41話 2033 Summer PvP Battle Tournament ⅩⅤ - 一撃必殺

『さあ決勝トーナメント準々決勝、第2試合のバトルカードを確認してみましょう! 1回戦から3回戦まですべてパーフェクトゲームで勝ち上がってきたのはこの男ォ! 攻略クラン『The Knights古参の会』の切り込み隊長、次世代最強の名を冠するのは彼しか居ないッ! 神速すらも超えてみせよう見ててくださいスプベア先輩ッ! ワノブジン、GrandSamuraiィィィ!!!』



 雷鳴が如き大歓声が会場を包む。


 控室から観覧している俺達の元まで、会場の声がうっすらと聞こえてくるほどの盛り上がりだ。



「…………」



 やけにアリアの表情が険しい。


 何か思うところでもあるのだろうか。


 さっきのパンツ事件がそんなに効いてるのか……?


 だとしたら申し訳なさすぎる…………いや、俺が悪かったのかアレ?


 いくらフルシンクロVRシステムのせいで汗をかいてたからって、パンツ脱ぐ?


 しかも脱いだパンツを他の人の目に入るところに置く?


 本当に俺が悪かったのか……?



「どうしたのくまっち、やけに表情が険しいけど」


「いや……」



 アリアを気遣い、ネクロンに耳打ちする。



「アリアさんの表情がやけに険しくてさ……気になるんだよ」


「へぇ~……? アリアが気になるんだぁ? おーいアリア、くまっちがアリアのこと気になるってさ」



 にやけるネクロンの表情、なんか腹立つな。



「……2人はさ、シズホが本当に勝てると思う?」



 なんだ、そんな心配をしていたのか。


 ならば答えはひとつだけしかない。



「正直なところ、勝てるとは思ってないですよ。ヤマダヤマ戦はピンポイント対策を仕込んで、かつ相手が油断してくれて、それでやっとこさ取れた試合です。だけど今回の相手はそれ以上の実力で、対策だって何も無い。そう簡単に勝てるとは思ってないです」


「……じゃあシズホは負けるって、そう思ってるのね?」


「いいえ」



 一息置き、言葉を続ける。



「勝てるとは思ってないけど、必ずしも負けるとは思ってません。だけど勝ってほしいとは強く思ってますし、負けたってシズホさんだけのせいではないと思っています」


「そう。……そうよね、シズホだけのせいじゃないわよね」



 アリアの表情は晴れなかった。


 シズホがもう一度ジャイアントキリングを決めてくれたら、元気を取り戻してくれるのだろうか。


 ……………………本当にアレ、俺が悪かったのか?



『対するは今大会で最も注目を集めているこのユーザー! プレイ歴? 二次職? 今更そんなとこ気にしてんのー!? 趣味と特技はジャイアントキリング、スプベアの後は私が継ぐッ! 魔弓士シズホォォォ────ッ!!!』



 シズホの入場だ。


 会場のボルテージが更に上昇、最早グラ助以上の人気と言っても過言ではないんじゃないか?


 更に言えば、シズホを応援する声は圧倒的に男が多いな、対してグラ助を応援する声はやはり女性が多い。


 さて、人気は同等のマッチアップ、つまりプレッシャーも絶大という訳だが、シズホは……やっぱり緊張してなさそうだ。



『観客・視聴者の皆さんも飽きてきたでしょうが、まだまだカウントダウンにお付き合いをお願いいたします! それではいきますよ……5、4……』


「「「「「3、2、1……」」」」」





 ────カァァァァァン!!!





『スタートォ!!!』



 さあ試合開始。


 グラ助お得意の開幕ダッシュ攻撃が────来ないだと?


 その隙に──いや、初めからそうすると決めていたらしい──既にシズホは範囲攻撃スキルを構えており、発射!



「来ると思ってたっスよォー!」



 グラ助が動いた!


 橙色のオーラを纏いながらの溜めモーションが入り、シズホの攻撃スキルをもろに受ける。


 しかし溜めモーションは中断されない、スーパーアーマーだ。


 普通は相手の攻撃を受けるとのけぞってしまい隙を生んでしまう。


 しかしグラ助はのけぞらず、纏うオーラが段々と濃くなってゆく。



「……マズいな」


「マズい? くまっちあのスキル知ってんの?」


「ああ、あのスキルはクールタイムが長すぎて一発限りの大技なんだけど、食らっちまうと……」


「く、食らっちまうと……?」



 グラ助を纏うオーラの色が赤色に変わった。


 それが最大まで溜めた合図。



「────【死既すでにしす】」



 まばたきの間にグラ助の姿が────消えた。


 現場カメラもグラ助の姿を追いきれず、代わりにシズホ側にカメラ移動。



「…………えっ?」



 カメラが映したのは、自分の身に何が起きたのか分からず困惑するシズホの表情だった。


 そしてカメラの上端に、シズホのHPバーがゆっくりと減少する様子が映る。


 8割、5割、3割、1割……。










 0。










「…………シズホの耐久なら、一撃即死だ」


「……うそじゃん、もう終わり…………?」



【死既】────溜めの後、ターゲットロックオンしている相手の元へ瞬間移動し攻撃するスキル。


 溜めは3段階まであり、1段階溜めでは瞬間移動と通常攻撃程度の火力、2段階溜めで瞬間移動にガード不可効果が乗り、最大の3段階溜めまでいくと更に確定会心と威力5倍──ヤマ子ほどの耐久力が無ければ一撃死だ──まで強化される。


 非常に強力なスキルではあるが、対策方法は存在する。


 溜めモーション中はスーパーアーマーが付与されるも、硬直のようなデバフを受けてしまうと溜めは中断されてしまうのだ。


 多くのユーザーがPvP戦で行動妨害系のスキルを1つは持ち込むのがセオリーなのだが、こういうスキルを止めるのが主な採用理由となっている。


 ……まさかグラ助が【死既】をここで使ってくるとは思わなかった。


 いくらクールタイムが長いと言えど、試合が終わればクールタイムはリセットされるから、次の試合では試合開始時点から再使用が可能になる。


 だからってこういう大技を毎試合使うのは悪手と言えるだろう。


 公式大会の決勝トーナメントとなれば、他の出場者も全試合を観戦している。


 だからここでグラ助が【死既】を見せてしまうと、次戦以降の対戦相手は常にグラ助の溜めモーションに注意するようになり、最大溜めで当てるのはほぼ不可能となってしまう。


 そんな情報アドバンテージを捨ててまで、グラ助はシズホに本気で勝ちに来たのだ。


 それほどの覚悟を見せられては仕方あるまい、あっけない敗戦ではあったが受け入れよう。


 シズホはここまでよく頑張った、誰もが彼女を讃えるだろう。



「きたぁああああああああああああああああああああああ!!!」


「うぉあ! なんなのアリアいきなり!?」


「シズホが負けたのに、なに喜んでんですか……」


「見てて見ててっ! こっから! こっからだからっ!!!」



 何言ってんだ……ここからも何も、たった今シズホのHPはゼロになったんだぞ。


 正真正銘、シズホの敗北だろうに。



『ななっ、なんということでしょうかァ!? ここまでパーフェクトゲームで勝ち上がってきたGrandSamurai選手が相手の攻撃を避けもせず喰らったかと思いきや超大技をぶっぱなし、シズホ選手のHPを丸ごとポッキリへし折ってしまったァ! 【死既】はワノブジンのクラスレベルを最大まで上げきると習得できるスキルですが、まさか準々決勝で見られるとはッ!』


『すっ、すごい! えっと……かっ、神曲の音色が…………もうすごいっ!!!』


『い、いえッ! 待ってください皆さんッ! 試合終了していませんッ! シズホ選手はまだ、倒れていないィ!?』



 現場カメラがシズホを映した。


 倒れたはずのシズホが何故か、グラ助の背後で弓を引いていた。


 それどころかHPバーは満タン、たった今受けたグラ助の必殺技などまるで無かったかのように、涼しい顔でそこに居た。



「シズホんが生きてるー!?」


「見たっ!? これがアタシとシズホのリベンジよっ!!!」


「うっわ、アリアさんとんでもないものを仕込みましたね……」


「なになにくまっち分かるの!? 何で生きてるか分かるの!?」


「まあ、うん。グリッチというか、公式が仕様と言い張ってるバグなんだけど……説明はアリアさん、お願いします」


「ふっふーん……どうせアンタ達のことだし? 武器とアイテムにはとんでもないモンが仕込まれてると思ったから? アタシも今回は遊び心出しちゃったのよっ!」


「いやそれは良いからさ! なんでシズホんが無事なのかを教えてよ!」


「【卯ノ花】と【漁士の腕っぷし Lv.2】を組み合わせると、何故か分からないけど一撃死レベルのダメージを受けた時にランダムな位置にワープしてダメージを無かったことにするのよっ!」


「普通にバグじゃん!? 【卯ノ花】ってアレだよね、草花ジャンルのアイテムを採取した時にHPをちょっとだけ回復するやつで、【漁士の腕っぷし】って釣りの時に使えるやつだよね!? いや! 普 通 に バ グ じ ゃ ん ! ! !」



 そう、普通にバグである。


 遡ること7周年記念大型アップデート。


 そのタイミングで追加された、漁士を初めとした採取特化のサブクラスがいくつかある。


 それと共に、そのサブクラスでのみ効果が発動する採取系ADPアディショナルパワーのひとつが【漁士の腕っぷし】なのだが、偶然にもそれを用いたバグが発見された。


 そのバグというのが、【卯ノ花】が付与された防具に同時付与していると、本来ならばHPがゼロになるはずの攻撃を受けても死なないどころかHPが全回復しランダムな座標にワープしてしまうというものだった。


 そのバグが発見された当時、それを使えばレベルが低くともプレイヤースキルが無くとも攻略可能という事態に陥ってしまい、戦闘職界隈は大混乱に陥った。


 おそらくは死に戻りまわりのプログラムがおかしくなっての結果だろう。


 あまりにもゲームの攻略難易度を下げてしまうバグだった為に公式は即修正……するかと思いきや、何故か「仕様である」と報告。


 その2ヶ月後にしれーっと“体力満タンの状態で一撃死するとワープ&全回復”という効果にサイレント修正した、なんて事件があったのだ。


 確かに今でもこのバグセットを常用している低耐久構成の戦闘職はたまに見かけるが……それをPvPで使うのかよ。


 とはいえ仕様だと認めたのは公式である、公式主催のPvP大会イベントで禁止できるものではないのだから、恥ずかしげもなく仕込んだアリアの太々しさにはむしろ賞賛を送りたいくらいだ。


 勝つ為なら何だってやる、泥臭かろうがセオリー無視だろうが、何が何でも勝利を掴み取ろうと足掻くその姿勢こそ、『Spring*Bear』が是としてきた戦い方だったのだから。



「グラ助は【死既】をもう使えない、シズホさんのアレも二度目は無い。ここからがフラットな勝負ですね」


「何が何だかだけど負けてないなら良し! 飛べシズホん! 安全圏からぶっぱしろー!」


「…………勝とう、勝ちたい」



 相変わらずアリアの表情はやけに険しいままだった。


 負けを試合続行に引き戻したのはアリアの手柄なのに、どうしてなのか。


 …………パンツ事件のせいでは、ないと思いたいんだけどなぁ。


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