52話 獅子熊共同戦線 Ⅵ - 仕入れ
「おいお前、何をやっている……?」
俺がマーケットボードを利用して必要な素材を買い集めていると、Lionel.incから鬼の形相で詰められた。
「えっ、何って……俺担当分の素材を買ってるんですけど…………」
「お前、マーケットボードで買い物をしたことが無いのか?」
「ありますけど……もしかして何かマズいことしちゃいましたかね?」
「ああ、最悪だ」
なんと、そこまで言われるとは。
俺は俺なりのルールに従ってマーケットボードを利用している。
まずこのマーケットボードだが、ユーザーが出品したアイテムを別のユーザーが購入できるという、アイテム売買システムのプラットホームである。
基本的に誰でも利用でき、出品時には出品者が自由に売値を設定でき、購入者が出品アイテム一覧から納得のいく値段の物を購入する。
そして出品していたアイテムが売れた場合、手数料として売値の1割を差し引かれ──差し引かれた分は王室への寄付という体で虚無に消える──、残りの金額が出品者の倉庫へと自動で送金される。
そして俺の購入ルールとは、出品されている同一アイテムの中で2~3番目に値段が高い物を購入する、というものである。
これは現実での経験から得た知見である。
一番高い商品・サービスを購入するのは勿体なく、しかし安すぎる商品・サービスは品質に不安がある。
その中間を取り、品質もある程度信頼が置け、かつ値段が高すぎないラインがまさに上から2~3番目なのである。
「値段順でソートして選んでいただろう」
「はい、見やすいので」
「値段ではなく出品者のユーザー名でソートしろ」
「えっ、何でですか?」
「ユーザー名の隣に剣と盾のアイコンか、ハンマーのアイコンが表示されているだろう。それを見れば出品者のメインクラスが戦闘職なのか生産職なのかが分かる」
ちなみにメインクラスとは、習得しているクラスの中で最もクラスレベルが高いクラスを指す。
難しいことを考えずに、要は一番遊んでいるクラスは何なのか、という意味である。
「そのソートで何か気付くことは無いか?」
気付くこと、か……。
俺は今一度、注意深く出品者のメインクラス種別アイコンと出品アイテムの情報、売値を確認してみた。
「あっ! 分かりました、売値の高い出品アイテムはほとんどが戦闘職ユーザーの出品です」
「……まあ、それだけではないが。そこに気付けただけ良しとするか」
「あれ、生産職ユーザーが出品してるアイテムの売値は一定のラインに固まってますね」
「そうだ、そっちに気付いてほしかったんだ。その固まっている値段帯、それが真の相場だ。基本的にその相場は大きな変動が無い。大型アップデートが入れば需要が変動し、相場も大きく動くが……向こう半年ほどは変動は無いだろう。だから仕入れの時は生産職が定めている相場を見て購入しろ」
「了解です!」
改めてマーケットボードに向かい仕入れを再開する。
Lionel.incの教えに従い、ユーザー名ソートに変更、メインクラス種別アイコンに注目して仕入れ先を選ぶ。
あれ、このアイテムの相場、変だな。
生産職ユーザーの売値が固まっている値段帯が2つに分かれている。
つまり、相場と言える値段が2つあるのだ。
さて、すぐにLionel.incの意見を乞うのも良いが、まずは自分で考察してみよう。
会社でもそうだ、最悪なのは分からないことを分からないままにしておく後輩、次に厄介なのが自分で考察してそれを答えとしてしまう後輩、次に困るのが分からないことがあったら自分では何も考えずにすぐに先輩に訊く後輩だ。
そして最も理想的なのが、それまでに教わったことをベースに自分で考察し、その考えを先輩に共有しつつ答えを訊く後輩である。
横に視線をやると、Lionel.incも真剣にマーケットボードを睨んでいる。
何度も何度も邪魔をするのは迷惑であろう。
何故、相場が2つもあるのだろうか。
相場を知る生産職ユーザーならば、その相場に合わせて出品するはずである。
そして相場から外れた値段での出品があった場合、それが相場より高ければまず売れず、安ければ早々に購入されてマーケットボードに長く残らない。
見るに2つの相場に分かれたそのアイテム群の出品日時は、ものによっては1週間も前だったりしているから、偶然の相場破壊が起きている訳ではなさそうだ。
そしてもう1点、高低2つの相場が存在しているとはすなわち、それぞれが適正価格であるという何らかの理由があるはずである。
理由もなく高く値付けするはずが無いし、また理由もなく安く値付けするはずも無いのだから。
品質、
「品質によって相場が違うのか……?」
そう、高い方の相場で売値を付けられている出品アイテムの品質は、すべて70を上回っているのだ。
対して安い方の相場で売値が付けられている出品アイテムは、綺麗に品質70未満で揃っていた。
つまり、このアイテムは品質70を境として何らかの価値の変化があるのだ。
俺なりの考察はここまでとし、改めて、Lionel.incに意見を乞おう。
「ほう、悪くない考察だ。しかしすべての生産職クラスを極める気でいるのなら、もう一歩踏み込んだ知識が必要だ。その“獄流氷”というアイテムは、品質70以上ならば生産時に【氷獄王のバカンス】という
「なるほど……では仕入れるのは高い方で良いですよね?」
「ああ、そうしろ。もし足りなくなったらまた相談してくれ、その時に改めて対応を考える」
その後も、同じように2つの相場が存在するアイテムがいくつかあった。
“獄流氷”と同じように品質依存で価値が大きく変わるもの、特定の
俺はどこぞの努力家魔弓士のように、新しく知った情報をすべてメモに記しておいた。
きっとこの情報は、今後どこかで役に立つ日が来るだろうから。
なんとか今日1日で仕入れ作業は終わらせられた。
初め、Lionel.incから仕入れリストを渡された時は、どれだけの時間が掛かるだろうと恐れ戦いたものだ。
しかしマーケットボード様々、やはり持つべきものはマケボと金だ。
ここからはレシピ通りに生産に次ぐ生産を繰り返すこととなる。
更に広告の制作も必要と思うと…………気が滅入る作業量だな。
だが、弱音ばかりも吐いてはいられない。
Lionel.incの涼しい顔を見ろ、慣れているのだ、きっと。
俺が最終的に戦う相手に、せめて心だけでも負けぬようにと内心で喝を入れ直した。
「…………疲れたな、温泉行くか」
「えっ、意外」
その後、2人でホルンフローレンに唯一ある温泉施設に行った。
疑似体験と言えど、至上の休息だ。
温泉の温もりと、ちょっとだけ親近感の湧いたLionel.incの姿に、先程入れたはずの喝が少しだけ、緩んでしまった気がした。
「「いい湯だ……」」
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