54話 獅子熊共同戦線 Ⅷ - 鍛冶士くまさんの恋煩い

「わーおっ、ナイスロケーションっ! さっすがライオだよっ!」


「当然だ。この事業に将来が賭かっているのは俺も同じだからな」


「へえ、ライオにいも結構ガチなんスね今回」


「俺はいつでも本気だ。……GrandSamurai、喋るのは構わんが大きく動くな」



 Lionel.incが見つけてきたロケーションは、紅葉谷の中にある川辺だった。


 川に紅葉の葉が落ちており、まるで紅色のカーペットが敷かれているかのようで、和を感じさせられる風景だ。


 今回、俺とLionel.incが売り出そうとしている装備は、確か7周年記念のアップデートとかで実装された和風のデザインである。


 鎧装備は戦国武将のような風体で、軽装は男が侍のような流しの浴衣で女がくのいちスタイル、ローブは陰陽師や巫女を模した袴となっており、まさにこの紅葉谷の風景とマッチしている。


 現実の時節も丁度秋であるから、この紅葉に囲まれた背景もしっくり来るだろう。


 単発企画というよりは、秋シーズンのコレクションと言った方が良いかもしれない。



「それにしてもアレですね、グラ助さんは普段から浴衣だからやっぱりしっくり来ますね」


「まあアレはスキン衣装なんスけどね。だから、着てる俺からすれば結構新鮮っスよ!」



 今回はグラ助のと言っても良い星型のサングラスを外させている。


 普段は見えない両の目が晒されているというのは、確かに中々新鮮かもしれないな。


 ────その後も、Lionel.incの天才的カメラ手腕によって撮影が行われた。


 それぞれのモデルの良さを引き出しつつ、あくまで主役はその衣装というのが傍目から見ていてもよく分かった。



「キミ、なんで彼はあんなに撮影が上手いんだって思ってるでしょ?」


「バレちゃいましたか」


「アイツ、現実では写真家なんだよ。しかもポートレート専門のね」


「なるほど、道理で上手いわけだ」


「懐かしいなぁ、昔はボクもよく撮ってもらっていたよ」



 ムラマサが郷愁に耽り遠くを見つめるその横顔に、何故だろう、いやに居心地の悪さを覚えた。


 俺はムラマサが好きなのか?


 現実での顔も知らない、性別すらも定かではないような相手のことが?


 常識的に考えてありえない。


 ありえないのだが、そんな常識はもう昔のものである。


 フルシンクロVRシステムが広まった現代に於いて、この世界はひとつのメタバース空間、もうひとつのリアル。


 顔を知らずとも、性別を知らずとも、今隣に居るムラマサという人の様々な姿を俺は知ってしまっている。


 恋愛感情を抱くには、十分な土台が既に出来上がっているのだ。



「どうしたの? なんか暗い顔してるけど」


「…………実は、聞いちゃったんですよ」


「聞いたって? 何を?」



 言うのか?


 言って良いのか?


 Lionel.incの口から明かされた「かつてLionel.incとムラマサは付き合っていた」という事実を、俺からムラマサ本人に再確認しても良いのか?


 Lionel.incの口から明かされたのは、それが倫理的に許されたのは、彼が当事者だからだ。


 しかしムラマサはその過去を隠し……てきたつもりは無いだろうが、わざわざ明言するような事は一度たりとも無かった。


 だから俺がその過去を知っているとは、ムラマサは思っていない。


 人の過去を図々しくも掘り明かすべきなのか?


 俺の好奇心と、得も知れぬ不安感への後追いの為に?


 こんなの、精神的な自傷行為だ。


 Lionel.incが妄言を吹聴するような人には思えない、だから彼の言葉は真実だろう。


 それをわざわざ確かめて、何の意味がある?


 ムラマサがどんな言葉を返すことを望んでいるんだ、俺は。


 肯定も、否定も、どっちに転んでも俺の心が晴れるとは思えない。


 どうせならこのモヤモヤを、つまり付き合っていたという過去を肯定して、俺の想像通り更に鬱屈とした気分にさせてくれる方がよっぽどマシだとさえ思えるのは、人間の脳の欠陥であろう。


 それでも────いや、だからこそ、訊ねてしまうのだ。



「ムラマサ先輩がLionel.incと付き合ってたって」


「あー、うん、そうだよ。確かに付き合ってた。いやね、アイツのご両親って結構古風でさ。女は大学になんて行かずにさっさと就職、そして早いこと結婚して子を産めって感じなんだよ。だからしゃーなしボクが出てったってワケ。女同士で付き合ってるって言えば、さしものご家族もびっくらこいて諦めるかなーってね」


「……………………ん? はい?」



 あれ、今のムラマサの言葉、なんかおかしくなかったか?


 アイツのご両親は古風、女は大学になんて行かずに就職、そして結婚して子を産め?


 アイツ? Lionel.incが? 子を産む?


 



「はぁあああああああああああああああああああああああああああ!!?!!!?!???!!?!?!!!?!!?」


「のわぁ! びっくりしたぁ! どうしたのいきなりっ!?」


「はっ……はぁ!? Lionel.incって……えっ、えぇ!?」


「あっ、これもしかしてヤっちゃったやつだ……ごめーんライオ!」



 向こうの川辺で撮影をしていたLionel.incがイライラした様子でこちらに声を上げてきた。



「うるさいぞくまさん! 集中できないだろうが!」


「すみません! でも、えぇ!? マジか、えぇ……」


「あと何だムラマサ、お前は俺に謝らなくてはならないようなことをしたのか?」


「うん、性別教えちゃった!」


「……………………」



 あっ、Lionel.incが固まった。


 まるで凍結デバフを食らったかのように、カチンコチンに固まった。



「いやまさか話してないとは思わないじゃんっ! あんなに毎日レベルで一緒に居てさぁ!? 話してて、承知の上でずっと一緒なんだと思うじゃんっ! 内緒のまま男女で長い時間過ごすなんて、そんな破廉恥なコト想像しないじゃーんっ!」


「ゲームの中で男も女も関係ないだろう! いや、それを言うならお前のクランはくまさんの白一点だろうが! よっぽどお前達のほうが破廉恥だと思うがな! どうせミロルーティは脱いでるんだろうが!」


「失礼なっ! ウチのミロロはね、最近になって下着は我慢できるようになったんだいっ! ねーミロロっ!?」


「そうよそうよ~! 成長したのよ~!」


「五十歩百歩だ莫迦者が! ……ええいクソ、集中が途切れた。丁度昼だし休憩にする。飯を食うなり観光するなり好きにしてろ、1時間後に再開だ」



 と言い残し、Lionel.incは一人でどこへやら姿を消した。



「ま、というワケで。ボクとライオは現実での知り合い、というか幼馴染なんだよね。前に言ってた女の子と付き合ったことがあるってのもアイツのことさ」


「は、はぁ……」


「どうしたのくまさんクン、萎れたぬいぐるみみたいな顔してるけど?」


「なんか、すごく疲れました……」


「だったらパリナのお弁当を食べようよっ! ────ほーらみんな、ブルーシート敷くよっ! 折角の観光地なんだ、紅葉を見ながら一杯……じゃなくてごはんしなきゃ損だよーっ!」



 俺は皆の元へ走って行くムラマサの背中を見ながら、身体から力が抜けていくような感覚に陥った。


 ……俺、もしかしてめちゃくちゃどうでも良いことで思い悩んでた?


 まさかあのLionel.incの正体が女だったとは……。


 だけど、真実を知ったおかげで、この事業に集中できそうだ。


 今しがた身体から抜けていった力の代わりに、何としてもこの事業を成功させたい────いや、成功させてやるという気力が嵐のような勢いで吹き込んできた。


 撮影はLionel.incが頑張ってくれるんだ、俺は広告の制作を精一杯やろう。


 街往く人々のすべてが目を向けてしまうような、そんな魅力的な広告を作るんだ。


 安心と、活力が戻ってきたせいか、途端に食欲が湧いてきた。


 俺はブルーシートの上に集まっている皆の元へ急いで合流するのだった。



「俺の分、ちゃんと残しておいてくださいね!」



 …………俺、今まで女性と一緒に温泉に行ってたの?


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