43話 2033 Summer PvP Battle Tournament ⅩⅦ - まだ遠き

「もしかして、あのシズホさんですか?」



 ホルンフローレン冒険者ギルド本部でクエスト達成報告を済ませると、知らない女性ユーザーに声をかけられた。


 あの、と言うのは当然────PvP Battle Tournamentでの活躍を指しての言葉だろう。



! 会場観覧の抽選は外れたんですけど、中継で観てました! すごくカッコよかったです!」


「ありがとうございます、装備を提供してくれた方々のおかげです」


「そんなそんな! シズホさんが凄いからですって! 『ヤマダヤマ』戦も『GrandSamurai』戦も、本当に凄かったです!」


「そうでしょうか? でも……いえ、そう言ってもらえるなら、少しは自分の努力も認めてあげようと思います」


「はいぃ! ……あっ、引き止めちゃってすみません! これからも頑張ってください、応援してます!」



 言って、その女性はパタパタと走り去った。


 私はその足でレストランに向かった。


 ホルンフローレンの中でもやや高級めの、綺麗な内装の店である。



「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか」


「2人で予約しているシズホです」


「お待ちしておりました。お連れ様は、後から?」


「はい。先に座らせていただいても?」


「もちろんでございます。では、ご案内いたします」



 ここまで丁寧かつ柔軟な接客をNPCがするとは、現代科学の発展は様々な分野にまで波及しているらしい。


 店内最奥の、目立たないテーブル席に案内された。


 席に就くと、ウェルカムドリンクを選ばせてくれた。


 今日は込み入った話をせねばならないから、景気づけに疑似アルコールのドリンクを選んだ。



「“ホワイトワイネ”です」



 白ブドウの風味がする、スッキリとした味わいの飲料……現実で言えば白ワインのような味だ。


 現実ではさほどアルコールを好んで飲みはしない、あまり強くないから。


 だけどVR空間ここでなら、悪酔いすることはなく、心地好い酩酊だけを与えてくれるから好きだ。


 入口の方で動きがあると、毎度視線をやっていた。


 楽しそうに出て行く男性3人組、仲睦まじげに入ってくる男女カップル、妙なサングラスをかけてあたりをキョロキョロしながら入ってくるや否や店員NPCに話しかけられ「ひゃいぃ……っ!?」と変な声を上げている小柄な獣人ビストレアのパリナさん。


 それらが時間差に、私の視界を通り過ぎた後に、待ち人がやってきた。


 その人は店員NPCと一言二言言葉を交わすと、私の待つ席へと案内されてきた。



「おまたせシズホ。ごめんね、実はオリジナルのウエディングドレスを仕立ててほしいって相談を受けちゃって。その打ち合わせで遅れちゃったのよ」


「いえ、私も来たばかりですので。アリアさんこそ、お忙しい中で時間を作っていただき、ありがとうございます」


「それで、話って? あっ、改めて……優勝おめでとうっ! おかげさまで「シズホさんが大会で来てた防具一式が欲しい!」って注文が殺到してるのよね」


「アリアさんを始めとした、皆さんの協力あっての優勝ですから。……あの、話というのはですね、GrandSamuraiさん戦の時のことでして」


「あぁ、ステージ脇まで行っちゃったやつ……言ったかしら? あの後アタシ怒られちゃったのよね……」


「もし、もし……私の勘違いだったらそれで良いのですが」


「うん?」


「…………私の本名、知ってますか?」



 尋ねると、アリアさんは少し気まずそうな顔をした。


 アリアさんの分のウェルカムドリンクが運ばれてき、彼女は間を誤魔化すように一口含む。


 コトン、とグラスをテーブルに置くとようやく、私の問いに答えてくれた。



「うん、知ってる。静穂でしょ? 静かな、稲穂の穂」



 やっぱり。


 私は声のボリュームを落として更に尋ねる。



「もしかしてリアルでのお知り合い、でしょうか?」


「ウソでしょ? 気付かない? それともあんな過去、忘れちゃったとか?」



 忘れてなどいない。


 忘れられるなら忘れてしまいたい。


 あの頃を思い出し眠れぬ夜などいくらでもあった。


 大嫌いで大好きな、あんな過去を。



「じゃあやっぱり…………朱莉なんだ」


「ん、正解。遅いよ、気付くの」


「いや、あの頃とは喋り方とか全然違うじゃん。むしろなんで私だって気付いたワケ? 見た目も違えば声も変えてる、喋り方だって全然違うのに」


「見た目はまあね、声もそう。だけど喋り方は、偉い人とか気に入られたい人と喋ってた時の静穂まんまよ。まるで真面目な清純派です~みたいな」


「まるで、は要らないから! あの時だってそれで上手くいってたし、今だってくまさんさんとネクロンさんにはそれで通してんだからっ!」


「あ、ちなみに気付いた理由って喋り方だけじゃないわよ。流石にそれだけで断定できるワケないじゃない?」


「じゃあ何でよ。それ以外は完璧だと思うんだけど」


「手書きメモの筆跡よ」


「あっ…………」



 そうだった。


 勉強用のメモを、装備生産の参考にしたいからって朱莉達に共有したんだった。


 手書きじゃなくて仮想キーボード入力にすれば良かった……。



「静穂ってさ、台本への書き込み半端じゃなかったでしょ? メインキャスト常連になってもその努力は止めなかったし。それをずっと隣で見てたんだもん、気付くに決まってるわよ」


「私も変わってないってコトか」


「いやめちゃくちゃ変わったでしょ、アタシがメインヒロインに選ばれた時から」


「ねえ待って、それ今更言う? もしかしてこの数年で性格悪くなったんじゃない?」


「どうかしらね。ずっと隣で見てたから似ちゃったとか」


「私は性格が悪いんじゃなくて合理的な人付き合いをしてただけだし!?」


「はいはい、合理的合理的。それで? ただ確かめたくてアタシを呼んだの? あっ分かった、くまさん達にはバラさないでくれってコトでしょ。だからこんなイイトコで奢ってくれるんだぁ」


「その通りだけど、悪い? ネクロンさんはまあ……最悪バレても大丈夫そうだけどさ。くまさんさんはほら、純粋というか……本当に真面目じゃない。そんな人には真面目で清楚なとして接したいのよ」


「ふぅん……。ま、アイツが真面目かどうかは別として、良いんじゃない? でもそっか、くまさんには気に入られたいんだ? 何で?」


「…………やり直したい、というか」


「やり直す?」


「だから、その…………いい人を、今度は裏切りたくないなって」


「……………………」


「何か言ってくんない!? こっ恥ずかしくなってきたんだけど!」


「罪悪感、あったんだなぁと思ってさ」



 罪悪感、か。


 あったに決まってんでしょうが。


 あの頃のアンタは誰よりも真面目で、人の成功を心から喜べる奇特な人で、そんな純粋さが妬ましくも羨ましくもあった。


 だからカッコつけたかったし、負けたくなかったし、私の方が凄いんだって見せびらかしてた。


 だけどそんなのは幼稚な強がりでしかなかった。


 ハリボテのプライドだったから、ちょっとした綻びでいとも簡単に崩れ去った。


 そのショックをアンタのせいにして、自分は負けてないって思いたくて、嘘まで吐いて戦いから逃げた。


 自衛のつもりだった。


 アンタを傷つけて、自分も傷つけて……。


 手元に残ったのは小さな小さな子供の言い訳と、抱えきれないほどの罪悪感だったのだ。



「凄いよ、朱莉は」


「んなっ、何よいきなりっ!? 静穂に褒められるとかムズ痒いんだけどっ!?」


「一度も逃げなかったんだもんね。今は? まだ舞台続けてんの?」


「まさか」


「さすがにか」


「はぁーっ!? どうせアタシはあれ以降メインヒロイン演らせてもらえなかったですよーだっ!」


「うける」



 それからコース料理が運ばれてきてからも、朱莉とは思い出話に花が咲いた。


 極力周りのユーザーに素性がバレないようには気を付けたつもりだったけど、もしかしたら……。


 なんて、誰も気にしてないわよね。


 だって世界のすべてが私に興味がある訳ではないのだから。


 そう思えるようになっただけ幾分か、



「美味しかったぁ、ごちそうさまですっ!」


「ったく……こんな初心者にあんな額奢らせるとか…………」


「いや、奢るって言ったのそっちだし」


「まあね、賞金でガッポリだから痛くも痒くもないかな」


「うっわヤラし……」



 朱莉はこの後、『クラフターズメイト』のクランハウスに用があるらしく、そこまで一緒に歩いた。


 丁度空も暗くなっていて、あの頃の稽古場からの帰り道みたいだった。



「それではアリアさん、大会の時から本当にありがとうございました」


「えっ、なに? 多分ハウスには誰も居ないから気にしなくて良いと思うけど」


「何を言っているんですか? 私は気に入られたい人にはこの喋り方をするんです」


「…………ごめん、ちょっと意味がよく」



 ったく、肝心なところで察しの悪いやつ。


 皆まで言わせるつもり?



「だから! ……新米の戦闘職として、華々しい活躍をされている生産職のアリアさんとは、今後も仲良くさせていただきたいんです」


「うわっ、尚の事ヤラしい……。でもまあ、それはこちらこそよ。また何かあったら是非『クラフターズメイト』をご贔屓に。超一流の生産職がアンタを助けるから」


「わぁ、自分で超一流とか言ってる」


「よし決めたわ、アンタの本性すぐバラす。なんなら掲示板に晒すしにも売るわ。大会優勝者ってことで高値で売れそうだしねっ!」


「ほんっっっっっとに止めて?」



 なんてやり取りも、あの頃の苦い記憶を中和してくれるようで、楽しい。


 もし私が『Spring*Bear』みたいに強くなれたのなら、その時はくまさんさんにも素の私を晒しても良いかもしれない。


 だってその時には、私は彼に返しきれないほどの恩を受けているだろうから。


 そんな日が迎えられたら……。


 そんな未来があったら────。










 ────そんな、そんな、すべてが上手くいった楽しい明日が、ふと。










 それが走馬灯のように、脳裏に過った。


 ここで勝てたら、きっと後も勝てるはず。


 お願い、これで、勝たせて。終わらせて。



「私だって────勝てるんだからッッッ!!!!!」



 それは祈りのようで、真に強い人にはなりきれていない自分を鼓舞する為の言葉。


 背から放たれる『天和』子機が放つ渾身の絨毯爆撃、空いた両の手はいつの間にか胸元で固く組み握り込んでしまっていた。


 超広範囲爆撃によって、闘技場ステージを硝煙が覆い隠した。


 それが晴れた時、GrandoSamuraiさんが地に伏せていれば私の勝ち。


 お願い、そこに居ないで、もう動かないで、疾走はしらないでっ!





 ────刹那、キラリと双の光が映る。





「っ!」



 それは2振りの日本刀。


 黒煙切り裂き迫る刃。


 柄の先は空、されどベクトルは愚直なまでに。


 祈ることしかできぬその身を、残酷なまでに問い詰める。


 ────最強とは何ぞや、と。



「『天和』っ!!!」





 ────ガキンッ!





「間に、あった……」



 空中で『天和』のバリアを展開し、すんでのところで投げられた2振りの刃を凌ぎ切った。


 しかし当然、私の身体は空中に投げ出され、そのまま床へ。


 落ちる身体、駆けて往く垂直の世界。


 視界の隅には、試合時間の表示が────あと、5秒。



「勝った」



 確信した。


 煙の中から刀を【投擲】したのだ、逆説的にあの爆撃攻撃に対して防衛行動を取らなかったという事になる。


 あれほどの火力、そして彼ほどの特化構成ならば耐久は無い、削れている。


 2秒。


 このまま床に落ちる。


 墜落時の落下ダメージを受ける前に試合は終わるだろう。


 勝ちだ、勝ちだ、勝ちだ!


 ありがとう、朱莉。


 今度こそ、今度こそ、今度こそ!


 私は逃げなかった!


 私は戦い抜いた!


 どれだけ無様を晒しても、心が折れそうになったとしても、探し抜いた勝ち筋を────拾えたんだ!


 1秒、1秒、1秒!










「勝ったと思ったっしょ?」










 堕ちる私の脇腹に、魔矢が深々と刺さっていた。


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