番外編
68話 料理士パリナの婿迎え
最近、パリナの様子がおかしい。
「はい、シーフードドリアと婚姻届ですぅ」
「ありゃっ、直撃しちゃいましたぁ。点棒と婚姻届をどうぞぉ」
「婚姻届ですよぉ」
「結婚申請届いてますぅ……?」
「良い天気ですねぇ、結婚しませんかぁ!?」
「今朝の星座占いによるとぉ、私達結婚した方が良いらしいですよぉ?」
これまでも度々アプローチを受けてはきたが、その頻度と圧が格段に増している。
そもそも、何故パリナはああまで結婚にこだわるのだろうか。
知り合った初日からあんな感じだったが、そういえば動機だけは未だ分からないままだ。
「そういうワケで、何でなんですかね?」
「そうね〜、知ってはいるけど〜……わたしの口から言って良いものかしら〜」
「そうですよね、やっぱ本人に訊くしかないですよね」
「くまさん君はパリナちゃんと結婚するのは嫌なの〜?」
嫌か、と訊かれると答えるのが難しくなってしまうんだよな。
そりゃパリナは本当に凄い料理士だから尊敬の念がある。
それに可愛らしい女の子だとも思う。
俺でなければ即決で結婚申請を承認しているだろう。
それでも俺は……。
「まだ、自分の気持ちが分からなくて……」
「もしかしてムラマサ〜?」
「ははっ、さすがミロロさんですね」
「好きなのか尊敬なのか、分からないってことよね〜?」
「はい……。生産職を始めたばかりの頃に拾ってもらって、いろんな事を教えてもらって……。もちろん『クラフターズメイト』の皆さんに感謝してます。でもムラマサ先輩はちょっと特別、と言いますか……」
「なるほどね〜。たしかに、そんな状態で他の人と結婚なんてできないわよね〜」
「はぁ……どうすれば良いんですかね…………」
「パリなちゃんに真剣に向き合ってあげたら〜? そうすることで、ムラマサへの気持ちも分かるかもしれないわ〜」
なるほど、それは一理あるかもしれない。
これまでの俺はパリナからのアプローチをのらりくらりと躱し続けてきた。
しかし今一度真剣に向き合うことで、胸の内に反発する気持ちが生まれたならば?
その時はきっと、俺はムラマサに恋愛感情を抱いている証拠になるだろう。
逆にそんな気持ちが湧かなければ、パリナのアプローチを受け入れれば良い。
そういう関係になってから芽生える愛情もあろう。
「ありがとうございます、ミロロさん。道が見えてきた気がします!」
「うふふっ、良かったわ〜。どちらに転んでも、ふたりの事を大切にしてあげてね〜」
「はい、もちろんです!」
相談相手にミロルーティを選んで良かった。
あの人は普段の脱ぎ癖さえなければ、クランの中で一番大人で頼れる女性だ。
本当に、脱ぎ癖さえなければ。
「ところで、わたしの服知らない〜?」
「さあ、インベントリに入ってるんじゃないですか?」
下着姿の相手に真面目な相談ができてしまった俺も、どうかしてる気がしてきた。
パリナをレストランに呼び出した。
真面目な話をするから、とちょっとお高い店を選んだ。
「お待たせしましたぁ」
「いえいえ、突然呼び出してすみません」
おや、今日のパリナはいつもより大人っぽい印象だな。
綺麗めのホワイトワンピースドレスを身に付けており、胸元がやや緩いのが気になってしまう。
髪型もそうだ、普段の内巻きショートヘアが外ハネになっている。
もしかしてメイクもしてる……?
ナチュラルめではあるが、唇にピンクのリップが載せられ、目元がなんかキラキラしている。
……これ、何か勘違いされてる?
今日呼び出したのはあくまで、パリナが何故ああも結婚にこだわるのか、その理由を訊く為だ。
あの気合いの入りようはまるで、今日ここでプロポーズでも受けるかのようではないか。
恥をかかせたくはない、が……。
「何飲みます?」
「あっ、えとぉ……ではお紅茶をぉ……」
うーん、お淑やか。
注文までお淑やかではないか。
そういえばパリナって所作のひとつひとつがやけに丁寧というか綺麗というか、上品さが垣間見えるんだよな。
まさか現実ではどこぞのご令嬢だったりするんだろうか。
だとしたらまさか、結婚に積極的なのはお家の方針だったりして。
まずはゲーム内で夫婦となり仲を深め、やがて現実でも婿養子として迎え入れる……なんて事を企んでやしないだろうな?
…………えっ、
いやいや落ち着け早とちりするな。
仮にそうだったとしても!
まずはパリナと話をして、俺自身の気持ちを確かめるところからだろうが!
「あの……パリナさんは、どうしてそこまで結婚にこだわるんです?」
「絶対に叶えたいからですぅ!!!」
うーん、圧が強い。
そんなに?
そんなに結婚したいの? 俺と?
ひとり暮らししてるのにろくに家事もできないくらい不器用でズボラな俺と?
「そうですか。初めに言っておきたいんですが、俺って大した男ではないですよ。ゲームが、『The Knights』シリーズが好きなだけで他に取り柄の無いつまらない男です」
「構いません。結婚できるだけで、私は十分ですからぁ……っ!」
うーん、心配。
ダメ男に騙されそうで非常に心配。
パチンコ行くから金くれって言われてすんなりと渡してしまいそうだぞ。
ただ…………。
ただ、パリナがそれだけ本気だということは十分に伝わった。
俺はミロルーティの言う通り、向き合わなければならないんだ。
で、あるならば。
「正直なところ、俺はまだ自分の気持ちが分からないんです」
「えっ…………?」
「パリナさんはとっても魅力的な女性だと思います。愛嬌があるし、だけど生産職としては一流でカッコいいと思います、尊敬してます。そんな人に俺が見合うかと言うと……釣り合ってないと思うんです」
「そんなことっ、そんなことないですよぉ! くまさんさんは一生懸命で、とってもカッコいい男性ですぅ!」
「それは皆さんのおかげです。今でもソロだったら、ここまで頑張れてはいなかったはずです。それは俺の魅力じゃなくて、パリナさんを初めとした『クラフターズメイト』の皆の力です」
「くまさんさん……」
「それでもパリナさんの想いには向き合いたいと思ってます。だから……少しだけ、待っていてくれませんか? 好きかもしれない人への想いを確かめたいんです」
「それじゃ間に合わないんですぅ!」
間に合わない……?
どういう意味だ……。
ま、まさか……実は現実で重篤な病に罹っていて、もうそう長くない、とか…………?
現実で幸せになれなくても、せめてゲームの中でくらいは幸せになろうと……。
「いつまでなら待ってくれますか?」
「できれば、明日には……」
「ああっあ明日ァ!!?」
明日って、パリナ、そんなにギリギリなのか…………。
だったら、夢を叶えてやるくらいは……。
最期の夢すらも叶わずにさよならだなんて、いくらなんでも可哀想だ。
「パリナさん、今からサイジェン島に行きましょう。そこでふたりだけの結婚式を挙げるんです」
「くっ、くまさんさん……」
「その後はサイジェン島で新婚旅行です。流石に同じ部屋に泊まるとかは難しいですけど、夜中まで一緒にゆっくり過ごしましょう。俺は、最期に幸せな思い出を作りたいです」
「…………?」
パリナが首を傾げた。
どうしたどうした、幸せのあまり現実が直視できず、今起きている事に対して疑問を覚えてしまったか。
大丈夫だ、パリナ。
俺は最期まで……貴女の幸せの為に頑張りますから!
「あのぅ……そんなことしてたら、間に合わないんですけどぉ…………」
「えっ? だって時間が無いから、それまでを幸せに過ごしたいじゃないですか」
「いえ、サイジェン島とか行ってる場合じゃないです。あのぅ、ほんとに時間が無いので……この場で結婚申請を承認してくださいぃ!」
「ごめんパリナさん、不治の病なんですよね!?」
「えっ私病気なんですかぁ!?」
「それで時間が無いから、せめてゲームの中では幸せになろうと、そういうコトじゃないんですか!?」
「昨日はカツカレーライス大盛りにしましたぁ!」
「よーっし元気でよろしいッ!」
「ありがとうございますぅ! 友達には「太るよ?」って言われたけど、美味しかったのでおっけーですぅ!」
いやいやいやいや、じゃあどうしてパリナはそこまで結婚にこだわってるんだ?
かなり無理やり動機付けをしてギリッギリで納得できてたのに、これで振り出しに戻ってしまった。
「あの、すみません。なんでパリナさんはそこまで結婚したがるんです?」
「結婚したら“お嫁さん”シリーズのレシピが獲得できるんですよぉ。来週、有志開催のお料理コンテストがあって、絶対に間に合わせたいんですぅ!」
「なるほど、頑張ってください。それでは」
「ちょっと待ってくださいよぉ〜〜〜っ!!! 1回だけ、1回だけでいいのでぇ〜〜〜っ!!!」
「俺は大好きな人と結婚したいんです! そんな打算的な理由で言い寄ってくる人と一緒にはなれませんよ!」
「“お嫁さん”シリーズの料理はとっても美味しいらしいんです!」
「パリナさんの料理はどれも美味しいでしょうが!」
「えっ、あっ……うぅ〜…………」
「それにですね、仮に結婚してもメリットがあるのはパリナさんだけで、俺には何のメリットも無いじゃないですか」
「むっ、ムラマサさんやミロロさんほどじゃないですけど、私もおっぱいには自信がありますぅ!」
パリナが急に立ち上がり、わざとらしくその柔らかそうな乳袋をぷるんと揺らしてきた。
胸が揺れて、俺の心も揺れそうになった。
「揺れるッ! …………ハァ、ハァ、ハァ……危なかった…………危うく俺から結婚申請を送っちまうところだった…………」
「くまさんさんはおっきなおっぱいが好きなんですか?」
「あのね、パリナさん。そういうコトは女性が口にしない方が良いですよ」
「好きなんですか?」
「好きですよ。そういうコトを言ってるとですね、周りの男性からそういうのオッケーな人だと思われるようになって…………俺、答えてました?」
「サラッとバッチリ答えてましたねぇ」
相手の油断を利用して情報を聞き出すとは、なんて卑怯な女なんだ。
喋ってる時にサラッなんて、俺達のピュアで可愛いパリナを返してくれ。
「わかりましたぁ! もうこうなったら、無理やりおっぱいを触らせて既成事実を作りますぅ!」
「待って来ないでここレストランですからっ!」
料理士パリナの執念は強かった。
彼女は周囲からの視線などものともせず、俺の右手首をひしと掴み、無理やり自分の胸に俺の手を導いた────いや、俺の手は拉致された。
軟らかぁい…………じゃなくて!
「おっ俺、下手したら地下牢行きになりますって!」
「なりません! なっても保釈金払いますぅ! それが私の結納金ですからぉ!」
「無茶苦茶だぁ! 誰かっ! 誰か助けてッ!!!」
「無駄ですよぉ……? 「屈強な男が小柄な女性に襲われた」なんて誰が信じるんですかぁ……? どうですかぁ? むにむにですよぉ…………?」
「証言不要! 証言不要! そこら中に目撃者が居ますからねッ!?」
「そんな悪いことを言ってる口は、こうですぅ!」
「んむぐっ……!?」
キス! キス! キス!!?
パリナ、アンタなりふり構わないなっ!?
そこまでか!?
そこまでやるのか料理士ってのは!!!
「んだっ、たすっ……んむっ…………」
哀しい哉、俺の口から漏れ出た声である。
「見てくださぁい……他のお客さん達、みぃんなそそくさと帰っていきますよぉ…………?」
「見捨てないでくれ! この痴女から助けてくれぇ!!!」
「システムブロックしてないってことは、ほんとは嫌じゃないんですよねぇ……?」
痛いところを突いてきやがる!
バカ野郎!
こんなに可愛い子にキスされて嫌な男なんて居るかッ!
────ピロンッ。
その瞬間、俺のチャットタブに通知が着た。
助けだ! 俺は救われたんだ!
『突然だが、結婚してくれないか?』
送り主は、Lionel.incだった。
もう、なんかいろいろどうでも良くなった。
それでも料理は運ばれてきた、おいしそう。
────『生産職マスターLionel.incの婚活』へ続く。
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