獅子熊共同戦線 編

46話 新規参入

『直撃取材! 私が『Spring*Bear』のセカンドキャラです。

      消えた元“最強”は、生産職でスローライフをしていた!?』



 ゴル新聞に掲載されたこの見出しと偽物のスクリーンショットは、瞬く間にホルンフィア大陸中を駆け巡った。


 そのニュースは当然、戦闘職に限らず生産職のユーザーにも衝撃を与えた。



「ちょっとみんな見たわよねっ!?」



『クラフターズメイト』クランハウスにて、今日は平常日にしては珍しく全員が揃っていた。



「見たよ見たよもちろん見たよ、ゴル新聞のアレだろう? 良いねぇ、生産職界隈が盛り上がりそうだっ!」


「『Spring*Bear』がこの間のPvP大会に居なかったのもこういうコトだったのね……」


「怖いよね。元最強の戦闘職なワケでしょ? ネームバリューは十分、あたし達にとってはとんでもないライバルの登場じゃん」


「う~ん、どうかしらね~。万が一これが本当だったとしても、生産職についての知識が無い相手に市場が脅かされるかしら~」


「料理士じゃありませんようにぃ……料理士だけはやめてくださいぃ…………」



『クラフターズメイト』内でもこのニュースに対しての感想は様々だ。


 ユーザー全体となると、より多くの意見感想が浮かんでいるのだろう。


 戦闘職ユーザーからすれば一過性のニュースに過ぎないだろうが、生産職ユーザーにとってはそれでは済むまい。


 賛否両論なのは当然のこと、それがどれだけの割合で存在しているのかが気になるところだ。



「おや、やけに静かだね。くまさんクンはどう思ってるのかな?」



 どう思っている、か。


 皆は“彼の参入で界隈がどうなるか”という視点で見ているのだろうが、俺は、俺だけは違う。


 そりゃそうだ、何せソイツが偽物だって分かってるんだから。


 とはいえ、俺以外の人間にはソイツが偽物だとは分からない。


 俺が正体を隠している以上、言ったもん勝ちな状況なのである。


 ではここは、あくまで“彼が本物である”という前提で意見を述べるとしよう。


 正体を隠したい俺の立場からすれば、むしろソイツのおかげで正体バレする可能性が低くなったのだから。



「良い影響もあれば、俺達にとっては好ましくない影響もあると思います。ネクロンの言う通り、『Spring*Bear』のセカンドキャラってだけで生産物を買いたいって人は居そうですしね。現実と同じですよ。同じ品質、同じ値段なら、ネームバリューがある方を買うのが大衆心理じゃないですかね」


「ふむ。…………なるほどね、キミはそういう考えなんだ」



 何やらムラマサが訝しげな視線で俺を見ているような気がするが、きっと俺の気のせいだろう。





 ────ピンポーン!





 クランハウスの呼び鈴が鳴った。


 最近、妙に客が多いな……。


 一番の後輩である俺が進んで玄関に向かう。



「あれ、お久しぶりです」


「やあ、ご無沙汰だね。先日のPvP大会はおめでとう、僕も君への見方を変えなくてはならないらしい」



 来客はなんと、『Initiater』クランマスターのミステリオだった。


 会ったのは確か……そうだ、サイジェン島採取合宿の時以来だ。


 今日も今日とてキンピカのハンマーが癪に障る色男だ。



「またまた。ミステリオさんが装備提供した方は表彰台ベスト4だったじゃないですか。まだまだ敵いませんよ」


「フフンッ、素晴らしい。弁えるところはしっかりと弁えてるようだ」



 もちろん世辞である。


 ミステリオが装備提供したのは“メタ読み”の『ドリグバ』。


 彼は準決勝でグラ助と戦い、全試合中最速で勝敗が決したのだ。


 それを考慮すれば、準々決勝とはいえあのグラ助を追い詰めたウチのシズホの方が優秀だ。


 おそらくだが、相手がグラ助でなければシズホは表彰台に上れていただろう。


 断じて言おう、俺達が負けたのはグラ助とムラマサ達であって、ミステリオには負けてない。



「ところでムラマサは居るかい?」



 ミステリオは俺の背後、つまりクランハウス内を覗き込みながら訊ねた。



「居ますけど、どういった用事です?」


「君もは知っているだろう? それに関する話、かな」



 なるほど、迷惑行為ではなさそうだ。



「どうぞ、丁度全員揃ってるんですよ。下手なコト言ったら袋叩きなのでお気をつけて」


「忖度してくれ、サイジェン島で会った日から戦闘職はレベリングしていないんだ僕は」



 良い情報を手に入れた。


 コレ、ゴルシなら高く買ってくれませんかね?



「まったく……おいおいムラマサ! 君はいつでも美しいな! あれ? このハウスって女神ホルンフィアの彫像なんて置いてたっけ? なんて勘違いしちゃったじゃないか!」


「ハァ……………………ヘルプミー」



 もしかしてなんだけど、ムラマサに相性有利を取れてるのってミステリオだけなんじゃないだろうか。



「それで~? あなたが一人で来るなんて珍しいんじゃない~?」


「確かにそうね。ミカリヤは一緒じゃないですか? いや、アタシとしては居ない方が助かるんだけど……」


「あぁ……彼女とはちょっと、ね。そんなことよりも、だ。今日はムラマサにとって良い話を持ってきたのさ」


「はい明らかに地雷っぽい枕詞出たよ。ムラマサ、聞く耳持たない方が良いと思うよ。雀士の勘がこれは危険牌だって叫んでる」


「おいおい……冷静に考えてくれよ。この僕が、愛するムラマサに迷惑を掛けると思うかい?」



 迷惑しか掛けてないだろ。



「迷惑しか掛けてないですよ」


「迷惑しか掛けてないよね」


「存在自体が迷惑じゃぁ……」


「うふふ~~~~~~~~~」



 嗚呼、愛すべき我らがクラン。



「ま、まあ……話くらいは聞いてあげようよ、ねっ?」



 肝心の、最も迷惑を被ってるはずのムラマサの心は宏量だった。


 仕方無い、クランマスターがそう言うなら従おう。


 アリア、ミロルーティ、ネクロン、パリナの4人に視線を送ると、考えは同じようで、皆一様に不満げな表情を浮かべながら微かに頷いた。



「ありがとう、ムラマサ。結婚しよう」


「ムラマサ先輩コイツを袋叩きにする許可をッ!」


「そうよコイツは全女性の敵よっ!」


「丁度良いや、戦闘用“機械人形”の試運転をしたかったところなんだよね」


「ネクロンさん、今すぐ賭け麻雀の用意をお願いしますぅ! 数年ぶりに本気の麻雀やらせてくださいぃ!!!」


「う ふ ふ ~」



 我ら『クラフターズメイト』、共通の敵には女神もビビるほどの残虐性を見せるんだぜ。


 しかし俺達の野獣が如き眼光に恐れを為したのか、ミステリオはムラマサへの結婚申請を取りやめた。



「話というのは、クラン同盟の誘いなんだ」


「クラン同盟? ……って何ですか?」


「そうだよね、くまさんクンは知らなくて当然だ。クラン同盟ってのは、複数のクランがある決まりの元に協力しましょうっていうやつだね。あっ、別にそういうシステムがあるワケじゃないよ」


「なるほど」


「ミステリオからの誘いってコトを度外視すれば、魅力的な提案ではあるんだよねぇ……」


「アタシは反対。あくまで『クラフターズメイト』は、少数精鋭かつ楽しくガチでってのが決まりでしょ? 大人数であることを最大の利としてる『Initiater』とは相容れないわ」


「まあまあ、まずは詳しい話を聞いてからにしようよ。それで? 条件は?」


「ああ、聞いて驚くと良い。────これはね、あの『Spring*Bear』のセカンドキャラである『Night†Bear』からの直々のお誘いなのさ!」



 おっと、話が変わってきたぞ。


 例の偽物が、まさか直接関わろうとしてくるとはな。


 いやもちろん、俺へのお誘いというワケではないのだろう。


 どちらかと言えば、あのグラ助に『Lionel.inc』と共に装備提供をしたムラマサ・ミロルーティを見てのお誘いなのだろう。


 なんともミーハーな奴だ、あまり良い印象は持てないな。


 名声を捨てて完全にゼロから、何だったらソロプレイをするつもりだった俺とは正反対の野郎だ。



「彼が新たに起こしたブランド『Bear’s something』とのコラボアイテムを同時展開しようという話なんだ。売上は8割が『Night†Bear』とコラボ相手で8:2と条件はお世辞にも良いとは言えない……が、これを僕はチャンスだと思っている。彼の名声にあやかれるんだ。長い目で見れば、悪い話ではないだろう?」



 ミステリオの言い分は理解できるし、普通の生産職ユーザーなら飛びついて然るべき儲け話なのだろう。


 だが、それでも……。



「お断りだね」


「んなっ!?」



 さすがムラマサだ、そう言ってくれると信じてた!



「確かに絶好の商機ではあると思うよ。だからミステリオが間違っていると言うつもりも無い。だけどボク達は皆、自らのブランドと生産物にプライドを持っている。8:2などという配分にも驕りしか見えない。長い目で見れば悪い話では無い? 言語道断だ。この同盟のせいで、今後業界内で安く見られてしまうんだよ。それをボクは良い話だとは思えない。すまないね、わざわざ御足労いただいたのに。今日のところはお引き取り願おうか」



 そう言い切ると、ムラマサは早々にリビングを出て自室に籠った。


 最愛のムラマサにあそこまで言われては、さしものミステリオとて引き下がれはしない。


 おとなしくハウスを出て行く彼の姿はどうも、同情を禁じ得ない虚しさがあった。





 ────ムラマサのその決断は、果たして正しかったのだろうか。


『Night†Bear』の参入によって、生産職界隈の力関係は大きく動くこととなる。


 それを俺は、ムラマサは、そして『Lionel.inc』ですら、予測できていなかった。



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