56話 獅子熊共同戦線 Ⅹ - くまクマ大撮影!
「最後は男の鎧装備だが……モデルはGrandSamuraiで良いのか?」
「あれっ、俺は軽装だけって聞いてるっスけどね」
一通りの撮影を終え、残るは男性鎧装備の撮影を残すのみ。
昨日の夜中まで引き受けてくれそうな戦闘職ユーザーを探してはいたが、結局見つからず終いで今日を迎えてしまった。
とはいえ広告映えを考えると、やはりグラ助の重複起用は控えたい。
とすると当然どんぐりも使えず、残る選択肢はLionel.incか俺となる。
鎧装備を着た時の見栄えを考えると、細身なLionel.incよりは、身長・筋肉量最大値でキャラメイクをしている俺の方が良いだろう、というのが俺なりの結論だった。
「鎧装備は俺が着ます」
「知名度無いだろう、お前」
「ご、ごもっともなんですけど……見栄えが良いのは俺かな、と」
「…………まあ、俺よりはお前の方が良いか。良いだろう、準備しろ」
自分で作った装備を身に纏う。
……新鮮な感覚だな。
そういえば生産職を初めてから、こういうガッチガチの戦闘用装備を身に纏う機会は一度も無かった。
更に言えば『Spring*Bear』の時は魔銃士だったから、軽装以外の防具を装備したことが無かった。
もしかして、このゲームを10年もやってきたのに鎧防具を装備したのは初めてなんじゃないだろうか。
鎧防具を装備した所感としては、第一に「動きにくい」だ。
ヤマ子はいつもこんな状態で敵モンスターに張り付いて戦っていたのだと思うと、途端にタンクへの感謝が────いや、最早畏怖だな、この感情は。
「向こうに岩場がある、そこで撮るぞ」
「了解です」
「GrandSamurai、くまさんの代わりに補佐を頼む」
「おけっス! 何すれば良いんスか?」
「くまさんから“反射板”を受け取れ。俺の指示通りに太陽光を当ててくれれば良い」
「ほーっ! まんま“反射板”だねっ! どのクラスで生産できるの?」
「守秘義務があるからまだ話せん」
「守秘義務ぅ? かーっ! 天下の『The Artist』はちゃんとしてるんだねーっ!」
「いや、公式との契約だ。将来的に実装される新しい生産システムのβ版を使わせてもらったんだ」
「えーっ! ライオだけズルいよっ!」
「文句は公式に言え。行くぞ」
Lionel.incの後をグラ助と一緒に付いていく。
撮影地となる岩場は、ごつごつとした岩肌のロケーションが重めの戦鎧と非常にマッチしていた。
俺はあくまで主観視点でしかこの光景を見られないが、きっと戦国時代の殺し殺される殺伐さと、風流に酔うひとときの安らぎが混在した、大和の国の古き良き空気感が表現されそうだ。
「お前、致命的なまでにポージングが下手だな」
「えぇッ!? すみません!!!」
「構わん。……よし、分かった。その一番大きな岩の上で胡坐をかいて座れ。右手側で刀を立てて────そうだ。左手は握って脚の上に置け。…………いや、止めた。杯を持て、酒だな。…………良い表情だ。よし、それをキープだ、二度と動くな」
完全にフリーズした俺を、Lionel.incが黙々と主観視点スクリーンショットで撮影し始めた。
現実のようにカメラデバイスが無いから、傍から見たらLionel.incが無言で俺を見つめ続けている状態だ。
……なんかむず痒いな。
こう、じっと見つめられるとどうも、Lionel.incの中身が女性だってことを思い出して意識してしまうぞ……。
「表情を変えるな。誰がニヤけろと言った」
「すっ、すみません……」
「誰が睨みつけろと言った」
「あぁッ! すみません!」
「先輩こういうのは苦手っスもんね」
「グラ助……人前でその呼び方絶対止めろよ」
「もちっスもちっス。慎重さだけでここまで上りつめたと言っても過言ではないんで」
「嘘吐け“ネカマナンパオフ会事件”を俺は忘れてないぞ」
「思い出させないでくださいよ!」
「何だその破滅的な事件は」
「一時期コイツ、ナンパしまくってた時期があるんですけど、それでネカマに当たっちゃったんですよ。そんで相手からオフ会に誘われて、まんまと会いに行っちゃってお持ち帰りされたんだよな?」
「…………ふふっ」
「あのライオ
「くまさんは笑うな、表情を変えるな」
「すません」
談笑しながらも撮影はしっかりと進んだ。
やがて日も落ち、もう少しだけ撮って終わるかという頃────事件は起きた。
「悪い、ちょっと通話に出てくる。GrandSamuraiは皆にもうすぐ終わると伝えてきてくれ」
「了解っス!」
「俺はどうしてたら良いですか?」
「そのまま動くな、ポーズを整え直すのは面倒だ」
「お、鬼だ……」
Lionel.incは林の中に、グラ助は元来た道を戻り、岩場には俺だけが取り残されてしまった。
「動くな」と言われてしまったし、何があっても動かないぞ俺は。
現実と違って身体が痒くなるとか、そういう生理現象は起こらないのが幸いだ。
────チャリッ。
ふと、背後上方向の岩場から物音が聞こえた。
小さな石が転がって落ちた音か。
…………まさか、何か居るのか?
────グル……グルル…………。
聞いた事の無い獣の唸り声が聞こえる。
しかしモンスターに見つかったという“眼”のアイコンはまだ表示されていない。
見つかっていないのか、それとも俺が微動だにしないから敵視していない?
確認したい……だけどLionel.incに動くなと指示されたから動けない……。
いくら良質な防具を身に着けているからと言って、戦闘職のクラスレベルがまともに上がっていない俺では攻撃ひとつで即死だろう。
ホルンフローレンに死に戻りしてしまえば、この日の落ち方ではもう撮影再開は間に合わない。
どうすれば良いんだ……。
「おーいくまさんクーン!」
「撮影の調子どう? 折角だから見学に来たわよ」
「皆見たいってんで、全員連れてきたっスよー!」
あのバカ野郎ッ!?
よりにもよってこんなタイミングで……ッ!
どうやら背後のモンスターはムラマサ達には気付いていないらしい。
が、ここで俺が声を出せば俺にヘイトが向き、そのまま戦闘状態になってしまう。
「……ッ! …………ッ!!!」
俺は視線で危険を報せる……。
「ガハハハハッ! アイツ変な顔をしてるぞォ!」
当然伝わらないッ!
────ガリッ、ガリッ……。
背後から、硬い爪が岩肌を擦る音が聞こえる。
近付いているのか?
というか皆からはモンスターの姿は視認できていないのか?
クソッ、背後はどういう状況なんだ……。
「あらあら、男性向けの装備も良いデザインですわね」
ヤマ子のバカッ!
近付いてくんなってッ!!!
────ガリガリガリッ!
「グォオオオオオオオオオオッッッ!!!」
見つかったッ!
さすがにもう動いて良いかッ!?
死ぬよりはマシだよなッ!?
「ッ!? グラ助、シズホ、戦えますわね!?」
「デカいクマッ!? やるしかねえっスねッ!」
「援護射撃は任せてくださいッ!」
「バフかけるぞォ!」
さすがの最前線攻略組だ、緊急事態でも咄嗟の判断で戦闘状態に入れている。
ヤマ子が【
よし、俺は逃げるぞッ!
「動くなくまさんッ! お前らも攻撃するなッ!」
あわや総攻撃、その直前────林から戻ってきたLionel.incの声が轟いた。
Lionel.incは両手の親指と人差し指で四角を作りカメラのように構えていた。
「直上に三日月、舞う紅葉……背後から襲い掛からんとする巨大なクマ…………Perfect」
その一瞬をLionel.incが切り取った。
ニヤリと口角を上げたLionel.incは、グラ助にアイサインを送った。
「戦闘再開ッ!」
グラ助の合図と共に、戦闘職4人が一斉に動き出した。
瞬く間にモンスターのHPバーが削り切られ、クマの巨躯が光の粒子となって霧散した。
一瞬の討伐だった。
「大丈夫くまさんクンっ!?」
「はい、俺は何とも……」
「良かったぁ、ほんとに驚いたよっ!」
「ってか何で逃げなかったのさ。くまっちはよわよわ剣士なんだからさ」
「Lionel.incに動くなって言われてたんだよ」
「だからってモンスターに襲われても動かないとか、アンタ相当のバカね」
「でも何とかなって良かったわね~。さすが攻略組だわ~」
その後のLionel.incは精魂尽き果てたのか、おだやかな笑顔を浮かべながら一言も発さなくなっていた。
確かに撮影中の彼は相当集中してたもんな。
それが6人分だから、ああなるのも納得だ。
かくして、サイジェン島・紅葉谷での広告写真撮影は無事終了した。
ここからは俺の仕事だ。
俺がゲーム外でちまちまと写真を編集する作業を越えれば、いよいよ商戦の本番だ。
『Night†Bear』が如何な準備をしているかは分からないが、こっちはやれるだけのことをやれているはず。
大丈夫、Lionel.incと俺が組んでいるんだ、偽物なんかに負ける訳が無い。
だからって油断は禁物。
俺はもう何度目になるか分からない喝を入れ直した。
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