63話 獅子熊共同戦線 ⅩⅦ - フェミニズム

 Lionel.incのらしくない表情と言葉に、俺はオウム返しで確認してしまう。



「スパイだ……? だけど、コイツはミステリオさんと袂を分かったんですよ? どうやって潜り込ませるんです?」


「『Initiater』を通さずに直接『Night†Bear』の元に送る。公式コンペで選ばれるような人材だ、向こうも断らんだろう」


「なるほど、それは確かに。……でもミカリヤさんは良いんですか? アイツらのやり方が嫌だから『Initiater』を抜けるんでしょう?」


「ええ、嫌に決まっています。ですがやります。言っておきますけど、くま畜生の為ではありませんからっ!」



 このツンデレヒロインの典型的なセリフが、これほど言葉通りの意味を持つパターンが存在するとは。


 ミカリヤとかいう女、逆に稀有な存在なのかもしれない。



「ミカリヤさんが承知の上なら俺から言うことは何もありません。ありがとうございます」


「だからお前の為ではないと言ってるでしょうっ!」


「分かってますって」


「くまさんの方はどうだったんだ。情報屋に話は付いたのか」


「あっ、そうでした! 買取の広告を1週間掲載してくれることになりましたよ」


「いくらだ」


「ゴールドシップが王城地下牢に入れられてて、保釈金でまず30万。掲載料で30万の合計60万ゼル使いました」


「……割高だな」


「でも! 転売の黒幕が『Night†Bear』っていう情報も手に入れましたよ!」


「ふむ。経緯は?」


「転売ヤーに金を流していたのが『The Knights古参の会』の『どんぐり亭』って奴だったんです。だけどそれは『Initiater』のミステリオに「『Spring*Bear』の事業を手伝ってる」って騙されたからなんですよ。それをどんぐり本人から聞きました」


「なるほどな。まあ、ミステリオ自身は騙したつもりは無いんだろう。むしろどんぐり亭と同じ被害者だな」


「確かに……そう考えると可哀想に思えてきました」


「いいえっ! ミステリオはカスですっ! 例え相手が『Spring*Bear』だったとしても、あんな簡単にプライドを投げ捨てるなんて生産職の風上にも置けませんっ!」


「そこまで言わなくても……そもそも、俺が本物だって確証だってミカリヤさん視点ではまだ無いじゃないですか?」


「本物? 何の話ですか?」


「えっ?」


「あっ。…………すまん、くまさん。そこまでは話してない」


「ちょっと何なんです?」



 …………話そうか。


 スパイとして送り込むんだ、こちら側への信頼をしっかりと勝ち取っておく必要があるはずだ。


 ……いやぁ、話しといてくれよLionel.inc…………。



「ミカリヤさん、今から俺が言うことは真実です」


「はぁ」


「『Spring*Bear』のセカンドキャラは俺です。『Night†Bear』は偽物なんです。俺達がアイツの事業を真っ向から潰そうとしてるのは、それも理由のひとつなんです」


「ああ、そうですか。……で、スパイって具体的に何をすれば良いんです?」


「おい待て待て、今結構衝撃的な秘密が明かされたと思うんですけど」


「あのですね、わたくしからすればそんなのどうでも良いんですよ。『Night†Bear』とくま畜生のどっちが本物だろうと、それがわたくしの生産職人生に何か関係があります? 戦闘職のトップなんでしたっけ? それは結構。わたくしは『Spring*Bear』のようには戦えませんが、『Spring*Bear』はわたくしのように自在に針を操れはしません。それがMMO、それが社会というものでは?」



 ただのアリアスキーでしかないと思っていたミカリヤの口から、まさかこんな大真面目な言葉が出てくるとは。


 そしてどうしても、茶化す気にもなれなかった。


 これは偏見だと自覚してはいるが、きっとミカリヤは俺よりも年下だろう。


 だから、正直に言うと、侮っていた。


 昔は30過ぎた先輩達を頭の固いおっさんだとバカにしていたが、いつの間にか俺もそうなっていたのかもしれない。


 ゲーマーで良かった、『The Knights』シリーズのファンで良かった。


 年代の違うであろう人と、こうして言葉を交わせたのだから。



「……ミカリヤさん、貴女って何というか、立派な人だったんですね」


「は? きもちわるっ。何様ですか」


「いや本当に、煽り抜きで感動しました。改めてよろしくお願いします、一緒に頑張りましょう」


「なんか落ち着かないですね……。Lionel.incさん、計画の詳細をお願いします」


「ああ、説明しよう」





               * * *





「『Night†Bear』さん、『Initiater』のミカリヤが事業を手伝わせてほしいと訪ねてきてます」



 ホルンフローレン某所ハウス、屋内で扉越しに男が語りかける。


 扉の向こうから、ひとりの男性、そして多くの女性の声が漏れ出ている。



「そのミカリヤってのは女か? 乳は? デカいのか?」


「えっと……」



 男は隣のミカリヤに視線を送り、胸部を眺めた。


 ミカリヤからキッ、と鋭い視線を返され、男はすぐに視線を逃がした。



「大きくはない、かと……」


「大きくない? 貧乳か?」


「え、ええ……貧しいかと言われると答えにくいですが、少なくともきょ、巨乳とは言い難いサイズ感かと!」



 男は一言ひとことに緊張感を持って口にしていた。


 それこそが扉の外と内に居る2人の男の力関係の表れであり、まさにこのハウスは『Night†Bear』の城なのだ。



「…………小さい方がボディーラインが綺麗に見えるんです」



 ミカリヤは隣の男に聞こえぬよう小声で呟いた。


 わざわざ呟く必要があったのかは分からない。


 が、そのこだわりはまさしく、日々衣服と向き合ってきた裁縫士のプライドなのだ。



「良いだろう、通せ」


「はいっ! ……ミカリヤ、中に入れ」



 男は扉を開き、ミカリヤを中に押し入れた。



「ちょっとっ!」



 ミカリヤが部屋に入れられると、外の男がすぐさま扉を閉じた。



「んなっ……何なんですか、この部屋は…………っ!」



 ミカリヤの眼前には、アダルティックなランジェリーに身を包んだ胸の小さな女性達を侍らせた人間ヒュマニのロン毛男が居た。


 男は上裸でソファーに座り、女性達は男に身体を寄せている。


 ある者は男の胸元に手を添え、ある者は頬に、またある者は男の股間部に手を伸ばしていた。


 部屋の照明は薄暗く、甘ったるい香りが部屋中に充満している。



「ようこそミカリヤ。分かるぜ、お前も俺のおこぼれに与りたいんだろ? 構わないぜ、何せ俺は元・トップ戦闘職ユーザーだ。ほら着替えな、そこのロッカーにお前の衣装があるからよ」



 ミカリヤは何も言葉を返さず、『Night†Bear』の言う通りにした。


 いつもの露出の少ない衣装から、下品なランジェリーに着替えた。



「こっちに来いよ、可愛がってやるからよ」



『Night†Bear』は気味の悪い笑みを浮かべ、ミカリヤを誘った。


 その言葉に従い、ミカリヤは『Night†Bear』の元へ寄りその身を委ねた。



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