51話 獅子熊共同戦線 Ⅴ - 出資者

 ホルンフローレン西部地域には、安酒場が多く集まっている。


 おそらくだが、公式運営が意図的に、民度の低いユーザーを集める目的でそのような都市計画にしたのだろう。


 と言っても、このゲームでは戦闘職ならば金を稼ぐことがそう難しいものではない。


 テキトーにモンスター狩っていれば、あるいはクエストをこなしていれば、勝手に金は貯まっていく。


 小金程度ならば、戦闘職の方が生産職で商売をやるよりもずっと楽だろう。


 だからこのホルンフローレン西部地域の安酒場には、飲食は程々に賭博に金を使いたいギャンブラーが集まるようになったのだとネクロンは言う。



「これだけは覚えといてね」



 ある酒場の前で足を止めたネクロンがひとつ忠告してくれた。



「低レートでやってる奴らは出資者として期待できないから」


「なるほど。まずは低レート卓でタネを増やしてから高レート卓に進むんだな」


「そゆこと。あと“通し”やるから」


「えっ、大丈夫なのか? それイカサマだろ?」



 そう、“通し”というイカサマ。


 これはコンビやトリオで打つ時に何らかの秘密の合図を用意しておき、欲しい牌を教えるというものである。


 その情報が共有されれば、鳴きを用いてスピーディーな戦術が取れる。


 派手さは無い、だが堅実に利を取れる、いぶし銀的なイカサマなのだ。



「賭け麻雀界隈はそういうとこなんだよ。大丈夫、低レート卓なら遊びで来てる人ばっかだからバレないよ」


「別にそれで怒られるとかはないってことか?」


「一応バレたら罰符は払わされるよ。だから“通し”をやるのは低レート卓だけ。高レート卓だとみんな目を光らせてるからね。まあ……それを掻い潜ってやるイカサマが楽しいんだけどさ」



 コイツ……さては日常的にイカサマやってんな?


 ぶっこ抜きに燕返しなど、いくつかは俺も練習したことがあるが、結局は自然にやれず断念してきた。


 今後、クランハウスでネクロンと打つ時は注意しておこう。



「んじゃ、いきますか!」


「応ッ!」



 いざ入店。


 店内にはいくつも“麻雀卓”が設置されていた。


 今日が現実では休日だからか、あるいはここに来るような奴らはカレンダーなど関係ないのか、ほとんどの卓が埋まっており盛況のようだった。



「ここ入ってもいい?」


「どーぞどーぞ、丁度暇してたんだよ」


「あらお兄さん、イイカラダしてる…………ンフッ、楽しみだわぁ」


「あっ、失礼しまーす……」



 ラッキーだ、俺とネクロンは隣の席​────つまりネクロンの上家に座れた。


 これならネクロンは俺の捨牌をチーできる、つまりさっき決めた“通し”を活用できるってことだ。



「“ビーロ”です」



 注文もしていないのに、マスターが飲み物を持ってきた。


 よく分からないが、そういう暗黙の了解でもあるのだろう。


 居酒屋で例えるところのお通しみたいなもんだと思っておこう。


 …………うん、さすが低レート卓だ。



「ロン、純全帯幺ジュンチャン三色サンショクドラドラ」


「ロン、リーピンドラ1」


「ツモ、ハクのみ」


「ロン、ダブナン混一色ホンイツ



 相手が弱い。


 いくらなんでもリーチを掛ければ降りてはくるが、鳴き手に対してはテンパイを察知できないらしく、上手く俺とネクロンの“通し”が刺さっている。


 結局、半荘2回で相手2人の財布はスッカラカンになってしまった。



「姉ちゃん強いなぁ! フレンド申請送ってもいい?」


「結構です」


「クソ坊主! 女苛めてそんなに楽しい!?」


「ははっ」



 よし、俺が増やした分もネクロンに渡して……これなら高レート卓に挑めるな。


 やっと俺の出資者探しが始まるんだ、よく見定めなければ。


 俺とネクロンはすぐに卓には就かず、高レート卓で打っているユーザー達を観察した。


 狙うのは、金を持っていて羽振りの良さそうな、だけどバカはダメ、最低限投資という行為のメリットデメリットを理解している奴でなくてはならない。


 果たして居るのだろうか、そんな都合の良いユーザーが……。



「​────そこのご両人」



 突然、背後から話しかけられ、同時に肩を組まれた。



「うわっ、な、何ですかいきなり!」


「っ!?」


「まあまあ、そんなトゲトゲしなさんなって。こんな言葉を知ってるか?「運命とは、気付けば肩を組んでいる」ま、ワタシが今考えた言葉だけど」



 その男、背丈はLionel.incと同じくらいで俺より少し低いくらいの高身長。体型はどちらかと言うと細身か。種族は耳を見るに人間ヒュマニだが、やけに肌の色が白い。黒色のウェーブがかったロン毛とも相まって、もし吸血鬼なんて種族があればこんな感じだろう。


 そして特徴的な漆黒のサングラスが視線を隠し、何を考えているのかがまったく読めない。


 黄金のネームプレートに表示された名は『バジリスク』、神話上の蛇の怪物の名を冠していた。



「バジリスク……コイツヤバいよくまっち!」


「おっと、ワタシをご存知のようだねお嬢さん」


「いきなり何なんですか……?」


「いやね、見てたよさっきの対局。見事なだったね」


「やっぱりバレてる……」



 まさかコイツ、俺達の“通し”に気付いたのか?


 だとしたら厄介だ。


 コイツとは卓を囲みたくないな……。


 いやそれ以上の、得もしれぬ圧を感じる……。


 Lionel.incとはまた違う、まさに“怪物バジリスク”のような威圧感だ。



「見たところ生産職のようだね。くまさんにネクロン……ああ、キミ達があの2次職の子をベスト8まで連れて行った功労者か。ハッハー! こりゃ素敵な巡り逢いだ!」


「……それはどうも」



 俺はバジリスクの腕から抜け出し、ネクロンも引っ張り出してやった。



「コイツ、何者なんだ?」


「裏賭博界隈のドン。資産は多分、全ユーザー一だと思う……」



 大物ギャンブラーってことか、賭博漫画の登場人物みたいな奴だな……。



「ネクロン……キミは生粋のギャンブラーだ、目を見れば分かるよ。だけどくまさん、キミは違う。ワタシや彼女とは別の生き物だ。なのに高レート卓を鋭い視線で観察していたね。怪しい、実に怪しい」


「別に、俺だって麻雀は好きですから」


「違う、そういうコトじゃない。…………ああ、なるほど。金が必要なのか。そうだろう図星って顔だ」


「まあ…………否定はしませんが」


「いくら?」


「はい?」


「いくら必要なのかと訊いているんだが?」



 なんだ、探られているのか?


 分からん、何を考えているのかも、果たして何かを企んでいるのかさえも。



「分かるよ。何か事業を為そうとしているんだ。ワタシはギャンブルが大好きなんだよ。そして最上のギャンブルとは何か……そう、投資だ。もしキミがワタシを満足させられるだけの勇士であれば工面してやっても良い」


「…………それは、願ってもない提案ですが」



 何せそれこそが俺がこの賭場に来た目的なのだから。



「貴方を満足させるとは一体どういう意味です?」


「止めた方が良いよくまっち! コイツからだけは金を借りちゃダメ! どう転んだってろくな事にならないんだから!」


「ハッハー! 確かに? ワタシから金を借りた者は何かとこのゲームを引退しがちでね。暴利? ううん。取り立ての方法? 違う。……ハハッ、何故だろうね?」



 すまない、ネクロン。


 俺はコイツから金を借りるぞ。


 そもそもだ、大事を為そうというのに俺自身が大したリスクを負わないなんてのはおかしな話なんだ。


 コイツから金を借りるとどうなるのか、そんな事は​────身を以て知れば良い。



「どうすれば俺に投資してくれるんですか?」


「くまっち!」


「お嬢さん、口は慎むんだね。彼はワタシから借りたいんだ、もうこの一件は彼とワタシの問題になったんだからね。それで条件だが、簡単だ。ワタシとギャンブルをしよう。それでワタシを熱くさせてくれたならば、快く金を貸そうじゃないか」


「ギャンブルとは? 麻雀ですか?」


「否。飽きたからね。もっとシンプルかつ単純なギャンブルをしよう」



 バジリスクは近くの空きテーブルを見繕い、そこを陣取った。


 彼がマスターへ目配せをすると、透明のグラスがひとつ運ばれてきた。


 そして彼はポケットからコインを1枚取り出した。



「さて、ここに1枚のコインとグラスがあるね。コインをテーブルの端に立たせ、その上に逆さまのグラスの縁を被せるように置いて​────うん、何とか立った」



 グラスは不安定だ。


 少しの揺れで、あるいは空気の流れで、コインは倒されグラスは床に落ち粉々になってしまうだろう。



「さあ、コインを抜くんだ。グラスをテーブルから落とさずにコインを手に取れたならキミの勝ち、グラスが落ちたらワタシの勝ちだ。キミが勝てば、望むだけの金額を融資しよう」


「負けたら?」


「お嬢さんを貰う」


「はぁー!? 断固拒否する! 止めようくまっち、他にも出資者は見つかるって!」


「乗った」


「なんでよー!」


「安心しろネクロン、簡単な勝負だ。ギャンブルにすらなってない」


「い、いや、でも……」


「自信があるみたいだね。だけど、こんな風に」



 ​────ドンッ!


 と、バジリスクがわざとらしく足を踏んで鳴らした。


 床からテーブルへ衝撃が伝わり、ぐらり、とグラスが揺れる。



「こういうのもアリだけど?」


「妨害は卑怯でしょう」


「そんなルールあったかな?」


「そんなにネクロンが欲しいんですか?」


「ハッハー! 欲しいね欲しいとも! 彼女のような目をした女性はそう多くない」


「そうですか、でも残念でしたね」


「残念とは?」


「だってこんなの、負けるワケがないんですから」



 俺は腰に差している、相棒の“使いやすいハンマー”を抜き、思いっきりグラスに向かって振り抜いた。


 力一杯に叩きつけられたグラスはいとも容易く砕け散り、光の粒子となって霧散する。


 このゲーム内では、アイテムの耐久値がゼロになるとこのようにして消滅するのだ。


 これならグラスは床に落ちていないし、コインだって簡単に手に取ることができる。


 このように、な。



「狡いとは言わせませんよ。貴方だって妨害してきたんですからね」


「言わないとも、そんなルールも無いしね。確かにキミはコインを手に取ったし、グラスは床に落ちていない。こんな言葉を知ってるか?「ルールは愚か者の作品だ、ルールが無ければ抜け道も生まれないのだから」もちろん、ワタシが今考えた言葉だけど」


「つまり?」


「良いよ、キミの勝ちってことで。キミの事業に金を出そう。ワタシに出させるからには​────精々、儲けてくれよ?」



 こうして、俺への出資者が見つかった。


 この機会を作ってくれた礼として、ネクロン本人からは金を借りないことにした。


 そんなことより早くアリアへの借金を返してやれよな。


 ……さあ、資金は集まった。


 ようやくこの事業が動き出す。


 待ってろよ『Night†Bear』、お前が騙ったのはどんな相手なのか、そしてムラマサに舐めた条件の共同事業を吹っ掛けるとどうなるのか。


 しかと分からせてやる。


 なに、悪いようにはしないつもりだ。


 引退に追い込むだとか、そんなつもりは毛頭無い。


 ただひとつ、彼の生産職人生の出鼻を挫き、偽物であると証明してやるのだ。





 ​────ああ、どうしてこの時の俺は失念していたのだろうか。


 人の偽証を暴くとは即ち、ずっとひた隠しにされてきた真実までもが衆目に晒されてしまうという、至極簡単なことを。

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