64話 獅子熊共同戦線 ⅩⅧ - スパイ

「アイツ……べたべたベタベタ触ってきやがって…………きもちわるいことこの上ないです……っ!」



 わたくしは何とか理由を付けて、『Night†Bear』の魔の手から脱せられました。


 ここが現実でなくて本当に、本当に良かったです。


 この『ミカリヤ』の身体はあくまでデータ、だから何とか耐えられましたが。


 ですが実際に現実で身体を触られたらと思うと……手どころか凶器すら持ち出してしまいそうですっ!



「……ここですか」



 わたくしを『Night†Bear』の元へ連れて行ったあの男から、ハウス内の間取りを教えてもらっていました。


 それによると、この部屋が『Night†Bear』の仕事部屋……まあ、本人はほとんど立ち寄っていないそうですけれど。


 扉に耳を当て、室内の様子を探りましょうか。


 2~3人ほどの男がいらっしゃいますね。


 わたくしは扉を開きました。



「あっ、もしかしてここが『Night†Bear』様のお仕事部屋ですか?」


「えっ? ちょっと君、勝手に入ってきちゃダメだよ」


「新入りか? 見ない顔だな」


「また『Night†Bear』さんが新しい子を引き入れたんだろ。相変わらずの趣味だな」



 やはり室内には3人の男性ユーザーが居ました。


 そしてその3人の視線は一様にわたくしの胸元へ向かっていて……。


 はぁ……このハウスの中には女性の人権というものが無いのですか?


 失礼にも程がありますよ。



「『Night†Bear』様にここの見学をして良い? って聞いたら、快諾していただけたんです。ちょっとお仕事の様子を見させていただいでも?」


「『Night†Bear』さんが? まあ、それなら……」


「良いんじゃないか?」


「なんかちょっと緊張しちゃうな」



 わたくしは彼らの背後に立ち、どんな仕事をしているのか観察します。


 3人は様々なユーザーとメッセージのやり取りをしているようでした。


 その文面を見る限り、1人は転売の指示をしていて、また1人はコラボ相手との業務上のやり取りをしています。


 まったく……転売の指示はまだしも、コラボ相手との連絡すら本人が行わないとは。


 やはり『Night†Bear』は生産職の風上にも置けない、真正のクズですね。


 そしてもう1人はというと……。



「あの、貴方は何をしていらっしゃるんですか?」


「えっ、俺? んー、まあ……『Night†Bear』さんが見学して良いって言ったんなら教えても良いか。……俺はね、実力はあるけど名声が無い生産職ユーザーに声を生産依頼をかけてるんだよ」


「えっ、生産依頼ですか? 何の為に? 商品はコラボ相手と『Night†Bear』様が作っているんですよね? それとは別の仕事、ということですか?」


「いいや、まさにそれだよ。コラボ相手だけじゃ生産が追い付かないからね。まあ言うなれば外注だよね。やっぱり『Spring*Bear』のセカンドキャラってだけで欲しいって依頼が多いからさ。代わりに作ってもらってるんだよ」


「ちょっと待ってください。まさか、『Night†Bear』様は生産を行っていないんですか?」


「え? そうだよ? だってあの人、アカウント作り立てだしね」



 …………我慢なりませんね。


 いち生産職ユーザーとして、これを許して良いはずがありません。


 ブランドとは生産職の魂そのものです。


 まだ名が広まってないとしても、実力があるユーザーは皆、自分のブランドを持っているはずです。


 なのに自分のブランドロゴを刻印できず、他人のブランドのアイテムを作らされるなんて屈辱以外の何物でもありません。


 それどころか本人は生産をしないだなんて、それのどこがブランドだと言うのです。



「では市場に出回っている『Bear’s something』とのコラボ商品は……」


「うん、半分近くが外注品だね」


「それをコラボ相手の皆さんはご存知なんですか?」


「まさか! そんなこと言える訳ないよ!」


「コラボ相手すら……共に事業を行うパートナーすらも、『Night†Bear』様は騙しているのですね?」


「騙しているなんて人聞きが悪いよ。これは事業だからね、儲けを出すために最善手を選んだ結果がこれだったんだろうさ」



 吐き気がします。


 こんな奴らに……こんなクソ野郎共を『Initiater』の皆は信じて、未来への希望を託して、身銭を切り大した利益も出せないと分かっていながらもコラボを受け入れただなんて。


『Initiater』の皆は、『The Artist』ほどではなくとも誰も彼もが立派な生産職ユーザーです。


 生産職という遊び方を楽しみ、本気で取り組んでいる人ばかり。


 なのに、なのにこんな奴らの餌にされただなんて……っ!



「…………ごめんなさい、お二方。わたくし、これ以上は我慢なりません」



 わたくしは3人に聞こえぬよう、本心からの嫌悪と侮蔑を口からこぼしました。



「君、やけに話を聞きたがるけど……」


「まさか裏切ろうとか思ってないよな?」


「あるわけないだろ。あの『Spring*Bear』のセカンドキャラに逆らってどうするんだよ」


「まさかっ! 裏切りなんてあるわけありません」


「だよな、ははっ!」



 ええ、裏切りだなんて滅相もありません。


 わたくしは名ばかりの『Night†Bear』の仕事部屋を出ました。



「裏切るどころか、元から嫌悪しか抱いていないのですから」



 わたくしは拳を固く握り、『Night†Bear』の元へ戻ることにしました。





               * * *





「計画の詳細を話す」



 Lionel.incは椅子に座ったまま、メニュータブを開きメモを開いた。


 そこには既にテキストが用意されており、それをミカリヤと俺に見せてくれた。



「奴は好みの見た目の女性ユーザーは囲い込み、それ以外の女性ユーザーと男性ユーザーはその実力によってコラボ相手か、あるいは便利な手駒にしているという情報が手に入った」


「とんでもない悪党じゃないですか」


「奴の好みに寄れば……おそらくミカリヤは囲い込まれる」


「囲い込むとは一体、どのような扱いを受けるんです? わたくし、そもそも男性がそれほど得意ではないのですけれど」


「スジからの情報に寄れば、奴はハーレムを築き上げているらしい。気に入った女性ユーザーに変な衣装を着せて遊んでいるようだ」


「人形遊びってことか……ド変態野郎ですね、『Night†Bear』は」


「ああ。しかし、代わりに相応の謝礼も支払っているらしくてな。要は女を金で買っているんだ。その額も相当なんだろう、ハーレムの女性ユーザーからは文句もあまり出ていないのだとか」


「信じられません……『Night†Bear』は当然のようにクソですが、そんな扱いを受けていながら憤りを覚えないその女性ユーザー達もどうかと思いますっ!」



 そんな所に女性であるミカリヤを送り込まなくてはならないのか……。


 いくらLionel.incの決定とはいえ、やはり思うところが無いでもない。



「コラくま畜生、なんて顔をしているんですか。わたくしを心配しているんじゃありませんよね? お前に心配されるなど反吐が出ます」


「いや、でも……」


「安心しろ。別にミカリヤにハーレム入りしろと言うつもりはない。その証拠さえ掴めれば十分だ。それと他にも何か、奴にとって不利になる情報も手に入れば上々だ」


「まあそれなら……」



 Lionel.incがそう言っても、ミカリヤ本人がそう言ったとしても……。


 いや、割り切ろう。


 リスクを負うのはミカリヤだ。


 何のリスクも負わない俺が「心配だ」なんて口だけ出したって、何の意味も無い。


 むしろ無責任ですらある。


 何よりそんな環境を作った『Night†Bear』にヘイトを向けるまでにしておこう。



「ああ。もしどうしても我慢ならなくなったらわたくし、手が出てしまうかもしれません。それくらいは許していただけます?」


「当然だ。牢に入れられても保釈金は払ってやる」


「ありがとうございます」





               * * *





「どうした? 俺が恋しくなったのか?」



 相変わらず仕事もせず、あの部屋で女性ユーザー達を侍らせている『Night†Bear』の元へ戻ってきました。


 わたくしはもう迷いもなく、自信を持って歩みを進めます。



「なんだ、そんなに俺に抱かれたいのか。良いぜ、来いよ」



 来いよ、とは。


 そんなにわたくしに来てほしいのなら行ってあげましょう。


 わたくしは『Night†Bear』の端正な顔に手が届く所まで近付き……。










「────この拳でも抱いてなさいな」










 来いと言うから遠慮なく、『Night†Bear』の憎たらしいほど綺麗な顔を思いっきり殴ったのでした。



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