67話 獅子熊共同戦線 ⅩXI - 決着
「ちょっと、止まってください!」
俺とLionel.incは男の制止を無視して建物内に侵入していた。
まったくもって不用心にも程がある。
『Night†Bear』の傘下に加わりたいと言えば簡単に通してくれた。
まあ本人の元へ辿り着く前に嘘がバレてこんな騒ぎになってしまっているんだが、中に入ってしまえば後はどうにでもなる。
「ミカリヤの話によればこの部屋だな」
「いやぁ、玄関から廊下まで装飾が豪華でしたからね。室内の景観も楽しみです」
Lionel.incが無遠慮にドアを開く。
ドア前で控えてる『Nisemon†Bear』の手下みたいな奴は、俺の巨体で見事にブロックされており手が出せないようだ。
「何なんだお前ら!?」
「はいはい、ハーレムの皆さんは部屋から出てくださいね」
「お前が『Night†Bear』か」
「うわぁ、『Spring*Bear』によく似せてますねそのアバター」
「ハッ! そのガタイとスキンヘッド、まさかお前が……っ!」
「どうも、『Kumasan-zirusi』のくまさんです」
「チクショウ……お前が正体を明かしたせいで、俺の事業は大失敗だ!」
おいおい、そりゃお前の事業計画が破綻していたって事だろ。
そもそも嘘が大前提の知名度なんて没落まで時間の問題だろうに。
「言われてるぞ、くまさん」
「あちゃー。賠償請求でもされちゃうんですかね」
「賠償請求……そうだ、賠償請求だ! アイテムがどんどん返品されてて大赤字だ! お前のせいなんだから謝罪の金を払え!」
何言ってんだこのバカは。
そもそもお前が顧客に対して虚飾で塗り固めた偽物の品を売っていたのが原因だろうが。
騙されていた客も、ゴル新聞によって目を覚ました。
もう『Bear's something』に顧客は居ないのだ。
「賠償請求? したいなら好きにすれば良い。だけど俺は、その10倍の額で慰謝料を請求しますよ」
「慰謝料だぁ!? 俺が何を謝らなきゃならないんだよ!」
「……はぁ、お前って本当に頭が悪いんだな。俺の名前勝手に使ってただろうが」
「そっ、そもそも! 本当にお前が『Spring*Bear』だって証拠はあるのか!? どんぐり亭の証言だって嘘かもしれないだろ!」
「なるほどそりゃごもっとも。あのどんぐりが、自分の立場を捨ててまで偽証していたとしたら、確かに俺が『Spring*Bear』ではないという可能性は残るな」
「そうだ! 買収したのかもしれないだろ!」
奴の言い分は間違っていない。
だが、根本的に間違えている事がある。
そこに気付けていない時点で、コイツは小物だ。
浅慮で我欲まみれ、すべてが自分の思い通りになると信じている子供のような男だ。
「だから、どうした?」
「…………はい?」
「お前の言う通り、俺はどんぐりを買収したのかもしれない。実際は『Spring*Bear』ではないのかもしれない。だからなんだって言うんだ? 何の証拠も無く『Spring*Bear』を名乗ったお前と、『Spring*Bear』の唯一無二の相棒の証言を引っ張ってきた俺。世間はどちらを信じる? いや、それすらもどうでも良い。顧客は、どちらの商品を買う?」
「…………っ!」
この一件で、如何に『Spring*Bear』の名に集客力があるのかが分かった。
それはある意味で『Night†Bear』のおかげとも言える。
まあ、だからと言って今後も『Spring*Bear』の名を売りにするつもりは一切無いんだがな。
「…………何が、目的なんだよ」
「目的? ああ、そういえば言ってなかったんですっけ俺」
「俺も忘れていた。そろそろ呼ぶか」
「ええ。……入ってきて良いですよー」
俺がドアの外へ声を掛けると、俺達のもうひとりの同行者が入室してきた。
「遅いなぁ、ワタシと言えどいつまででも待てはしないんだぜ?」
バジリスクが俺からのプレゼントである“レッディサワー”を飲みながら、悠々と歩いてきた。
「な、何なんだこの男は!」
「ごきげんよう。ワタシは当代一の賭博師『バジリスク』。ところでこんな言葉を知ってるか?「私は『Night†Bear』と申します、そちらは?」テメェが言うべきだった挨拶だぜ。お勉強できて良かったねぇ」
「賭博師……? そんな奴が何しに来た!」
「バジリスクさんは賭博師でありながら、投資家でもあるんだ。俺達はこの人から合計で1億もの金を借りている」
「そうそう、これが借用書ね」
「お前にはこの1億の債務を代わりに背負ってもらう」
「はぁ〜? お前らバカか!? ンなもんこのユーザー消して飛びゃあ良いだけだろ!」
「いやいや、しっかり現実での個人情報もここに書いてもらう」
「そんなの違法だろ! 政府の許可なく金貸しやるとかヤミ金じゃねえか!」
「はて、金貸し? くまさん殿、ワタシはお金を貸してるかな?」
「いえいえまさか。日本の通貨単位は円ですからね。ゼル? とかいうゲーム内でのみ使えるポイントの貸し借りを規制する法律なんて無いですからね」
「書かねえ! 個人情報なんて書いてたまるか!」
「だったらこっちは運営にお前の個人情報の開示請求をするまでだ。メタバース法、流石のお前でも知らないとは言わせないぞ」
メタバース法。
フルシンクロVRシステムが世界中で常用されるようになり、2030年に新たに出来た法律だ。
メタバース空間に於いても現実と同じように国民の基本的人権が尊重され、それに反する行為を取り締まるというのがこの法の概要である。
俺は司法を学んだ訳ではないから詳細まで覚えてはいないが、他人の身分を偽り名乗る行為は明確に違法とされている。
たかがゲーム内でこれを持ち出してまで偽物に裁きを下すつもりは無かったが、これ以上駄々を捏ねられるのであれば俺も慈悲は捨てる。
「どうする? 別に現実でヤミ金業者からの取り立てを受けるワケじゃない。ただゲーム内での通貨を支払えばコトは済む。それで許してやるって言ってんだよ」
「なっ、な…………っ!」
「それとも、現実にまでこの問題を持ち込まれたいか?」
この言葉を合図にしたかのように、『Night†Bear』はハタリと膝から床へ崩れ落ちた。
無様だ。
「はーい、じゃあ現実での住所と本名をここに書きな。へぇ、キミ戸建てに住んでるのか。もしかして実家?」
「おばあちゃんには迷惑をかけたくないんだ、実家には来ないでくれ頼む!」
「ハッハー! それはキミ次第だぜ。こんな言葉を知ってるか?「至上の拷問とは、本人には何もせずその肉親を苦しめることである」ワタシが今考えた言葉だけどね」
バジリスクは『Night†Bear』の個人情報が記された借用書を丁寧に懐へ仕舞った。
本人曰く、ああいう書類はデータで済ませるよりも、現物の見た目をしている方が精神的にキくのだと言う。
どこまでも怪物のような男だ。
だからこそ、今回は信頼できた訳だが。
「バジリスク、これで俺とくまさんの債務は無くなったんだな?」
「債務はね。ただ債務者が変わって契約内容も変わった。更にワタシをこんなイヤらしい場所にまで呼び付けたんだ。手数料くらいは請求させていただこう。締めて……100万ゼルってとこか」
…………やっぱコイツ、信頼できない気がしてきた。
とはいえ、1億が100万ゼル、100分の1になったんだ。
今回の事業の売上と比べれば端金にすらならない。
「お前らのせいで、俺のバラ色生産職は破綻だぁ…………」
床で項垂れた『Night†Bear』が嘆く。
まったく、コイツはまだ分かってないのか……。
「生産職ってのはな、道具に魂を込めてんだ。想いの籠った我が子のようなアイテムだから自信を持って売り出せるんだ」
「そんなっ、そんな綺麗事……!」
「綺麗事で良いじゃねえか、ゲームの中でくらい」
「…………っ!」
目の前の小悪党は、この一瞬で憑き物が落ちたかのように穏やかな表情に移り変わる。
「俺、現実でさ……ニートなんだよ。親にも勘当されて、それでもおばあちゃんだけは俺の味方をしてくれて……。だけど何もできないから、俺が俺自身を嫌いになっちまって……。だから、だからカッコよくて強いアンタみたいになりたかった! それで、それで……」
「辛かったな」
「でもよ、嘘を吐けば吐くほど自分が惨めになってきてさ……。偽る度に、俺は『Spring*Bear』とは違うんだって思い知るばかりで……。俺の憧れた『Spring*Bear』は絶対にこんな事する訳ないって、分かっちまうんだよ」
「だったら、やり直せば良い。俺の特技、知ってるか?」
「し、知らない……」
「自分のミスを受け入れて糧にする事だよ。最速攻略の裏に何度の敗北があったか……皆は知らないだろうけどな」
「『Spring*Bear』も、負けるのか……?」
「当たり前だろ。誰がエリア全域即死ブレスを初見で躱すんだっつーの。……だから、お前は今死んだ。だけどここはゲームの中だ、死んでもやり直せる。これまでに得たアイテムや金は失うけど、何度でもリトライできるんだよ」
「そんな訳ねえよ……。もう誰も、俺が作ったアイテムを買おうだなんて思わないよ」
「お前、ほんっとにネガディブなんだな。ちょっと待ってろ…………はい、チャット届いたか?」
「お、おう…………────ウッ、うぅ……っ!」
俺が送り付けたのは、一件の生産依頼だ。
生産してもらうのは、鍛冶士が作れる最難関アイテム。
期限は無期限。
依頼料金は────。
「5000万ゼルってお前、バカだろ…………っ!」
「泣くな気持ち悪い。ただでさえ『Spring*Bear』にそっくりで不気味なんだから」
「ちょっとちょっとくまさん殿ぉ? それじゃ債務を肩代わりさせた意味無いじゃねえの」
「意味はありますよ。少なくともLionel.incさんは身軽になりましたしね」
「お前という奴は……」
「ほれ、これは俺のお古だ。道具には持ち主の魂が宿るらしいぞ。俺の魂が宿ったそれを、いずれはお前で染めてみろ」
俺は腰から提げていた“使いやすいハンマー”を『Night†Bear』に渡した。
「俺でも、アンタみたいな生産職になれるかな?」
「いやいや、俺なんてまだ生産職歴1年にも満たないペーペーだから。目指すならこっち、Lionel.incさんの方がずっと凄いぞ」
「いいや! 俺はアンタみたいになりたい! アンタみたいな、カッコいい男になりたいんだよ!」
「はいはい、分かったから。というかそれならおばあちゃん安心させる為に、バイトでも良いから仕事見つけろよ。俺なんてなぁ、8時間後には会社に居なくちゃならないんだからな!」
「すげえ……会社員やりながらこんなすごいコトやってるんだ…………」
あっ、これマズイな。
この『Night†Bear』のキラキラした目、まるで拾ったばかりのグラ助みたいじゃねえか!
こうなると非っ常〜〜〜に面倒臭いことになると俺は知っている!
三十六計逃げるに如かずだッ!
「すんません先にハウスに戻ってますんでーッ!」
「待ってくださいスプ……くまさん兄貴〜!」
人が去り、寂しくなったハウスの廊下にドタバタ走る足音がふたつ。
ああ、こんな事になるなら、説教なんてしてやるんじゃなかった。
「今日から弟子って名乗りますからねー! くまさん兄貴ーっ!」
「勘弁してくれええええええええッ!」
後にLionel.incは語ってくれた。
『俺と事業を始めてからいつも険しい顔をしていたが、やっとお前の嬉しそうな顔を見た』
と。
…………なるほどな。
いつか「ムラマサやLionel.incほどの人になると面倒見が良くなるんだろう」などと思っていたが、いやはやまさか。
このゲームに10年間も浸ってきたのだ、そりゃ俺もそうなって然るべきだった。
こうして、俺とLionel.incの共同事業は幕を閉じた。
────えっ、最終的な売上はどうだったのか?
商売敵にして俺の名を騙る偽物を討ち取り、それどころか俺の傘下──本人は弟子と言って聞かないが──にしたんだぜ。
事業が成功したかどうかなんて…………わざわざ語る必要は無いよな?
次回から数回の番外編(ヒロインズご褒美エピソード)を挟み、第1部完結となります。
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