42話 2033 Summer PvP Battle Tournament ⅩⅥ - 飛べ

 アリアさんが防具に仕込んでいたバグ技には初めから気付いていた。


【卯ノ花】と【漁士の腕っぷし Lv.2】を組み合わせることで起こる、HP満タンから一撃死クラスのダメージを受けるとランダムな位置にワープし全回復するというこのバグ技は、しっかりとメモに記してある。


 だけどSTR特化のヤマダヤマさんでさえそれほどの火力は出せなかったから、発動する機会は無いと思っていた。


 しかしそれのおかげで、私の命は繋がった。


 この試合はまだ終わらない、まだ負けてない。



「────起動アクティベート装着インストール



“機械人形”『天和』を装備、そして即座に飛翔。


 ワノブジンはタンク職ではないから、【タウント】のような強制引き寄せスキルは無いはず。


 安全圏から一方的に攻撃し続ければダメージレースで有利に立てる。



「それを待ってたっスよ。────“グラビティストーン”」



 GrandSamuraiさんがバッグから、黒紫に鈍く輝く石を取り出し、闘技場ステージの中心に投げた。


 するとそれを中心に、薄紫の半球型エリアが展開。


 広さは……天井まで届いてる、逃げ場は無さそうだ。



「っ!?」



 突如、『天和』のジェットパックによるホバリングができなくなり、床に引きずり降ろされてしまった。



「まさか重力……?」


「その通り。これで宙には居られないっスよ。更にこの過重力エリアでは一定のAGIに満たない者は移動速度も落ちてしまうんス。もう逃がさないっスよ!」



 AGI特化構成のGrandSamuraiにとっては過重力エリアなど関係なく、いつも通りのスピードで動けるらしい。


 ギリギリ視認できる程度の高速移動でこちらへ突進してきた。



「『天和』ガードモードっ!」



 ワノブジン特有の超攻撃的な連撃を、何とか『天和』の光の壁でガードする。


 しかしこれではいずれ『天和』の耐久値が削り切られてしまう。


 そうなってしまえばこの過重力下でGrandSamuraiさんの攻撃を凌ぐ術は無い。


 どうする?


 どうすれば良い?


 一度即死からの完全回復は見せたから、大技を振ってくることは無い。


【お百度参り】を狙おうにも、そもそもこの防戦一方な状況では100回も攻撃を当てられる訳が無い。



「なんスかなんスかッ! もう打つ手はナシっスか!? ヤマ子に勝ったのはマグレだったんスかッ!?」



 マグレ、マグレか……。


 彼の言う通りだ。


 あの勝利には再現性が無い。


 あんなピンポイント対策はもう2度と通用しない。


 私が強いから勝てたんじゃない、くまさんさん達に担いでもらって運良く拾えた勝利だった。


 私の実力じゃない、ズルで掠め取っただけの……。


 …………あの日、軽蔑の目を向けてしまったあの子と、同じだ。










「諦めてんじゃないわよっ!」










 えっ?


 ステージに続く階段の下にアリアさんが居た。



「アリアさん……」


「ダサくても良いからっ! 戦ってよ、っ!」


「えっ…………?」



 何故だろう。


 音は同じなのに、ユーザーネームではなく本名を呼ばれたような気がした。


 いや、きっと気のせいだ、そうに決まっている。


 アリアさんがから、そんな気がしてしまっただけ。


 なのに、なのに、なのに……。


 どうしてもあの頃を思い出してしまう。


 幼い頃からずっと一緒で、どんな時でも私の後ろを付いてきて……私の優越感を満たしてくれていた、あの子。


 私はいつでもカッコよくて、みんなに愛されていた────なんて。


 分かってる、そんなのは幼く未熟な私のただの勘違い。


 たった一度の挫折で逃げたのも、見栄を張ってしまったのも、そんな自分を嫌いになってぞんざいに扱ってしまったのも、全部全部、私の弱さだった。


 私が『Spring*Bear』に憧れたのは、諦めないから、逃げないから、そんな姿がダサくて仕方無いのに楽しそうだったから。



『静穂は楽しい?』


『は? メインキャストはもう楽しいとか、そういうんじゃないから。逆にアンタはさ、ずっと役が貰えないのに楽しいの? 惨めにならない?』


『楽しいよ。カッコいい静穂と一緒に舞台を作れるのが誇らしくて、楽しい』


『それ、負け惜しみでしょ。ダサくない?』


『私、負けてないよ?』


『いや負けてるでしょ。これまで一度もオーディションで役貰ったコト無いじゃない。それが負けじゃないなら何だって言うのよ』


『諦めて逃げるまでは負けじゃないと思う』


『ふぅん……』



 結局、負けたのは私の方だった。


 は諦めずに続けて、私が終ぞ叶えられなかったメインヒロインの役を貰った。


 本当は分かってるよ、アンタがズルなんてしてないんだって。


 だけどそう思わないと、そういう事にしないと、私自身が耐えられなかった。


 ごめんなさい、私が弱くて。


 ごめんなさい、己の弱さから逃げて。


 ごめんなさい、最後まで一緒に戦えなくて。










「ありがとう、。もう私、逃げないから」










 メニュー展開、ステータスタブに移動。


 装備欄から全ての装備をドロップ。



「っとぉ。まさか色仕掛け……なワケないっスよね」


「装備には重量があります。装備を外せばAGIの下降補正が無くなります」


「それでもこの過重力エリアで動けるだけのAGIには達していないっスよ」


「それは、どうでしょうねッ!」



『天和』を装備モードに変更、バックステップ回避ッ!



「この過重力下では飛べない、逃げられないっスよォ!!!」


「誰が逃げると言いましたかッ!」



『天和』のバックパックジェット機構の角度を地面と平行に調整。



「自分の脚で走れないなら、無理やり押し出してもらえば良いッ!!!」


「“機械人形”そんなコトまでできんのかよッ!」



 高速平行ホバリングでステージ上を旋回移動。


『天和』のおかげでAGIに上方補正が掛かり、過重力下でも動けるッ!



『そんなのアリィー!? かつてこの大会で自らの装備を投げ捨てた者が居たでしょうかァ!? しかし、しかし! この過重力エリアで動くには確かにあれしか無い! なんて泥臭い、されどなんて気高い勝負根性なのかァ────!!!』


『地に堕ちた天使はまだ、貴き精神を喪ってはいないっ!』



 この移動速度ならGrandSamuraiさんの速度にも付いていける。


 これならまだ、戦えるッ!



ェ────ッ!!!」



『天和』子機、レーザー光線一斉掃射。


 高速旋回しながらのアトランダムな複数射線が彼に襲い掛かる。



「くぅーッ! こんなハードな攻めをしてくる二次職、他に居ねぇっスよォ!!!」



 しかし彼は腐っても最前線攻略組の新エース候補、複雑に絡み合うレーザー光線の網を器用に避けてくる。


 だったらッ!



「────弐速セカンドリニア


「更に速くなりやがったッ!?」



 速く、更に速く。


 ネクロンさんには「速すぎて制御できないと思う」って言われていた機能だけど、温存なんて甘い事はしていられない。


 過重力エリアのおかげで弐速でもギリギリ制御できている。


 GrandSamuraiさんがスピード自慢の特化構成なら、更にその先へ疾走はしれ。



「こんなモン────ベアー先輩の弾幕と比べりゃよォ!!!」



 彼の速度も上がる。


 まだ対応してくるだなんて……。


 だけどそれで良い。


 私の攻め手はここが終着点ではない。


 これはあくまで時間稼ぎ。


 あと少しで“グラビティストーン”の効果が消える。


 5、4、3、2、1────。



『おォっとここで遂に“グラビティストーン”の効果が消滅、過重力エリアが消えてしまったぞォー!?』



 来たッ!


 すぐさま『天和』ジェットパックの角度を地面と垂直方向へ調整。



「飛んで、静穂っ!!!」



 飛べ、私。


 友の想いを胸に、高く、高く、どこまでも。



「『天和』子機合体、超広範囲爆撃準備、溜め」



 GrandSamuraiがどれだけ速くとも、ステージ上全域を攻撃範囲とした絨毯爆撃ならば避けられまい。



「私だって────勝てるんだからッッッ!!!!!」



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