45話 創刊!ゴル新聞

 2033 Summer PvP Battle Tournamentは、グラ助の優勝で幕を閉じた。


 結局シズホとの試合以外はすべてパーフェクトゲームでの優勝という歴史的快挙を達成した彼は、『Spring*Bear』が居なくなった現在、堂々と“最強”の名を手に入れたのだ。


 惜しくもベスト8止まりで表彰台を逃したシズホだったが、2次職での決勝トーナメント進出と、“『GrandSamurai』に唯一傷を付けたユーザー”として一躍有名になったらしい。


 お陰様でシズホに装備提供をした俺・アリア・ネクロンチーム流し満貫のブランドの名も広まり、少しづつではあるが、装備の生産依頼も入るようになってきた。


 とは言え、やはり優勝したグラ助に装備提供をしたムラマサやミロルーティ、そして大会そのものとコラボをしていたパリナと比べれば……うん、流石に広告効果は劣るというもの。


 それでも俺は生産職として1歩、いや2歩も3歩も前進できたイベントだった。


 こんな機会を与えてくれたシズホや、共同提供に乗ってくれたアリアとネクロンには感謝してもしきれない。


 そんな熱狂のイベントから1週間が経ち、俺は『クラフターズメイト』のクランハウスで依頼された武器の生産を行っていた。





 ​────ピンポーン。





 ハウス玄関の呼び鈴が鳴った。



「ごめんくまさん、出てもらえるー? ちょっと今アタシ手が離せなくて」


「了解です」



 誰だろう。


 わざわざクランハウスに訪れての客ということは、生産依頼ではなさそうだ。



「はい、どなたです?」


「どーもなのだ!」



 ドアを開くと、芦毛の髪に体格が良い、真っ赤な勝負服​────もとい衣服に身を包んだ、女性獣人ビストレアが立っていた。


 そして頭上のシルバーのネームプレートには『ゴールドシップ』と表示されている。


 ふむ。



「返せ俺のお年玉貯金ッッッ!!!」


「うぉー!? いきなり何なのだ!? 初対面の相手から垂直ジャンプからのドロップキックが飛んできたのは生まれて初めてなのだ!」



 残念、戦闘職のクラスレベルを上げていない俺のSTRじゃまったく威力が出なかった。


 俺は立ち上がり改めて、憎くもあるが愛しくもある名馬の名を関するその女性の顔を見つめる。


 なるほど。



「どなたです?」


「オレっちのこと知っててキックしたんじゃないのだ!? 名前だけ見て!? さては悲劇の宝塚記念の被害者なのだ!!!」



 遡ること18年前、2015年の宝塚記念。


 当時高校生だった俺は、競馬好きの親父に連れられて阪神競馬場へ赴いた。


 未成年は馬券を買えず、それまで貯め込んだお年玉を親父に預けて挑むはメイン11R。


 当時の親父と俺はゴールドシップという競走馬に夢中だった、大ファンだった。


 馬群で目立つ芦毛の馬体、最後尾から一発逆転の追い込み大捲りというドラマチックな脚質に、毎レース興奮させられた。


 そして迎えた2015年・宝塚記念。


 単勝オッズ1倍台の1番人気にまで期待されたゴールドシップは、ゲートが開いた途端に立ち上がり壊滅的な出遅れを喫し、そのまま何も起こらずにレースは終わってしまったのである。


 小学生の頃から手を付けずに貯金していたお年玉の総額は5万円。


 社会人になった今からすれば「ま、まあまあ…………」くらいの心の捻挫程度で済むが、高校生の俺からすれば致命傷も致命傷。


 その頃から若干、親父との関係に溝が生まれてしまったのは余談である。


 仕方ないね、ゴルシだし。



「ちょっと騒がしいんだけど……って、ゴールドシップ!?」


「あっ、もしかしてアリアさんのお客さんで​すか?」


「アリアなのだ! 今日こそ情報を売っ────」



 ​────バタン、ガチャリ。



「危なかったわ……」



 アリアが玄関のドアを強引に閉め切りロックを掛けた。



「ア、アリアさん……?」


「良いくまさん? アイツを見たら即逃げなさい。関わるとロクなことにならないから」


「は、はぁ……。なんか情報を売るだか売れだか言ってましたけど」


「アイツはのゴールドシップ。疫病神よ」



 情報屋と来たか……。


 正直、ゲームの攻略情報なんて企業運営の攻略サイトを見れば大体のことは分かる。


 そうじゃなくても、今や多くのYouTuberが攻略情報をまとめた動画を投稿していたりもする。


 だってのに情報を商材に商売ができるものだろうか?



 ​────ピンポーンピンポーンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!!!



「ああもううるさいっ!」


「あっ、開けた」


「どーもなのだ!」


「何度も言ってるでしょ! シズホの情報は何も売らないって!」


「えー! そんなこと言わず売るのだ売るのだー! 時の人の情報ならどんな些細なことでも高く買うのだ!」


「シズホさんは『Spring*Bear』に憧れてるらしいですよ」


「そんな周知の事実が金になるとお思いなのだ?」



 チクショウめ。



「とにかく帰ってもらえる? もう2度とここには来ないって約束もして!」


「まあまあアリアさん、そこまで無碍にするのは可哀想ですよ。……シズホさんは大勢の人に見られることに慣れている」


「ほう! それはちょっと面白い情報なのだ! はい、1万ゼルあげるのだ」


「こんなに貰って良いんすかァ!?」


「アンタ、ぶち殺すわよ?」


「ハイ、スンマセン」


「ちなみに、今日の用事は別にあるのだ」


「結構よ、ロクでもない未来しか見えないもの」


「まあまあそう言わず、きっとアリア殿の​────いいや、『クラフターズメイト』全体のお役に立てる話なのだ」



 アリアは悩んでいる。


 思うに、この情報屋のせいで何度も痛い目を見てきたのだろう。


 しかし俺としては……仲良くしたいと思っている。


 きっと生産職の戦いは、攻略サイトに載っていないような日々流動的な情報が肝になるだろうからだ。


 決して、他ユーザーのゴシップなどに期待している訳ではない。


 本当である。


 俺が視線を送ると、アリアは溜息を吐いてから、渋々ゴールドシップをハウス内に招き入れた。



「緑茶、コーヒー、紅茶、“レッディサワー(ノンアルコール)”がありますけど、どれにします?」


「おっ、もしかして『Party Foods』のジュースなのだ? 最近在庫切れらしくて供給が滞ってて中々手に入らないのだ。是非とも、いただきたいのだ!」


「アタシはコーヒーをお願い」


「ミルクとシュガーたっぷりですね」



 2人の希望のドリンクを用意して居間のテーブルに運んだ。


 ちなみに俺はホットティーにレモンを添えて。



「それで? 用事ってなんなの?」


「うん、まずはこれを見てほしいのだ」



 と言ってゴールドシップは、現実では見慣れた、されどこちらの世界ではで目にする事が無い紙の束を2部渡してきた。



「おー、新聞ですね」


「そうなのだ! 実はこの情報屋・ゴールドシップ、新聞を創刊することにしたのだ!」


「へえ、中々面白そうね」


「一面見てくださいよ、この間のPvP大会の特集記事がありますよ」


「決勝トーナメント進出者と、そのユーザーに装備提供をした生産職の名前、ブランド名も載せてるのだ」


「憎たらしいくらい気が利くわね」


「よっと! 試読はそこまでなのだ!」



 手際良く俺とアリアが読んでいた新聞を回収するゴールドシップ。


 なるほどな、用事ってのはつまり……。



「もっと読みたきゃ定期購読してほしいのだ!」



 飛び込み営業って訳か。


 そういうの、嫌いじゃないぞ。


 現実世界ほどではないが、このゲーム内にも膨大な数のユーザーが居る。


 そんな中、足で稼ごうというその根性、気に入った。



「俺購読しますよ、どれくらいのペースで届くんですか?」


「そんな即答でアンタねぇ……」


「どれくらいのペースって、新聞なんだからそりゃ毎日なのだ」


「まっ、毎日!? さすが情報屋ですね……」


「あっ、でも隔週で日曜日はおやすみなのだ。それがリアリティーなのだ!」


「で、購読料はいくらです?」



 生産依頼も入ってるし、足りなくて購読できないなんて事にはならないとは思うが念の為、だ。



「1ヶ月5,000ゼルなのだ」


「分かりました。では初月分を今払っちゃいますね」


「個人取引…………承認っと。毎度なのだー!」


「俺が購読する分をクラン内で回し読みしてもいいですよね?」


「もちろんなのだ! アリア殿にも是非とも読んでほしいのだ!」


「アタシのゴシップとか載せてたら取材料請求するからねっ!」



 そこは掲載取り止めとかじゃないのかよ。



「安心してほしいのだ、ゴルシの新聞​────ゴル新聞には、みんなを熱狂させる記事しか載せないのだ!」


「キレていいわよね?」


「ドウドウ」



 その後、結局アリアも自分の分を確保したいということで購読を決めた。


 クラン内で2部とあれば回し読みするには十分だろう。


 改めて試読誌を読んでみると​────天晴れ、素晴らしい新聞だ。


 直近の大きなイベント事、今ならPvP大会の参加者インタビューであったりが一面に掲載。


 中面は最新アップデート情報を分かりやすくまとめたコーナーや、ボスモンスターの攻略情報、マーケットでの主要アイテムの相場変動、ゲーム内NPCキャラクターが登場する4コマ漫画もあったりと、普通に読み物として楽しめた。


 これ、現実で電子新聞として発行すれば普通に金取れるんじゃ?


 まあそこはゴールドシップにも何らかの考えがあってのことだろう、わざわざ言及するのは止めておいた。


 去り際、ゴールドシップはこう言い残した。



「明日の一面、ご期待あれなのだ!」





 ​────そして翌日、正規版第1誌。


 第一面には衝撃の記事が掲載されていた。










『直撃取材! 私が『Spring*Bear』のセカンドキャラです。

      消えた元“最強”は、生産職でスローライフをしていた!?』










 そこには、『Spring*Bear』に似せて作られたであろうアバターのスクリーンショットがでかでかと載せられていた。


 そう、偽物が現れたのだ。

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