60話 獅子熊共同戦線 ⅩⅣ - マスメディア
「やはりこうなるか……」
生産素材の仕入れを行っていた俺達に訪れた、予測済みの悲劇。
市場から目的の素材が無くなってしまったのだ。
「また出品されるのを待ちますか? 今回買えた分だけでもかなりの在庫を回復させられますよ」
「待て、少し考える」
Lionel.incはそう言って、口元に手を添えて一時黙りこくった。
俺はLionel.incが口を開くまで、マーケットボードで転売の状況を確認する。
うーむ、見た感じ初動と比べれば多少勢いが落ち着いてきたか?
そもそも、何故生産依頼という名の注文を受けているにもかかわらず、何故転売が起きそれが売れてしまっているのか、それを改めて説明しておこう。
俺達が展開する商品は、注文を受けてその客の為に作る生産依頼と、余っている在庫をマーケットに出品している出品販売の2段構えの販売体制を敷いている。
ならば生産依頼のみ、つまり受注生産限定にすれば良いのかと言うとそうもいかない。
何故なら、今から販売体制を変えて受注を受け、受注分の生産が済む頃には、既に『Night†Bear』は大金を稼ぎきった後だろうからだ。
では出品販売のみに振り切ってみるのはどうだろうか。
それならそれで、ひと握りの運が良いユーザーは購入できるかもしれないが、ほとんどの在庫が転売ヤーの元に流れてお終いとなるだろう。
転売ヤーが買ってくれるということはすなわち、俺達の元に金は入ってくるということにはなるが、それでは次に繋がらない。
『Lionel.inc』と『Kumasan-Zirusi』はいつも在庫が無い、なんて固定観念が生まれてしまっては困るのだ。
俺達は目下、転売の対策を取りながら『Night†Bear』の事業に真っ向から挑み打ち勝たねばならない。
「くまさん、素材の買取を行うぞ」
「素材の買取、ですか?」
「ああ、金ならあるしな。明日のゴル新聞に素材買取の情報を載せる。それならわざわざマーケットボードとにらめっこする事も採取に行く事も無いしな」
「でも買取の対応に時間を取られ────ないか、“機械人形”を窓口にするんですね」
「そうだ。……そうなると“機械人形”の数を増やしたいな。くまさん、俺は今から“機械人形”のいくつか生産する、お前は情報屋に素材買取の件を話してきてくれ。掲載料は言い値で構わん」
「了解です!」
早速、ゴールドシップに個人チャットを送信、すぐに返信が着た。
『王城の地下牢に迎えに来てほしいのだ! 出来れば保釈金の30万ゼルも! 出られたらすぐにお金は返すのだ!!!』
なんで捕まってんだよ……。
このゲーム、他ユーザーから運営への迷惑行為の報告が重なると、一定時間だけ牢に拘留される、なんていうシステムがある。
余程のことが無いと拘留まではいかないはずだし、そうなったらさすがに拘留時間が過ぎるまではログアウトして待っておくのがセオリーだ。
しかしゴールドシップが言うように、保釈金を払えば即座に牢から出してもらえる。
しかし30万ゼルともなれば、さすがに時間待った方が良いんじゃないか、というのが大衆の意見。
時流に逆らって保釈金を払ってでもすぐに出るのは、余程の金持ちか余程のゲーム中毒者くらいだろう。
俺はバジリスクから借りた金から30万ゼルを拝借──もちろんLionel.incの許可は取った──し、ホルンフローレン中央にある巨大な城へ向かった。
……冷静に考えて、犯罪者を拘留する牢を王城の地下に設置するって危機管理意識はどうなってんだとツッコミたくなるが、そもそもこのゲームの設定上王族はめちゃくちゃ強いので、世界観設定に基づいては問題無い。
じゃあ王族が五柱魔倒せよ! という話にもなってくるんだが、そうもいかない事情があり…………どうする? 語れば1日じゃ済まないけど?
というオタクトークはそのうちLionel.incとゆっくりやるとして、ゴールドシップを保釈してやらねば。
俺は王城地下の牢でNPCに保釈金を支払い、ゴールドシップを助けてやった。
その後、ゴールドシップの行きつけの酒場で話すことにした────もちろん、彼女の奢りで酒を飲食をしながら。
「まずはありがとうなのだ! 倉庫の貯金からは支払わせてくれないから困ってたのだ!」
「というか、どうして拘留なんてことになったんです? なんかやらかしました?」
「いやぁ、『Night†Bear』に取材しようとしたら「忙しい」って言われて……ちょっとだけ! 先っちょだけ! って食い下がったらそのまま報告されて拘留されたのだ……」
「うわぁ、情報屋っぽい捕まり方……。ゴル新聞、毎日楽しく読ませていただいてますよ。あの情報量を毎日出せるなんて凄いです」
「うっひゃー! この上なく嬉しいお言葉なのだ! 今後ともご贔屓によろしくなのだ!」
「それで本題なんですけど……俺とLionel.incで素材の買取をやりたくて」
「ふむふむ、それを新聞に載せれば良いのだ?」
「はい。出来れば1週間くらい」
「広告の掲載は大歓迎なのだ! だけどもちろん掲載料は頂戴するのだ」
「もちろんお支払いします、言い値で」
「おー、それは中々どうして羽振りの良い……ま、一律で1日10万ゼル戴いてるのだ、値下げも値上げもしないのだ」
「では1週間で70万……いえ、キリ良く100万ゼルお支払いいたします」
「そうなのだ? オレっち謙虚さは持ち合わせてないので、受け取っちゃうのだー!」
「待った、追加の30万には条件があります」
「条件? 何なのだ?」
今から話すのは、あくまで俺の独断専行。
Lionel.incに頼まれたでも許可を得たでもない、俺の意思だ。
しかしきっと、俺達にとって利になるはずだと信じての行動でもある。
「俺達の商品を転売してる奴らの財源を調べてほしいんです」
「…………ふむ、久々に情報屋らしい仕事の依頼なのだ」
「出来るだけ早く情報を掴んでほしいのですが、可能ですか?」
「可能か不可能かは答える意味が無いのだ」
「……まさか、もう既に?」
「情報屋を舐めないでほしいのだ」
「いくらで売ってくれますか」
「30万以上の値を付けても良いのだ? オレっち的には安売りはできない情報だと認識しているのだ」
「お任せします」
こちらには1億という途方もない予算がある。
素材の買い占めと買取依頼の殺到を想定してもなお、余りある。
ならば少しでも役に立つ可能性があるのなら、遠慮なく使わせてもらう。
「いや、30万で良いのだ。オレっちは目先の金より信頼を取る……信頼は金より重いのだ」
「ははっ、ありがたいです。どっかの誰かさんにも見習ってほしい精神だ」
「誰なのだ?」
「名前を言ってはいけないあの人です」
「いや何デモート卿なのだ。……まあいいのだ、払うモン払ってもらえるなら何も問題無いのだ!」
そう言って、ゴールドシップは“メモ帳”に何かを記し、そのページを破って折り畳んでからテーブルに置いた。
俺はそのメモを受け取り、開いて中身を確認、再度折り目に反って折り畳み胸ポケットに仕舞った。
「確か、なんですね?」
「誓って、真実なのだ」
「…………分かりました、ありがとうございます」
俺はその場でゴールドシップに取引の申請を送った。
内容は、俺から彼女は一方的に100万ゼルの支払いだ。
すぐに承認が降り、俺の所持金から支払いが行われた。
「さっ、気持ち良い取引も出来たしごはんにするのだ! 是非とも奢らせてほしいのだ!」
「すみません、俺はこれで」
「ええーっ!? ここの“ワイネ”は絶品なのだ!」
俺は酒場を出て、ある場所に向かった。
もう一度、ゴールドシップから渡されたメモの切れ端を確認する。
やっぱりそうだ、見間違いでもない。
「なんで、なんでよりによってお前が、そんな事を…………ッ!」
ソイツに対面したらまず何と言ってやろうかと考えながら、最寄りのワープポイントも使わずにわざわざ走った。
少しでも冷静になる時間が必要だと思ったからだ。
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