58話 獅子熊共同戦線 Ⅻ - アドバイザー
夜が明けても、対策らしい対策を見出せないままの俺とLionel.incは、半ばヤケクソで麻雀を打っていた。
三麻──萬子の牌を取り払い3人で打つルール──ですら好きではない俺からすれば、二麻などもはや麻雀ではなかった。
それはもう、じゃんけんである。
何せ自分が使わない色の牌は相手がほぼ確実に使っているから、ツモ運が良い方がアガれるという、クソほどつまらないゲームだ。
しかしそうすることでしか、つまり愛する麻雀牌に触れていることでしか、俺達の心の平静は保てなかった。
「あっ、新聞だ……」
メールボックスに、ゴールドシップからゴル新聞というアイテムがギフト機能によって送られてきた。
受け取り、すぐに
一面にはやはりというべきか、俺達と『Night†Bear』の一騎打ちの様相が大きく取り上げられていた。
どちらかと言えば『Night†Bear』陣営についての情報が多い。
この情報量は、きっと取材をしたのだろう。
ゴル新聞曰く、『Night†Bear』のブランド『Bear’s something』は『Initiater』のミステリオを始めとしたある程度名のある生産職ユーザーを下に就けて100種を超えるコラボアイテムを売り出している。
ここまでは既知の情報、そしてここからは初めて知る情報である。
『Night†Bear』は新たな生産職専門クランの設立を計画しているらしい。
そのクランは、今回の大コラボ事業において協力してくれた者を優先的に加入させるつもりなのだとか。
もちろん何らかの理由で今回の事業に参加できなかった者も居るから、その救済措置として、今回彼らが売り出す商品を一定金額以上購入した者にも優先加入権を与えるつもりらしい。
そうやって一大新クランを作ったとして、『Night†Bear』は何をするつもりなのだろうか、そこまではゴル新聞には記されていなかった。
元より少数精鋭の『クラフターズメイト』に所属している俺からすれば、新たなマンモスクランが生まれることはさほど問題にはならない。
しかし『The Artist』を束ねるLionel.incにとってはどうだろうか。
現在大人数を抱える生産職専門クランと言えば、『The Artist』と『Initiater』の二大巨頭となっている。
その双璧は絶妙なパワーバランスで共存し合っているのが現状である。
基本的にスペシャリスト──戦闘職で例えるなら攻略組のようなトッププレイヤーだ──は『The Artist』に集っている。
対して『Initiater』には、生産職として高みを目指したい者も居れば、同じ生産職同士での交流を目的とする者も居る。
コアなユーザーは『The Artist』に、カジュアルなユーザーは『Initiater』に集っている、という認識で良いだろう。
ちなみに元々『Initiater』に所属していたが、更なる高みを目指して『The Artist』に移籍する、なんてことも珍しくはないのだとか。
もちろんそのどちらにも所属しない生産職ユーザーは数多居る。
俺のように小さいクランに所属していたり、あるいはソロや戦闘職のユーザーとつるんでいたり、だ。
そういう“『The Artist』か『Initiater』かそれ以外か”というバランスで生産職界隈は成り立っている。
そこに『Night†Bear』率いる新大型クランが割って入るとなると、界隈のパワーバランスは大きく動くことになるだろう。
それが良い変化をもたらすのか、それとも悪い変化をもたらすのかは俺には分からない。
しかし転売が『Night†Bear』の画策なのであれば、俺は不安を覚えざるを得ない。
そしてこの感覚はLionel.incも同じであろう。
「あっちは好調なスタートダッシュを決めてるみたいですね」
「そのようだな、最早清々しい気分だ。温泉でも行くか」
「えぇ……」
粛々と入浴セットを準備し始めるLionel.incに何て言って止めようかと考えていると、俺の個人チャットに通知が着た。
チャットの相手は『バジリスク』、俺に金を貸してくれたアイツだ。
自作の格言を交えた冗長な文面を要約すると、『今から会えるか?』というものだった。
俺がLionel.incと一緒だということを伝えると、『連れて来い』と言われた。
やはり金を借りた恩があるから断り辛い。
それにヤケクソ日帰り温泉旅行を止める良い口実にもなる。
「Lionel.incさん、俺に金を貸してくれたバジリスクさんって人からお呼びがかかりまして。Lionel.incさんも連れて来いって言ってるんですよ」
「『バジリスク』? あの格言男か」
「知ってるんですか?」
「何を隠そう、俺が世話になっている資産家というのがそいつだ。……ってことは、この事業の予算の半分以上がバジリスクの金ってことじゃないか」
「凄いですねあの人、そんな簡単に数十万ゼルもの額を貸し付けてくれたなんて」
「断るに断れん、顔を出してやるか」
バジリスクから指定された待ち合わせ場所は、ホルンフローレン裏通りの廃れた酒場だった。
早朝だからか、それともこのボロい内装のせいなのか、バジリスクとNPCの店主以外に人は居なかった。
「待ってましたよ御両人。まずは無事に販売開始を迎えられたコト、おめでとうと言った方が良いのかな?」
バジリスクは4人掛けのテーブルでひとりドリンクを飲んでいた。
ニヤけながら迎えの言葉をくれた彼はおそらく、俺達の商品が転売されている事態を認知しているのだろう。
金を持つ人間の元には同時に、情報も集まってくるものだ。
「どこまで知っている」
「怖いねぇ、ワタシは身銭を切ってキミ達に金を貸してあげたのに。こんな言葉を知ってるか?「信頼は金で買えるが、金は信頼では返せない」ワタシが今考えた言葉だけど」
「つまり何が言いたい」
「ワタシは金で以てキミ達の信頼を買ったつもりなんだがね。Lionel.inc殿はワタシを怪しんでいるようだ。あの転売行為、ワタシが一枚噛んでいるとでも言いたげだなぁ?」
「当然だ。黒幕が明確でない以上、大金が動く場合まずはお前を疑う、それだけのことだ」
「ハッハー! 面白い推理だよ名探偵君。キミ、小説家にでもなっては如何かな?」
「で、お前の仕業か? それとも別の奴か?」
「情報が欲しければ誠意を……と、言いたいところだが。特別に教えてあげよう。ワタシは一切絡んでないぜ。むしろマーケットを見てイラついたくらいだ、キミ達と同じようにね。当然だろ? だってワタシはキミ達の事業を信じて金を貸したんだから」
「ではやはり『Night†Bear』の仕業か?」
「さあ、そこまでは何とも。ワタシは一介の賭博好きであって情報屋ではないんでね」
「そうか、なら良い。……帰るぞ、くまさん」
Lionel.incは酒場に来たのにドリンクのひとつも注文せずに店を出ようとする。
いやそれ以前に、俺達をここに呼んだのはバジリスクの方だ。
何か用件があるはずであって、一方的に問い詰めて帰るというのは如何なものか。
「待ってくださいLionel.incさん。何か話があるはずなんですよ、バジリスクさんから」
「ハッハー! Lionel.inc殿は良いパートナーを見つけたようだな! その通り、ワタシはキミ達にとって利になる話を持ってきたんだぜ。だから座れよ、“ビーロ”で良いかな? ここの“ビーロ”は不味くてね、是非ともオススメさせてくれよ」
「…………簡潔に話せ」
Lionel.incは渋々と言った様子で、バジリスクの対面の席に就いた。
俺もそれに倣ってLionel.incの隣に座る。
テーブルの上に“ビーロ”が現れた。
「飲めよ」
「いただきます」
「…………」
一口飲むと、その品質の悪さに驚いた。
パリナが作る疑似アルコール飲料と比べるには最早失礼、他所の酒場で店売りされている低品質の物と比べてもやはり不味い。
「不味い。くまさん、残りはやる」
「えぇ……」
バジリスクが飲めと言った、Lionel.incも飲めと言った、この中で最も立場の弱い俺には断る術を持たない。
仕方無く、ちびちびと消費していく。
「話とは何だ」
「まあそう急かすなよ。こんな言葉を知ってるか?「急くな、城は遠く歩幅は同じなのだから」もちろんワタシが今考えた言葉だが。キミ達は今、転売対策を講じなければならない、そうだろ?」
「はい。だけどお恥ずかしながら、まったく対策が思い付かなくて」
「バカがお前、そう簡単に情報を明かすな」
「すみません!」
「ハッハー! 問題無い、すべて予想通りだから。苦しいよなぁ、現実と同じような転売対策は取れない。しかし消費者は現実と同じようにバカだから、生産が追い付かないならば転売されている物を買うしかない」
「概ねその通りだ。つまりなんだ、お前には対策案があると?」
「あるよ」
「言え。この事業が失敗すればお前も金をドブに捨てたも同然だろ」
「何を言っているんだキミは? この事業が成功しようが失敗しようが、ワタシは同様にキミ達から貸した金を取り立てるまでだ。だからね、転売対策の一案をキミ達に提供するのはあくまでワタシの厚意なんだぜ」
「…………感謝の言葉ならすべて終わった後に金と一緒にくれてやる」
「良いねぇ、そういう素直じゃないとこ、ワタシは好きだよ」
「あの、それで転売対策とは何なんでしょう?」
「ああ、なに、シンプルイズベストだよ」
バジリスクはクソ不味い“ビーロ”を一気に飲み干し、端的に述べた。
「────ワタシからもう1億借りろ」
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