57話 獅子熊共同戦線 Ⅺ - 先手必勝

 金曜日、23時55分。


 俺はLionel.incと共に、彼のマイハウスで5分後に控える戦の始まりを待ち構えていた。



「囲まれると中々の威圧感だなぁ……」



 Lionel.incの個室内には、俺達を囲むように大量の“機械人形”が控えている。


 生産依頼はLionel.incのオープン個人チャットに届くようになっており、依頼はすべて“機械人形”が自動で取りまとめてくれるようにプログラミングされている。


“機械人形”の数は15体、これほどの数を揃えていないと注文を捌ききれないらしい。



「実際問題、初動販売用の在庫はどこまで持ちますかね?」


「あくまで推測だが、20分くらいはもつだろう」


「20分!? でも各種100セットずつ用意してるんですよ?」


「最も注文の勢いがあるのが初動だ。そこから何事もなければ緩やかに落ち着いていく。この土日は嫌というほど生産地獄を味あわせてやるから覚悟してろ」



 覚悟はしていたけど、これが『Lionel.inc』のブランド力なのか。



「そういえば、どうしてLionel.incさんのブランドって名前そのまんまなんですか? ほとんどの生産職はユーザー名とは違うブランド名ですけど」


「過去にアイテムを盗まれたことがあってな。犯人は見つかったのだが、そいつは子供だったのだろうな、「名前書いてなかったから」なんて屁理屈を言われたんだ。それ以降、俺は自分で生産したアイテムには自分の名前を刻印するようにしたんだ」


「まさかそれがブランド文化の発端なんですか!?」


「だろうな。ムラマサの『村正』というブランド名も、俺の真似をして自分の名前を刻印した結果生まれた名だぞ」


「ああ……カッコつけちゃったんだ」


「フンッ、すっかりアイツの理解者だな」


「そ、そうですかね……」



 いやはや、そんな些細な事件からこんな一大文化にまでなってしまうとは。


 得てして時代を作った偉人達は、自らの偉大さに実感を持っていないものなのかもしれないな。


 …………いや、自分の物に名前を刻んだって。


 きっかけとなった事件の犯人もガキだが、それに対して大真面目に名前を刻印するLionel.incも幼い生真面目さがあったんだな。



『注文が届きました』

『注文が届きました』

『注文が届きました』

『注文が届きました』

『注文が届きました』

『注文が届きました』

『注文が届きました』

『注文が届きました』

『注文が届きました』

『注文が届きました』

『注文が届きました』

『注文が届きました』

『注文が届きました』

『注文が届きました』

『注文が届きました』



 一斉に“機械人形”達が無機質な声で騒ぎ立て始めた。


 時計を見ると丁度0時、話しているうちに販売開始の時刻を迎えていたようだ。



「遂にですね。俺は何をすれば良いんでしょうか?」


「特にやることは無いな」


「えっ、そうなんですか? 購入者へのアイテムギフトも全部Lionel.incさんがやるってのは流石に大変でしょう、手伝いますよ」


「いや、それもすべて“機械人形”がやってくれる」


「高性能すぎ……」


「どうしても働きたいなら在庫を増やしておけ。各種在庫の生産優先順位は俺が売れ行きを見て決める」


「了解です!」



 俺はLionel.incの個室を出て、勝手知ったりここ数日俺の作業場に割り当てられていた客間に籠った。


 こうして部屋に籠って生産をしていると、クラフトフェスタを思い出すな。


 あの頃はまだ鉱石ジャンル最低ランクの“アイアナイト”しか素材に使えなかったが、今となっては最高ランクの素材を使って生産ができるようになった。


 進歩、してるんだな。


 たったの1セットしか売れなかったクラフトフェスタ、それが今や──もちろんLionel.incの力がほとんどだろうが──販売開始から注文の嵐だ。


 ────ああ、頑張ってきて本当に良かった。


 そう思ってしまうのは早計にも過ぎるだろうが、思ってしまうものは仕方無い。


 ────ムラマサ先輩、貴女が見つけた後輩はここまで大きくなりましたよ。



「くまさん、緊急事態だッ!」



 Lionel.incが駆け込んできた。


 彼にしては珍しい、余裕の欠片も無い表情で。



「どうしたんです?」


「良いから来いッ!」



 急いでLionel.incの個室へ戻る。


 見せられたのは、PCを模したアイテムのモニターだった。


 そこにはマーケットボードの出品一覧が映し出されていた。



「…………は?」



 絶句。


 思考停止。


 驚愕、のちに怒り。










 そこには、俺達の売ったセット装備が定価を大きく上回る価格で出品されていた。










「転売……?」


「そうだ。ヴァーチャルの世界でやることか……クソッ!」


「でも! これ意味あるんですかね!? だって俺達が生産すれば在庫切れは起こらないんですよ!?」


「いいや、在庫はやがて切れる……。こうなると俺達がどこまで素材を買い集めて生産を続けるのか、コイツらがどこまで俺達の商品を買い占め続けるのか、そのチキンレースが始まるんだ」


「やっぱりこれ、『Night†Bear』の仕業なんですかね?」


「分からない。その可能性は正直高いと思っているが、何の証拠も無く非難すれば、却って俺達の立場が危うくなる」



 確かにその通りだ。


 だが他に黒幕が考えられるか?


 これまで『The Knights Ⅻ Online』内で転売行為は発生していなかった。


 システム上公式側が止められるようなものではないから、それはひとえにユーザーの良心によって自然的に抑止されてきたのだろう。


 それがここに来て……と考えると、やはり新規参入してきた『Night†Bear』を怪しんで然るべきだろう。


 どうする?


 現実の諸企業は転売ヤーに対して、消費者に購入しないことを勧めたり、出品者に対してマーケットサービスと協力して何かしらの措置を施すなどの施策を取っている。


 が、それと同じことを果たしてここでもできるのか?


 転売ヤーから買うな、と言っただけで統制できるのか?


 出品者に対して罰則を課せるような権力は一ユーザーの俺達には無いし、他ユーザーのマーケットへの出品はBAN理由にはならないから運営への報告も意味を為さない。



「……初動生産分、在庫切れだ」


「マーケットへの出品がまだまだ増えていく……何なんだよ!」



 俺とLionel.incの目の前で、モニターに表示されたマーケットボードが俺達のブランド名が刻印されたセット装備で染まってゆく。


 その光景に何も為す術も無いまま、夜は更けてゆくのだった。



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