61話 獅子熊共同戦線 ⅩⅤ - 相棒
目的地に辿り着く数十メートル手前で立ち止まる。
ゴールドシップから買い取った情報が確かなら、おそらく転売の財源を担っている奴はここに居るはずだ。
ソイツと対面したら、何から話そうか。
相手が相手だから、初めから喧嘩腰で接したくはない。
だからと言って、転売の手助けなんて到底許されるものではない。
されど、Lionel.incに対応を任せるわけにはいかない。
きっと彼に任せれば、温情の欠片もなく何らかの処断を為すだろうから。
だから、俺が話を付けるしかないのだ。
覚悟を決め、ユーザー検索欄からソイツの名前を検索し、個人チャットを送った。
建物の近くまで来ていることを伝え、出てきてもらうよう伝えた。
すぐに快諾の返信が着た。
5分ほど待っていると、建物の入り口から人影がひとつ出てきた。
ソイツはキョロキョロと間抜けな顔で辺りを見渡し、俺を見つけると駆け寄ってきた。
…………ソイツは一切の油断も無く。
「よう、悪いな突然」
「ガハハハハッ! スプ────ゴホンッ! お前に呼ばれたら断れるワケが無いだろォ!」
ああ、俺の親友よ。
どんぐりよ。
何故だ?
何故、俺達の商売の邪魔をする?
俺が『Spring*Bear』のセカンドキャラだと知っているお前が、どうして。
信じたいんだ。
これは何かの間違いだって、そう証明してほしいんだ。
「ここじゃ何だし、どっかで酒でも飲むか」
「ウム! どこへなりとも付いていくぞォ!」
『The Knights古参の会』クランハウスの近所にある、『Spring*Bear』が最後の夜を過ごしたあの酒場を選んだ。
俺が『Spring*Bear』だった頃、どんぐりと何度も何度も飲み明かした店だ。
俺達の指定席だったテーブル席に就き、勝手に“ビーロ”と“ワイネ”を注文した。
“ビーロ”はもちろん、どんぐりの分だ。
「何やらデカいことをしてるらしいなァ!」
「ああ、まあな。というか、呼びつけたのはその話なんだよ」
「ホウ! 何だって話してくれィ! 何度でも支援はしてやるぞォ!」
「何度でも?」
妙な事を言う。
支援……いくら何でも、広告モデルになってもらった件を「支援」とは言わないだろう。
わざわざ「支援」と言うくらいだ、そこには物資や資金の援助くらいの事をしなくてはその言葉は使わない。
いや、したのか。
支援をした、という自覚があるのか。
ゴールドシップの情報が確かで、その自覚がどんぐり自身にもあるんだ。
そうでなくては「何度でも支援する」なんて言えないだろ。
だが支援先は俺じゃない、むしろ俺の敵である転売ヤーに対してだ。
そこの違いも分からないようなどんぐりではない。
もしかしてコイツ、騙されてるんじゃないのか?
俺への支援という名目で誰かが資金援助の話を持ち掛け、まんまと信じたどんぐりは金を出してしまったんじゃないのか。
そしてそんな嘘を堂々と言えるのは、世間的に『Spring*Bear』のセカンドキャラだと自称している『Night†Bear』だけだろ。
「お前にとっては酷な事を言うけどな……お前が出した金は俺への支援どころか、俺達の事業の妨害工作に使われているんだ」
「…………なんだとォ?」
「思うにどんぐり、お前、誰かに騙されたんじゃないか? まさかお前が進んで俺の不利益になるような行動を取るとは思えない。しかし情報筋から、確かにその妨害工作に使われた金はお前から流れてるという事実は裏が取れてるんだ」
「誓って言うぜ……オレはいくら借金の返済が先延ばしになり続けていようとも、どれだけ賭け麻雀で搾り取られた過去があろうとも、お前の邪魔をしようだなんて思う事は断じて無ェ。すまんかった、まさかオレがお前の妨害をしちまうとは……誠に申し訳ねェ!」
どんぐりは席を立ち、床に膝と手を付いて、終いには頭まで床に擦り付けた。
分かってるよ、お前がそんな事をするような奴じゃないって。
「バカ野郎、顔を上げてくれ。座れ座れ、別に俺も怒ってはないんだ。ただ確かめに来ただけなんだよ。どんぐりが話してくれたおかげで、あの情報屋は信頼できる奴だって再確認できた。むしろ感謝してるくらいだ」
「グゥ、チクショウ……チクショウ…………ッ! どうしてオレはまんまと騙されちまったんだァ……!」
「良いから、泣くなよ。……お前だから話すけどな、この一件があってから、追加で1億ゼル借りたんだ。ウケるだろ? 1億だぜ? 全財産数十万ぽっちしか持ってなかった俺が、Lionel.incさんと割り勘で一気に5000万の借金だ。だからお前への借金返済はもうちっと待ってもらって良いか?」
「もちろんだバカ野郎ォ! いくらでも待つぜェ! いやそれだけじゃ済まねェ……今オレが貯めこんでる貯金まるまるくれてやる! 返さなくても良いからよォ!」
「止めろ止めろ。さっきも言っただろ、感謝してんだ。お前が金を流しちまったおかげで俺は多大な借金を抱えた。だからこそ覚悟が決まったんだ。俺は何としてでもこの戦いに勝ってやるってな」
「スプベア……お前は本当に、イイ男だなァ…………」
「止めてくれよ気持ち悪ぃ。…………良いかどんぐり、こっからが本題だ」
俺は一杯目の“ワイネ”を飲み干し、お替りを注文した。
どんぐりも“ビーロ”を飲み干してはいたが、お替りを注文する気にはなれていなかったのだろう。
代わりにどんぐりの分のお替りも一緒に注文してやった。
「なあどんぐり、お前に資金援助の話を持ち掛けてきたのは誰だ? 『Night†Bear』か?」
「いや違う。だがそいつは「『Spring*Bear』の事業を手伝ってる」と言っていたんだ。確か『ミステリオ』って名前だったかァ……」
「ミステリオか!」
「知り合いかァ? アレだ、キンピカのハンマーを腰から提げてた色男だ」
間違いない、そりゃミステリオだ。
そしてミステリオは『Night†Bear』からクラン単位での協力を持ち掛けられていると言っていた。
一気に繋がったな。
転売ヤー達の糸を引いているのは『Night†Bear』で決まりだ。
嗚呼、まったく…………。
おかしな事を言うが、転売ヤーの財源がどんぐりで本当に良かった!
「どんぐり!」
「オッ、オウ!? すまねェ!」
「やっぱお前は最高の相棒だぜ!」
「オウ……?」
「いやぁまったく! これがお前じゃなくて全然知らねえ奴だったらよ、こうも簡単に黒幕にまで辿り着けなかったんだって!」
「な、なるほどォ……」
「それにな、もし転売の元締めが『Night†Bear』以外の奴だったら、俺達は2つの陣営を相手取らなくちゃならなかった。そこがひとまとめにされたのも好都合だ」
「よく分からんがァ……お前にとっては不幸中の幸いだったんだな?」
「その通りだよバカどんぐり」
「そうか、なら……少しくらいは安堵しても良いのだろうかァ…………」
「いつまで凹んでんだよ! もうお前が金を流しちまったコトは気にしてねえよ! …………ほれ、これでたらふく飯と酒を飲み食いして機嫌直せよ」
俺はどんぐりにユーザー間取引の申請を送った。
取引内容は、俺からどんぐりへの10万ゼルの一方的な譲渡。
これも事業の予算から引き出した金だが、どんぐりから聞き出せた情報を鑑みれば安いもんだ。
「貰えねえよォ!」
「良いから貰っとけって。これは慰めの奢りじゃねえ、有益な情報を提供してくれた事への謝礼だ。お前がくれた情報のおかげで、一矢報いる事ができるかもしれねえんだよ」
「…………ウム、お前がそこまで言うのなら断れんなァ」
「それじゃ、俺もう出るわ。すぐにLionel.incさんに情報を共有して作戦会議しなくちゃだからな!」
「オウ、応援してるぞォ! オレは……オレは、お前がもう一度あの豪邸を買い直せるって信じてるからなァ! ガハハハハハッ!」
「任せとけ。あんな偽物にも、天下のLionel.inc様にも負けねえような超一流の生産職になってやるさ!」
どんぐりに申請した取引が承認された事を確認してから、急いで酒場を出た。
その足取りは、どんぐりに会いに来た時よりもずっと軽かった。
俺が転生しようとも、どんぐりとの絆は魂で繋がっているのだと再確認できたのだから。
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