Lionel.incから結婚申請が届いた。
おー、ムラマサ達の話を聞いて疑っちゃいなかったが、本当に同性同士でも結婚はできるんだな。
俺は約束通り、その申請を承認する。
すると俺とLionel.incの間にハートが湧き立ち、空中から天使が降りてきて祝福してくれた。
その後、ゲーム内全体チャットに俺とLionel.incが結婚した事がアナウンスされた。
「結婚しちゃったぁ、私以外の人とぉ……」
「すみません……これを機に戦闘職も遊んでみてください、楽しいですよ」
「ふむ…………ちゃんと“エンゲージ”シリーズのレシピが手に入っているな。助かったくまさん、ムラマサにプロポーズする前にちゃんと離婚申請を送るんだぞ。またな」
そう言って、
凄いな、本当に実感なく結婚しちまったよ俺。
やがてゴールドシップからの個人チャットを皮切りに、知り合い達から祝福や確認のチャットが届き始めた。
ゴールドシップからは取材の依頼が、『クラフターズメイト』メンバーやグラ助からは事実確認が、ヤマ子からは狂気すら感じる長文お気持ちチャットが、そしてムラマサからは────。
『きらい』
と、三文字だけ。
あっ、あれぇ……?
意外とガチめに受け取られてる……?
というかあの人、俺が他の人と結婚して落ち込んでるのかっ!?
「……………………ああ、なるほど」
俺、ムラマサの事が好きだ。
このチャットが着た事が嬉しい。
ムラマサが俺に対して独占欲を抱いてくれているのがたまらなく嬉しいんだ。
訳の分からない三角関係に巻き込まれたが、最終的にはミロルーティの言った通りになった。
パリナに真剣に向き合った結果、俺は確かに、ムラマサへの気持ちが明確に分かった。
…………今度ミロルーティには何かお礼をしなくちゃな。
「パリナさん、俺、ちょっと用事思い出したんでここで」
「ふんっだぁ! 人妻くまさんさんなんて嫌いですぅー! さよならぁーっ!」
パリナは小さな歩幅でぱたぱたと走り去って行った。
俺がその場ですぐに離婚申請をLionel.incに送ると、即座に承認された。
5分と経たずに終わった新婚生活であった。
俺はある目的の為、アリアにチャットを送った。
彫金士の、アリアにだ。
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