49話 獅子熊共同戦線 Ⅲ - 事業計画2

 ムラマサへの土下座から一週間後、俺は再度、Lionel.incのハウスを訪れていた。



「フンッ……フンッ…………」



 Lionel.incはハウス内のトレーニングルームでバーベルを上げていた。


 いつものブラックスーツではなく、ピチっとしたトレーニングウェアを身に着けている。


 ちなみにトレーニングと言っても、別にそれをやることでSTRなどのパラメータが上がるわけではない。


 あくまで見た目だけのトレーニング器具であるから、言ってしまえば“麻雀卓”のような娯楽アイテムでしかない。



『マスター、くまさん様が到着されました』


「……来たか」



 Lionel.incは自作であろうドリンクを飲みながら、いつものホワイトスーツに着替えた。


 現実と違って筋肉が付かない代わりに汗をかくこともない。


 気分転換の為の行為だと割り切るなら、こっちの方が何かと便利そうだ。



「朝から筋トレですか」


「ルーティーンだ。個室の場所は覚えているな、そっちで話そう」


「了解です」



 従い、先日招かれた個室へ移動する。


 前回は使おうとも思えなかった一人掛けのソファーに座り、家主様の到着を待った。


 そうだ、今の内に俺が持ってきた事業計画を見直しておこう。


 今回、俺がLionel.incと共に売り出すのはズバリ、だ。


 まず前提として、武器や防具には単品装備とセット装備というものに分かれる。


 単品装備というのは、レアドロップや限定店売りアイテムのような、希少性があり単品で強力な性能を持つ装備だ。


 対してセット装備とは、単品だけならさほど目立つ性能はしていないが、複数部位を同時に装備することで強力なセットADPアディショナルパワーが発現するというものである。


 まだ『Night†Bear』が売ろうとしているアイテムは、既にゴル新聞が報道してくれていた。


 彼は様々な生産職とコラボして単品装備を売るらしい。


 こちらは2人、向こうは無数のコラボ相手が居るから、あちらの方が生産速度は圧倒的に早い。


 それと戦うには、どの部位の装備だろうと対抗馬となれる商材を用意する必要があった。


 その結果が、セット装備だったのだ。


 詳しい話をすると、セット装備と言っても1種ではない。


『The Knights』シリーズ共通の装備タイプが3種──鎧、軽装、ローブ──存在し、各戦闘職クラスによって装備できる装備タイプは1~2種に限定されている。


 例えばヤマ子のような重騎士ならば鎧のみ、グラ助のようなワノブジンなら鎧か軽装、どんぐりのようなエンドプリーストならば鎧かローブ、といった具合だ。


 それらを1種あたり男女向けの物を用意し、計6種のセット装備を売り出す。


 さて、もちろん俺が考えてきたのは商材だけではない。


 次に考えたのは、戦力の規模、すなわち────予算である。


 クラフトフェスタの時は素材をすべてムラマサから譲ってもらったから、費用はゼロで済んだ。


 が、今回はそうではない。


 生産に使う素材は自らの手でかき集めなければならない。


 充てる予算を決めるにはまず、売り上げの予測を立てなければならない。


 その為にまずはLionel.incの平常時の売り上げを調べた────と言っても、本人から直接資料を貰っただけだが。


『Night†Bear』が展開するコラボ企画は、1週間の期間限定での販売らしい。


 それに重ねるかたちになるから、この商戦は1週間で収束する。


 Lionel.incは新商品をリリースしてから1週間で、だいたい100万ゼル程度の売り上げを出している。


 そこに先日のPvP大会での彼と俺の結果を考慮し、今回の売り上げ予測は120万ゼルほどだと想定した。


 だからと言って、予算を120万ゼルまるごと使うわけにはいかない。


 それでは俺達はただ働きとなってしまう、それは商い人としては失格だろう。


 俺が現実で務める商社でも、そんな事業計画は役員が許しはしない。


 しかし、だ。


 今回の俺の最大目的は、利益ではなくあくまで『Night†Bear』を潰すことにある。


 だからせいぜい10万から20万ほどの利益にでもなれば上々。


 つまり、充てられる予算はピッタリ100万ゼルとする。


 予算が定まれば、次に考えるべきことは2つだ。


 1つ、その予算をどこから持ってくるのか。


 シンプルに手出しならそれで良し、あるいは他のユーザーから出資者を募るもまた良し。


 これについては、俺は出資者の伝手が皆無であるから、仕方なく手出しにすることにした。


 幸いにもPvP大会から生産依頼が入るようになったから、半額……にはちょっとだけ届かない45万ゼルなら用意できる。


 残りは申し訳ないがLionel.incに出してもらうとする。


 考えるべきこと2つ目は、予算をどのように使うかである。


 生産素材をマーケットで購入して集めれば金は掛かるし、当然だが広告を出すにも金が掛かる。


 素材は仕方無し、マーケットで全て集める必要があるから、そこにおよそ70万ゼルを充てる。


 そして残りの30万ゼルを広告費に充てる。


 広告の形態だが、やはり一番なのは街頭広告を出すことだろう。


 実はホルンフローレン内の至るところには、広告板が設置されている。


 王室に寄付をする────という体で、虚無に銭を捨てることで一定期間だけ広告板に広告を出すことができるのだ。


 公式がどういう用途を想定してこんなシステムを実装したのかは分からないが、使えるものは使っておこうという魂胆である。


 ちなみに街頭広告の利用は、1週間あたりほんの数万ゼルで済む。


 ならば何故30万もの額を広告費に充てるのか。


 ────そう、広告の製作費である。


 やはりどデカく広告を出すのなら、目に付く物でなければならない。


 俺達が売るセット装備を有名な戦闘職ユーザーに装備してもらい、そのスクリーンショットを撮影、それを広告に使う。


 デザインの知識は幸いにして、俺が持っている。


 またまた現実の話になるが、キャリアアップに繋がると思って画像編集の技術を習得していたのだ。


 実際にはそんな業務を任せてもらえてはいないし、別部署への異動も転職も考えられるほど余裕のない日々を送っている。


 ……話を戻そうか。


 広告塔となってもらう戦闘職ユーザーは男女3人ずつで6人。


 1人あたり3~4万ゼルほどを支払うことにする。


 結果、広告費に30万ゼルを要するというのが俺の想定である。



「────以上が、俺が持ってきた事業計画です」


「ふむ……」



 事業計画書を書きながら、何度もパリナに添削してもらった。


 最終的には「叩き台としては良いと思いますぅ」とのお言葉をいただけた。


 現実でもこんなにじっくりと事業計画を考えたこともない俺にしては上出来だと思っているんだが……さて、Lionel.incの反応は如何に。



「悪くない。俺が用意した中の一案と酷似している。これを詰めていくとするか」


「ッ! ありがとうございますッ!!!」


「……泣くほど嬉しいのか」


「当然ですよ! これで丸っきりダメとか言われたら、手伝ってくれたパリナさんに顔向けできないですって!」


「『Party Foods』の……なるほどな。お前にしてはやけに出来が良いと思っていたが、そういう事情だったのか」


「ちなみに俺が最初に考えた事業計画書を見た時、論外って言ってました」


「誰しもがそうだ。経験値を積まねば成長もしない。なに、俺と組むんだ、この上ない経験値を得られるだろうさ」



 …………驚いた。


 Lionel.incという男に対する印象は、サイジェン島での初対面と、ムラマサから聞いた情報からしか得られていなかった。


 俺が想像していたLionel.incという人物像は、不愛想で俺様、着いて来られない者に手を差し伸べることはせず置いて行く、そんな冷血な人だと思っていた。


 やはり少ない情報だけで人となりを判断するものではないな。


 実際の彼は、案外面倒見の良い男なのかもしれない。


 そういう意味では、ムラマサと似た部分があるのかもしれない。


 不必要なまでに過保護なムラマサと、背中で導くLionel.inc。


 方法は違えどやはり、真に強い人というのは、意識的にか無意識的にかは別として後進育成をせずにはいられない性質タチなのかもしれないな。



「なんだお前、俺の顔に何か付いているか?」


「いえ、すみません。ムラマサ先輩に似てるなって思って」


「は? 俺がアイツに似ている? ……ミロルーティにも言われたコトがある。全くもって理解できんがな」


「ははっ、でしょうね。本人は得てして気付かないものですよ」



 もしムラマサに同じことを言ったらどんな反応をするだろうか。


 思うに、否定するのだろう。


 そんな2人を身近で見ていた過去のあるミロルーティを、少しだけ羨ましく思った。


 その後、俺とLionel.incで事業計画を詰めていった。


 会議が終わる頃には、ホルンフローレンの空は暗くなっていた。


 会議だけでそんな時間が経っていたことと、それだけの時間を俺との仕事の為に空けてくれていたLionel.incの対応に驚いた、まだまだ初心者生産職の俺であった。



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