59話 獅子熊共同戦線 XIII - リトライ
「ワタシからもう1億借りろ」
バジリスクは簡単に言ってのけた。
だが待ってほしい、この事業の初めの想定予算は120万ゼルだ。
それが途端に1億なんて話になったら、それはもう事業規模もそれだけ比例して大きくなる。
成功した時のリターンは大きくなるが、失敗した時のリスクも大きくなる、それはもう絶望的なまでに。
ダメだ、そんな簡単に大金を突っ込んで良い状況じゃないだろ。
「ダメですよLionel.incさん、いくらなんでも1億なんてやり過ぎですよ。受けない方が良いです」
「よ〜く考えてみろよ。相手方の転売予算を尽きさせたら勝ちなんだぜ。転売さえ止められたらあとはウイニングランだ、そうだろ? それに来週1億まるまる返せだなんて言わない、そこは御安心を」
「だからって1億はやり過ぎです! もっと抑えられるはずでしょう? 1度に1億じゃなくて、追加予算が必要になるごとに借りるとかじゃダメなんですか?」
「ダメだな、それじゃワタシが面白くない。何度と言ったはずだ、ワタシはギャンブルが好きなんだ。……なあLionel.inc殿? キミはあの『Spring*Bear』の豪邸を買うんだろ? その額およそ100億……それを前に1億如きでビビってんじゃねえよ」
「ッ!」
バジリスクがLionel.incに掛けた言葉は、同時に俺にも刺さった。
言われてみればそうだ、俺もLionel.incと同じ目標を持つ者。
1億でビビっていて9,999,999,999ゼルを稼げると思っているのか?
否、それは否だ。
それくらいのリスクを負わなくちゃ、そんな大金稼げるはずがないだろう。
「借りる」
「さすがLionel.inc殿! こんな言葉を知ってるか?「勇気と蛮勇を履き違えるな、されど挑めぬ者はそれ以下だ」もちろんワタシが今考えた言葉だけど。……どうする? Lionel.inc殿名義で1億? それともくまさん殿も何割か背負うかい?」
「気にするなくまさん。これは俺の独断だ、お前がリスクを背負う必要は無いぞ」
「いえ、俺も借ります。5000万ゼル、半々でお願いします」
「何考えてるんだお前!? 5000万ゼルなんて返せる宛ては無いだろう!? この事業が失敗したら貯金が減るだけじゃ済まないぞ!?」
「構いません。……バジリスクさん、実は俺も『Spring*Bear』の豪邸の購入を目指してるんです。だからさっきLionel.incさんに言った言葉が俺にも刺さりました。その通りだな、って」
「ハッハー! こりゃ面白い! まさかそこがライバル関係だったとはな!」
「くまさん、本気なんだな? 今ならまだ退ける、最悪の場合を考えたらお前が5000万返すよりも俺が1億返す方が余程現実的だ。もう一度よく考え────」
「俺はただでさえ出遅れてるんです。貴方と比べたら10年も遅れてるんですよ。そんな相手と戦う為には、ここで勝負を仕掛けるしかないんです。……まあ、成功したらLionel.incさんも得するんで、結果的に差は縮まらないですけどね」
俺は笑いながら言った、Lionel.incに少しでも安心してもらえるように。
だけどこの笑顔は作り物、内心では正直ビビりあがっている。
1億だぞ?
Lionel.incが新商品を売り出して初めの1週間での売り上げは100万ゼル前後。
なのにどうやって1億もの売り上げを出せと言うのか。
だけど見つけださなくちゃならない、その方法を。
でなきゃ俺はバジリスクに金を返せず『くまさん』と『Kumasan-Zirusi』は破滅だ。
やるしかない、やるしかないのだ。
「んじゃ、取引成立だ。くまさん殿、額が額だからね、今回は借用書を作らせてもらったよ。サインを」
俺は借用書にサインした。
退路は断たれた、これでもう後戻りはできない。
Lionel.incも同じ文面の、別の借用書にサインしていた。
これで俺達は運命共同体、身を滅ぼす時は共倒れだ。
だが成功すれば、この商戦で逆転が叶うなら、揃って高笑いをして『Night†Bear』に「お前は偽物だ」と偽証を暴いてやるのだ。
「くまさん殿、“ビーロ”代はワタシが払っておいたから。せめて飲み干してから帰れよ」
「分かってますとも」
俺はクッソ不味い“ビーロ”(Lionel.incの分)をひと息で飲み干してやった。
「返済をお楽しみに」
「言うね。そちらこそ取り立てをお楽しみに」
そして俺とLionel.incは酒場を出た。
その足でLionel.incのハウスへ直帰、すぐにミーティングをしなければ。
「まずはくまさん────すまない、俺よ浅慮のせいでお前にまで大きな借金を背負わせてしまった」
「良いですって。俺はいずれ9,999,999,999ゼル稼ぐんです。1億なんて端金ですよ」
「フンッ…………胆力はもう、ムラマサを超えているかもな。そう言ってくれるなら俺も腹を括ろう」
「はい、改めてよろしくお願いします!」
「早速、追加予算の使い方だが…………いや、これはもう新事業くらいに捉えた方が良いだろうな。規模が別物だ」
「ですね……1億まるまる生産素材に使う必要も無いでしょうし、新しい宣伝方法でも考えますか?」
「そうだな。まずゴル新聞には載せよう。あと……有名ユーザーに現実のSNSで宣伝してもらうとかか」
「それって果たしてゼルで受けてもらえますかね? どちらかと言うと現実のお金で依頼する仕事のような……」
「コアユーザーならゼルでも受けてくれる。それについては過去に実例があるから大丈夫だ」
「最近VTuberもこのゲーム始めた人多いですよね。そっち方面に宣伝をお願いできないもんでしょうか」
「悪くない。ひとり大手企業所属のVTuberが『The Artist』に加入したいと言っていた奴が居た。加入させる代わりに宣伝してもらおう」
「えっ、良いんですか? 『The Artist』はプロフェッショナルしか入れないはずでは?」
「大丈夫だ。この件が無くとも入れようと思っていた程度には優秀な奴でな。『The Knights』シリーズの大ファンで、『XII』もサービス開始1年目から生産職をやっていたほどの古参ユーザーとのことだ」
「すごい……ってことはムラマサ先輩よりも生産職歴長いってことじゃないですか、その人」
「ん? アイツと同じだろう」
「えっ? だってムラマサ先輩、ユーザー名に『今年で9年目!』って書いてますよね」
「ああ……お前なら知ってるだろうが、8周年を迎えた頃にユーザー名変更バグが起きただろう?」
「ああ、確かアレですよね。変えようとすると文字化けしてネームプレートの色がシルバーに固定されちゃうっていう。それ以降はユーザー名の変更に課金アイテムが必要になって」
「それだ。アイツは毎年『@』の後ろを変えてたんだが、課金するのは面倒と言って変えなくなったんだ。律儀なのか面倒くさがりなのか、分からん奴め」
「そういう事情だったんですか!?」
「だからアイツも本当はサービス開始初期からのユーザーだぞ。ま、俺やお前とほぼ同期だな」
そうだったのか……。
初対面の時に「一個下じゃねえか」なんて心の中で見下ろしてしまったのが、今になって恥ずかしく思えてきた。
まあ仮にそうでなくとも、あらゆる生産職ユーザーは俺と比べればほとんどが先輩に当たる。
これからは一層、生産職ユーザーへの敬意を忘れないようにしよう。
「よし、ミーティングを続けるぞ。仕入れについてもじっくり話さねばならんからな」
「はい、よろしくお願いします!
まずは1敗の俺達だが、リトライのチャンスを得た。
これまでの逃げ道を残していた俺達とは違う、手負いの獣ほど怖ろしいのだと思い知らせてやる。
言うなれば、
喰らってやるさ、偽物野郎。
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