65話 獅子熊共同戦線 ⅩⅨ - たったひとつ、シンプルで簡単な解答

「本当の本当に、何もされてないんですね!?」


「ああもうしつこいですっ! 指一本触れさせてはいないと言っているでしょうっ!」


「もう良いだろうくまさん。真実かどうかはともかく、ミカリヤの主張しか判断材料は無いんだ」


「だからこそですよ! 実は何かあったけど、それが俺達に知られるのが嫌で強がって我慢してるかもしれないじゃないですか!」


「あのですね……もしそんな事があれば、システムブロックを掛ければ良いだけの話です」



 確かにそうだ、本人が本気で拒絶すればシステムによって接触を禁じられる。


 が、今回の一件はそれで済まない事情があるんだ。


 スパイとして潜入したミカリヤなのだ、目的の情報を得られるまで我慢したという可能性がある。


 システムブロックを掛けてしまえばその瞬間に疑いの目を向けられる可能性がある、そうなるとそれ以上のスパイ活動は務まらない。


 だから俺は、ミカリヤの身に何かあったように思えて仕方無いのだ。



「はい、もうこの話はお終いです。情報屋へのリークは済ませてきましたのでそちらもご心配無く。証拠のスクショも一緒ですから、きっと一面に載るでしょうね」


「役目は果たしたという訳か」


「ついでにもうひとつ、貴方達にとって有益な情報を得られました」


「規約違反とかですか?」


「いえ、違反はしてませんが、だからこそ汚いやり方と言えます。『Night†Bear』は一切生産を行っておらず、実力はあるけど知名度の無い生産職に外注をしていました。どこまで生産職の魂を汚せば気が済むのやら……もう何発か殴っておくんでした」


「ちなみにその情報は……?」


「もちろんリーク済みです。明日の朝にはアイツも破滅でしょう」


「……だと良いがな」



 この日はそこまででお開きとなった。


 俺とLionel.incは一旦集中して生産を行い、在庫を増やそうという方針で定まったのだ。


 ミカリヤは「また何かあればお声がけください」と言ってくれたが、今回の一件だけで十分にも程がある仕事量だった。


 これ以上は彼女に……外部の人間に危険を負わせる訳にはいかない。


 ここからは、俺とLionel.incだけの戦いで良いんだ。





               * * *





「チッ、やられた……」



 翌朝、ゴル新聞が届くなりLionel.incが無念を零した。


 俺もすぐに新聞に目を通す。


 一面にはミカリヤがリークした情報​────ではなく、『Night†Bear』をクランマスターとするクラン発足の発表が載っていた。


 ページをめくると、『Night†Bear』のハーレムの話や外注の話は「『Michael』生産者ミカリヤ、暴力事件」と銘打たれ、犯人の供述内容として記載されていた。


 これではリーク情報としての価値を持たない。


 俺はすぐにゴールドシップに通話を掛けたが、通話中だった。


 何度掛け直しても結果は同じ。



「やはりこの発表で、向こうの売上が更に伸びている」


「そんなに『Spring*Bear偽物』のクランに入りたいかよ……」


「しかし購入特典というのは効果的ではある。内容はともかくとして、な」


「うちの売上はどうなんです? 大手VTuberの宣伝もあったはずですけど」


「ああ、その甲斐もあって売上自体は伸びてきている。『Night†Bear』には及ばんがな」


「どうします? 他に俺達にやれることはありますかね……?」


「…………」



 俺の期待も虚しく、Lionel.incの返答は沈黙だった。


 つまり、歴戦の彼ですら今すぐに戦略が思い付かないという事だ。


 クソ、どうすれば良いんだ……。


 あんな偽物野郎に、汚いやり方しかしていない奴に勝てないのか……?



「奴の虚飾を剥せる一手さえあればな……」



 Lionel.incが呟く。


 その瞬間、俺の脳裏にはムラマサの申し訳なさそうに謝る顔が過った。


 あれと比べたら、すべては些事ではないか。



「アイツが偽物だって、証明できれば良いんですね?」


「ああ。結局のところ、奴のブランド戦略は『Spring*Bear』のセカンドキャラだという嘘で、それが彼のブランドの全てだからな」


「分かりました」


「……お前、何を考えている?」



 簡単な事だったんだ。


Night†Bear偽物』を潰す方法、そんなものは初めから、たったひとつしか無かったんだ。


 たったひとつ、シンプルで簡単な解答。



「今度こそ、一面の記事を取り返してみせますよ」



 俺はすぐさまゴールドシップに個人チャットを送った。


 文面はこうだ。



『常識をひっくり返す特ダネがあります。情報屋のプライドがまだあるなら、今すぐここに来てください』



 バジリスクに教えてもらったあの酒場の位置情報を添えて。





               * * *





「待ってましたよ」



 俺が酒場に到着してから、5分と経たずにゴールドシップはやって来た。



「“ビーロ”がオススメですよ」


「へえ、それは楽しみなのだ」



 2人分の“ビーロ”がテーブルに現れると、ゴールドシップがそれを飲むのを待った。



「…………クッソ不味いのだ」


「ええ、そうでしょう。俺の奢りです、全部飲むまでは逃がしませんよ」


「逃げるつもりなんて無いのだ。それで? “常識をひっくり返す特ダネ”って何なのだ?」


「まあまあ、そう急いても仕方無いですよ。こんな言葉を知ってますか?「急くな、城は遠く歩幅は同じなのだから」どこぞの信頼できる男の言葉です」


「…………良いのだ、付き合ってやるのだ。情報屋には忍耐も必要なのだ」



 俺も“ビーロ”に口を付ける。


 相変わらず不味い。


 まさに今の俺達、そして明日の『Night†Bear』の心情のようだ。



「ミカリヤさんの記事、まさかああなるとは思いませんでしたよ」


「そういえば保釈金はくまさん殿が支払ったそうで。分かってほしいのだ、オレっちと言えどお金を出してくれる人には逆らえないのだ」


「アレも『Night†Bear』の差し金ですか」


「それは言えないのだ。くまさん殿が無償で装備を作ってあげないように、情報屋もタダでは情報を渡せないのだ」



 そりゃそうだ。


 それこそが情報屋たる彼女の正しい在り方、プライドなのだから。



「世間はもっぱら『Night†Bear』一色、同業者としては嫌になりますよ」


「お気持ちは重々分かるのだ。オレっちもビッグな商売敵でも出てきたら気が気じゃないのだ」


「でしょう? 飲まなきゃやってられないですよ。…………ぷはぁ、不味いですけど」


「…………くまさん殿。オレっちは愚痴を聞きに来た訳じゃないのだ。あんな挑発に乗ってあげたこっちの身にもなってほしいのだ」


「ああ、失礼。『Spring*Bear』のセカンドキャラは俺なんですよ。ここ、フードはどうなんでしょうね。つまみくらいは美味しいと良いんですけど」


「は?」


「どうかしました? 何かつまみ頼みます? 奢りますよ」


「いや、いやいやいや! 今しれっととんでもないコトを口にしたのだ!?」


「ええ、言いましたよ。『Spring*Bear』のセカンドキャラは『Night†Bear』ではなく『くまさん』です」


「そ、その証拠は!?」


「必要ですか?」


「いや、それは当たり前なのだ! いくら商売敵だからってそんなやり方、どうかと思うのだ!」



 ​────ドンッ!


 脅すようにテーブルに握り拳を叩きつけた。



「……お前、同じことを『Night†Bear』にも訊いたか? 訊いたんだよな? だから堂々と新聞に載せたんだよな?」


「そ、それは……」


「まさかお前、新聞創刊号の売上の為に裏も取らずにあんな情報を売ったワケ無ぇよな? なんたってプライドある一端の情報屋だもんな?」


「あ、あぁ……」



 脅しすぎたか。


 まあ良い、こっちにゃちゃんと証人が居る。


 嘘吐き野郎とは違うってところを見せてやるよ。



「おい、入ってくれ」



 酒場の出入口に向かって声を掛ける。


 すると、金ピカのローブに身を包む妖精エルフィアの男が入ってきた。



「ンなっ!? どっ、『どんぐり亭』!?」


「ああ、あの『Spring*Bear』の一番の相棒にして最前線攻略組のトップヒーラー・どんぐり亭様だ」


「ガハハハハッ! お前から褒められるとこそばゆいなァ!」


「ま、まさか本当に……?」


「どんぐり、証言してもらっても良いか?」


「ウム! この『くまさん』こそが正真正銘『Spring*Bear』のセカンドキャラだぜェ!!!」


「待って待ってくださいどんぐり亭殿! もしそれが嘘だったら完全なる偽証なのだ! そうなると立場を失うのは貴方なのだ!」


「立場を失うゥ? 真実を話したら立場を失うのか? ガハハハハッ! そん時ゃオレも生産職にでもなるかなァ!」


「なあゴールドシップさんよ、他人の立場を心配してる場合か? 危ないのはむしろそっちなんだぜ」


「ど、どういう意味なのだ……?」


「お前の出方次第では、今この場でサーバー全体チャットでこの情報を流してもいいんだ」


「もちろんオレの証言と共になァ!」


「そうなるとどうなると思う?」


「ゴル新聞の信憑性が損なわれるのだ……」


「それどころか、倫理観の無い嘘吐き野郎とつるんでたって風評が拡がるよな? そうなりゃお前……このゲーム内のどこに居場所があるんだ?」


「あっ、あぁ……そん、な…………」


「もしお前に情報屋としての……いや、マスメディアとしてのプライドがあるのならッ! 巨悪を暴き、その悪行を衆目に晒してみせろッ! くだらねえ賄賂なんかでテメェの在り方すらも曲げてんじゃねえッ!!!」


「オ、オレっちは……どうすれば、良いのだ…………?」



 皆まで言ってやらねば分からんか。



「ミカリヤさんのリークを正当な情報であると添えて、明日の新聞に載せろ」


「そうすれば、その、くまさん殿が『Spring*Bear本物』だって記事も書かせてもらえるのだ……?」


「分かった、分かったのだ! 約束するのだ! 明日の一面に……いや、今日中に号外を発行するのだ!」


「で、いくらだ?」


「いやいやいや! こんな特ダネに掲載料なんて頂けないのだ! もちろんタダ​────」


「逆だバカ、いくら払うっつってんだよ」


「そそっ、そりゃそうなのだ! えっと……これくらいで、どうなのだ……?」



 ゴールドシップはメモに情報買取料を記し、こちらに見せてきた。


 それは情報屋が取り扱うにしては破格すぎる超高額。


 だがこれは、俺の一存で決めて良い話ではない。



「どんぐり、奴らにはいくら騙し取られたんだ?」


「ウ、ウム……これの、2倍近くだなァ…………」



 俺はゴールドシップからそのメモと筆記具を借り、情報買取料を書き直した。


 値段はおよそ、どんぐりが失った額くらい。



「…………分かったのだ、払うのだ。これで今の仕事を続けられるなら痛くも痒くもないのだ」


「交渉成立だな。支払いはどんぐりに送金してくれ」


「スプベア、お前ェ…………」


「あ、この“ビーロ”飲んでも良いぞ」


「良いのかァ!?」



 どんぐりは喜び勇み、この店名物のクッソ不味い“ビーロ”をゴクゴクと音を立てて飲み始めた。


 よくそんな勢い良く飲めるなそれ……。



「プッハァー! やはり“ビーロ”は最高だなァ!」


「マジ……? クソ不味いだろそれ……」


「あ、あの……オレっちの分もよろしければ、どうぞなのだ…………」


「ヌゥ? なんだイイ奴ではないかァ! ガハハハハハッ!」



 ゴールドシップの分の“ビーロ”も一瞬でグラスが空になった。


 なんて気持ちの良い飲み方をする男なんだ。


 コイツの豪快さを前にすると、変なこだわりで『Spring*Bear』のセカンドキャラであることを隠していたのがどうでも良くなってくるな。


 また俺はお前に救われるんだな、どんぐりよ。



「これからもよろしく頼むぜ、情報屋さん」


「こちらこそなのだ。まだまだ特ダネを隠してるなら、そのうち高値で買い取らせていただくのだ!」



 ゴールドシップを見送り、ようやく息を吐けた。


 変に強がっちまったせいで、必要以上に疲れちまった。


 今日くらいはゆっくり休ませてもらうとしよう。


 どうせ明日は────いや、今日の夜には、『くまさん』の話題で騒がしくなるだろうからな。



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