48話 獅子熊共同戦線 Ⅱ - 約束破りの功罪

「くまさんクン、ちょっと」



『クラフターズメイト』クランハウスのリビングでLionel.incと始める事業計画を考えていると、ムラマサに呼ばれた。


 どうやらムラマサの個室に来い、とのことらしい。


 今日も珍しくクランメンバーがハウスに揃っているから、密談をご所望らしい。


 ムラマサの個室に入ると、



「座って」



 なんだ、声のトーンがあまりにも低い。


 怒ってるのか?


 もしかして俺、今から説教される?


 そんな気がして、正座で床に座った。



「あ、あの……何か?」


「はぁ…………」



 深い溜息を吐かれた。


 失望の意が見て取れる。


 空気が重苦しい。



「分からないんだ?」


「すみません……。何か怒らせてしまったようだとは分かるんですけど、理由についてはまったく心当たりが無く……」


「ふぅん、心当たりが無いんだ。……約束してくれたのに」



 約束?


 ムラマサと何か約束をしたっけ…………。



「何てこった、約束自体を忘れてるとは」


「ちょ、ちょっと待ってください! まずは約束というのを忘れてたコト自体に謝らせてください、すみません!」


「いーよいーよ、忘れちゃってたんだもんね。忘れるくらいキミにとってはどうでも良いコトだったんだよね。仕方無いからヒントをあげるよ、ライオが連絡をくれたよ」


「Lionel.incが……? …………あっ」



 思い出した!


 サイジェン島採取合宿最終日の夜、ビーチで約束したじゃないか!



『だけど今後、もし誰かにその秘密を明かす必要があるのなら、最初の人はボクだったら嬉しいなっ!』



 我が事ながら信じられない……。


 どうして忘れてしまっていたんだ……。


 俺が『Spring*Bear』であることをLionel.incに明かそうと決めたのも、相当に悩んだ結果の決断だった。


 しかし明かすと決めた、そうでなくては協力を得られないだろうと思ったからだ。


 だけどその決断には“ムラマサに明かすか否か”は全く関係が無いじゃないか。


 どっちでも良いなら、どっちだって俺の決断は変わらないのなら────いや、どうだろう。


 俺が始めたこの戦いは、俺の為の戦いではないのだ。


 ムラマサが俺に謝ったあの表情を許せないと思ったからだ。


 俺は、この戦いをムラマサに知られることなく終わらせるつもりでいた。


 実際にはそうならないだろうが、それでも、クランメンバーの力を借りずに戦いたかった。


 それは即ち、ムラマサにさえ“俺”の真実を隠すことになるから、根本からして間違っていたのだが。



「はい、俺が『Spring*Bear』のセカンドキャラです。隠してて……いえ、一番初めに言えなくてすみませんでした」



 床に三つ指付いて頭を下げて謝った。


 正真正銘、土下座の姿勢である。



「ちょっとちょっとちょっとっ! 頭を上げてよくまさんクンっ! そこまでされるとこっちが申し訳なくなるじゃないっ!」


「いえ、約束を破ったのは俺なので」


「いいよいいよっ! ちょっとイジワルしたくなっただけなのっ! だからほら、顔を上げてよっ!」



 ムラマサに無理やり上体を起こされ、仕方なく土下座を止めた。



「それで? ライオと何を企んでるのかな?」


「えっ、直接話を聞いたんじゃないんですか?」


「ううん、ただ一言だけ……『くまさんが『Spring*Bear』だと言っていたぞ』って個人チャットが飛んできたんだよ。それを明かすくらいだから、何か2人で企みがあるんだろうなって思ってさ」


「なるほど……というか気になるのってそっちなんですか? 俺が『Spring*Bear』だったんですよ? 普通はそこを掘り下げたいと思うものなんじゃないんですか?」


「いや、それは別に。だってこれまでボクが付き合ってきたキミはキミだもの。キミという人の内側には“元最強の戦闘職”って一面があった、それはボクにとって新たな情報、新たなキミへの印象じゃない。キミという人間に対する答え合わせに過ぎないんだ。だからどんな過去があろうとも、キミはボクのカワイイ後輩の『くまさん』なのさ」


「ごめんなさい、ちょっと言い回しが迂遠すぎてよく分からなかったです」


「ちょっとぉ!? 映画やドラマなら名言まとめに入りそうな台詞だったよねっ!? カッコ良かったはずだよねっ!?」


「いや、俺も貴女も創作上の人物じゃないですから……」


「そりゃそうだ。……で、ライオと何するの? 楽しいこと?」



 きっと────この事業計画を話せば、ムラマサは協力すると申し出るだろう。


 それではダメなのだ。


 その戦いの動機について、嘘を吐くわけにはいかないのだから。


 だからって約束を破ったばかりで、また秘密を作るというのは……。


 仕方無い、今回ばかりは素直に話そう。



「『Night†Bear』を潰すんです、生産職として」


「なるほど、キミも中々攻めっ気を出すようになったね。だけど生産職に競争は付き物だ、頑張りなよ」


「えっ?」



 あれ、思ったより反応が軽いな。


 協力したいとか、むしろ一枚噛ませてくれとか、そういう反応が来ると思ったのに。



「あ、あの……こんなこと言うとちょっと自意識過剰みたいなんですけど、ムラマサ先輩も参加したいとか言われるかと思ってたんですけど」


「あ~、う~ん、もちろん一瞬は過ったよ? だけどボクを誘わなかったってことは、本心では彼と2人でやりたいんだろう? いつも女の子に囲まれてるもんね、たまには男だけでやってみるのも良いかもね。……もちろん、ちょっと寂しくはあるけどさっ」


「ありがとうございます、クラフトフェスタのような結果にはならないよう頑張ります」


「あっ、そうだ。やっぱり約束を破られたことは許せないから、この戦いが終わったらボクとお出かけしてよ。キミを連れて行きたい所が沢山あるんだ」


「もちろんです、荷物持ちでも護衛でも何でも任せてください」


「ふふっ、そうだね。何せ“元最強の戦闘職”だもんねっ!」



 ムラマサからエールを貰い、再度事業計画を練るべくリビングに戻った。


 リビングのテーブルに置きっぱなしにしていた事業計画書に、アリアを初めとした残りのクランメンバーが集まって覗き込んでいた。



「ちょっ、何見てるんですか!」


「あっ、くまっち戻ってきちゃった」


「これ何? アンタ、何かデカいことやるの?」


「良いわね~、くまさん君も専門生産職らしくなってきたわね~」


「えっと、どうですかね。俺的にはよくできてると思ってるんですけど」


「あー、それについてパリナから一言物申したいらしいよ。はいパリナどうぞ」



 これまで黙っていたパリナが、溜めを作って端的に言った。



「役無しチーくらいありえないです」



 麻雀をあまり知らない諸兄の為に翻訳しよう。


「論外です」と言われたのだ。



「そ、そうですか……」



 Lionel.incとの打ち合わせまで、まだ日がある。


 それまでもっと詰めていこう。


 最低限、パリナが良しとするくらいには。


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