55話 獅子熊共同戦線 Ⅸ - 暴露
「ちわっスちわっス、くまさんさんちょっと良いっスか?」
パリナの弁当と食後のデザートを食べ終えた頃、グラ助から直々のご指名で呼ばれた。
すぐにその場で用件を話されるかと思いきや、どうやら皆が居る場所から離れたいらしく、俺はグラ助に着いて行った。
「あの、何か密談ですか?」
「あぁ、いや、そういうワケじゃないと思うんスけど……俺も何の話か分かってないんスよ。とにかく、くまさんさんを呼んでこいって言われて」
ああ、なるほど。
これはグラ助から話がある訳ではなく、どこへやら姿を消していたLionel.incからのお呼び出しだったのか。
「いやぁ、それにしても『クラフターズメイト』は良いっスよねー! みんな美人揃いじゃないっスか! そんで男はくまさんさんだけとか、それどんなハーレム!?」
「そっちも綺麗な方居るじゃないですか」
「ヤマ子とシズホちゃんっスか? 確かに美人っちゃ美人なんスけど、どっちもベアー先輩にゾッコンっスからねぇ……」
「そういやウチのネクロン……電気技師の子なんですけどね。ヤマ子さんにお熱なんですよ」
「あぁー、ヤマ子結構女の子のファン多いっスからねぇ。女でああいうゴツい鎧着てるのがギャップなんスかね?」
「ネクロン曰く、紳士的で王子様みたいな対応にハートを射殺されたとか」
「ははっ、なるほど! ってかくまさんさん、フレンド登録しとかないっスか? また今回みたいな機会あった時に直で連絡取れた方が良いっスよね?」
と言って、グラ助が問答無用にフレンド申請を送ってきた。
もちろん、断る理由は無い。
「くまさんさんって呼びにくいんであだ名で良いっスか?」
「ええ、もちろん」
「んじゃクマさんで!」
「あだ名というかただの呼び捨てじゃないですか」
「違うっスよ! 呼び捨てだとくまさん、“く”が上がってるでしょ? でもあだ名はクマさん、“マ”が上がってるんスよ!」
諸兄に補足しておこう。
グラ助の言う“クマさん”は、“海女さん”と同じアクセントである。
「クマさんは戦闘職やんないんスか? 前衛職とかめっちゃ映えそうなアバターじゃないスか」
「んー、どうでしょう。なにぶん生産職だけで日々忙しいもんで……。でも前衛職には確かにちょっとだけ興味あるんですよ」
何せ『Spring*Bear』の時はずっと最後衛に居たからな。
「おー、良いっスねぇ! レベリングとか救世クエストとかやる時は呼んでくれたら手伝うっスよ! 多分シズホちゃんも着いてきてくれると思うし」
「それは頼もしいです。ではその機会があれば、是非」
などと話し込んでいたからか、Lionel.incの待つ森の中にあった木々が開けた広場に着く頃には、Lionel.incの表情は険しくなっていた。
その隣には、芝生の上に座り込んで擬似アルコールを煽って気持ち良さそうなどんぐりも居た。
「あれ、どんぐりパイセンも居るじゃないっスか」
「オウ、グラ助も呼ばれたのかァ! 遅いとLionel.inc殿もご機嫌ナナメだぞォ! ガハハハハッ!」
「人ひとり連れてくるのにこんなに時間が掛かるか……?」
「申し訳ないっス! ちょっと話が盛り上がっちまって! それで、何の用っスか?」
Lionel.incにどんぐり、グラ助、そして『
メンズ組と言えば見た目はそうなのだが、しかしLionel.incの中身は女性だって話だしな……。
とことん集められた目的が分からないぞ。
「ああ、どんぐり亭とGrandSamuraiに手伝ってほしいことがあってな」
「ヌ? なにゆえオレとグラ助だけなのだ? 戦闘職の力が必要とあらばヤマ子も呼べば良いではないか」
「……手伝ってほしいことと言うのは、今回売り出す装備でボスモンスターを討伐してほしいんだが、そこ様子を動画にしたいんだ」
「つまり動画広告ですね」
「そうだ。聞くにヤマダヤマは『Spring*Bear』の熱狂的なファンなのだろう。広告モデルだけでもどうかと思っていた、これ以上こちら側に手を貸せというのは酷だろう」
ん?
だったら……。
俺はLionel.incに耳打ちした。
「俺が正体明かせばヤマ子も手伝ってくれるんじゃないですか?」
「…………いや、これでも俺はお前に気を遣ったつもりなんだが」
この男──いや女か──、気が遣える……!
「もういいですよ。世間に公言まではしたくないですけど、身内相手くらいなら。ヤマ子が手伝ってくれる方が、この事業は成功に近付くんですよね?」
「それはそうだが……」
それなら明かそう。
本当は生産職として成功を収めるまではどんぐり達には正体を明かさないつもりだったが、事情が事情だ、仕方あるまい。
それと、Lionel.incの現実での性別を本人の意思関係なく知ってしまったという負い目もあるしな。
「あー……どんぐり亭さん、グラ助さん、今から俺が言うことは誓って本当です」
「ヌ?」
「急に改まってどうしたんスか?」
「俺が『Spring*Bear』のセカンドキャラだ」
「「…………」」
「ヌわぁにぃぃぃぃぃぃぃ!!?!?」
「あー、やっぱそうなんスね」
「今まで隠してて悪かったな。というかグラ助は驚かないのか?」
「実はこの間のPvP大会の時にそうなんじゃないかって話をライオ
じゃ、じゃあムラマサだけでなくミロルーティも知っている……とはいかなくともその疑いを持っていたってことか?
なのに俺本人に確認しようとはせず……。
良い人だなぁ、あの2人……。
「グラ助、ヤマ子とシズホを呼んできてくれ」
「確かに、今のシズホなら宣伝効果は十分か」
「了解っス! くぅ〜! ベアー先輩のパシリ久々〜〜〜!」
現最強にして最速の男にパシらせると、5分と待たずに2人を連れてきた。
そして先程と同じように、俺の正体を明かした。
「あ、知ってますわよ」
「ええっ!? じゃあ私、本人の前であんなコト言ってたんですか……?」
シズホの反応は予想通り。
だが待てヤマ子、知ってたとはどういう了見だ。
「な、なんで知って……?」
「オレはなんも話してないっスよ!?」
「なんでも何も、一目見たときから分かってました」
「一目見た時って、まさかサイジェン島で会った時からって事か!?」
「ええ、わたくしがベアー様に気付かないワケないじゃありませんの。走り方の癖とか右手の指を擦り合わせる癖とか、あと空気感と言いますの? 誰も気付いていないようでしたので黙ってましたけれど……」
ああほら見ろよ……どんぐりもグラ助も、あのLionel.incでさえもそのベアー様愛にドン引きしてるぞ……。
「ち、ちなみにそれって他の人に話したりとか……クランメンバーとか、情報屋には……?」
「もちろん内緒にしてますわ」
「良かった……」
最悪『The Knights古参の会』のメンバーにバレるくらいならギリセーフ。
しかし情報屋だけにはバレてはならない。
途端にその情報が高値で売り飛ばされるか、あるいは翌朝の新聞で一面をジャックすることになるだろう。
ここに来てゴル新聞が怖く思えてきたな……。
「はぁ……」
「どうかしたのか」
「いえ……初めは生産職としての最前線に立つまでは誰にも明かさないつもりだったんですけど、気付けばこんなに俺の正体を知る人が出来ちゃったな、と思って」
「何言ってるんスか。シズホちゃんをベスト8にまで連れて行って、今はライオ兄と仕事してるんスよ?」
「そうですわ。戦闘職に例えるなら、もうほとんど最前線攻略組に居るようなものじゃありませんの」
「わっ、わた……私、あのSpring*Bearさんに装備作ってもらってたんですね…………」
「いやぁ、それはさすがに……ないですよね、Lionel.incさん?」
「最前線とは言わせたくはないが、一人前ではあるだろう」
「ッ!」
あのLionel.incが、俺を一人前と言ったか?
たかだか生産職を始めて1年も経ってないのに……?
しかし皆の言う通りかもしれない。
俺は周りの人達のおかげで、普通では有り得ない速度で生産職の道を駆け上がれている。
きっと俺と同じ時期に生産職を始めたユーザーなんていくらでも居るはずだ。
その誰も彼もが、果たしてここまでになれているだろうか?
少しくらい、自信を持っても良いのか?
……いや、天狗になってはならない。
だけどプライドはもう、持っても良いのかもしれない。
「……この事業、絶対成功させましょう」
「当然だ。俺と仕事をする以上、失敗は許されない」
Lionel.incの目が少しだけ、優しく見えた気がした。
「あっ、じゃあスプベアの借金はくまさん殿から返してもらえると思って良いのかァ?」
…………忘れてないよなぁ、そりゃ。
『Spring*Bear』の豪邸を買うよりも先に、解決しなければならない金の問題が再浮上したのであった。
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