第10話 クラフトフェスタⅣ - 脱衣麻雀・前編

 作業を始めてから、気付けば半日が経っていた。


 カーテンを開くと既に外は暗くなっており、そこでようやく時間の経過に気付かされた。



「…………さすがに疲れたな」



 いくらフルシンクロVRで身体に疲労が溜まらないとしても、ずっと同じ作業を続けていれば精神はすり減っていく。


 なのに素材としてムラマサから譲り受けた“アイアナイト”の在庫は、ようやく半分を消費したばかりである。



「ダメだ、このまま続けてたらおかしくなっちまう」



 俺はメンタルを回復させるべく、冷蔵庫を開いた。


 ムラマサのブラジャーを────ではなく、“レッディサワー(ノンアルコール)”を一本取り出した。


 一本目を飲んだ時には気付かなかったが、このドリンクにはバフ効果が付与されているらしい。


 生産速度が上がるという、生産職にとっては垂涎物の……まさにエナジードリンクである。


 ボトル半分ほどを一気に飲み、テーブルに置いた。



「よし…………再開するか」



 俺は“アイアナイト”を実体化マテリアライズし、ハンマーを振り上げた。





 ────ガチャッ。





「ごめんね、ちょっと良いかな?」



 ────バキッ!



「あっ」


「あっちゃあ……ごめん、タイミング悪かったね」


「いえ、大丈夫ですよ。まだまだ素材は沢山ありますし。どうかしました?」


「そろそろ良い時間だしね、みんなで休憩を取ろうと思ってね」



 休憩か、それは非常にありがたい。


 たった今“レッディサワー(ノンアルコール)”を飲んでバフを得たばかりだから、その時間が無駄になるのは損ではあるが、メンタルを回復させるにはやはり、休憩の方が優先される。



「キリの良いところで切り上げてリビングにおいで。楽しい楽しいレクリエーションを用意しているからさっ!」


「へえ、楽しみです。丁度休憩しようと思ってたところなので、一緒にリビングに行きますよ」


「それは良かったっ!」



 ムラマサに連れ立ってリビングに戻ると、既に他の4人が待っていた。


 リビング中央のテーブルが片付けられており、代わりに麻雀卓が設置されていた。



「遅いよくまっち。もう打ちたくて打ちたくて我慢の限界なんだけど」


「あぁ、つっかれた……。アンタ、今進捗何割くらい?」


「丁度半分くらいです。皆さんは?」


「ボクはまだ3割くらい、うん、例年通りの修羅場だねっ!」


「わたしは6割くらいですね~」


「あたしは順調、7割くらい。これなら最初に想定してた分から追加で作れそう」


「わっ、私はくまさんさんと同じくらいですっ! この調子なら今年は品切れはまぬがれそうですぅ!」


「ふふんっ、ちなみにアタシは6割ってとこ。計画通りの進捗よっ!」



 さすが、毎年この地獄を経験してきた面々だ。


 俺と同程度の進捗で元気なパリナも凄いし、計画立てて作業を進められているアリアは風格すら感じる、同じ作業時間で俺より進捗が進んでるネクロンとミロルーティなんて見事と言うほか無いし、3割程度の進捗であっけらかんとしているムラマサなんてもう……歴戦の勇士だよ、アンタ。



「今から休憩を取ろうか。順番に2人ずつログアウトして夕飯タイムね。残った4人はもちろん…………?」


「麻雀! 麻雀だよくまっち! ずっと打ちたかったんだよくまっちと!」


「そゆことっ! 良かったよ、キミが麻雀打てる人で」


「全員打てるんですか?」


「アリアとミロロはルールだけ知ってるくらいで、ムラマサがまあ中級者くらいかな。で、あたしとパリナが結構打てるって感じ」


「パリナさん麻雀強いんですか……?」


「い、いやぁ……強くはないよぉ? ちっちゃい頃に親戚のおじさんたちに覚えさせられたから歴が長いってだけでぇ、へへっ…………」



 しかし麻雀歴が長いというだけで信頼は置ける。


 麻雀というゲームは、如何に他のプレイヤーのテンパイ──あと1枚でアガリの状態──を察し、相手の餌にならずにやり過ごせるかというものなのだ。


 運が良ければ誰でもアガれるのだから、突き詰めれば守りが上手い奴が安定して勝てるというのが定石である。


 ゆえに、麻雀歴が長ければ長いほど勝負勘も研ぎ澄まされ洗練されてゆく。


 だからパリナはああ見えて、警戒せねばならないライバルと言えるだろう。



「ペアはあたしとくまさんで良いよね。先にログアウトしちゃお、途中で抜けるとか興が削がれて嫌じゃない?」


「そうですね、それで大丈夫ですか?」


「構わないわ」


「わたしも大丈夫ですよ~」


「はいっ、私は出前が届く頃にログアウトしますぅ!」


「もちろんボクもオッケーさっ! ゆっくりごはん食べておいでっ!」


「ありがと。じゃ、またねくまっち」



 ネクロンのアバターが光の粒子になって消えたのを確認し、俺もログアウトした。


 YouTubeで『The Knights Ⅻ Online』の初心者生産職向け動画をテキトーに流しながら、お気に入りのカップ麺を啜った。


 だけど途中で動画を止めた。


 折角信頼できる先輩生産職ユーザーが身の回りに居るんだ、きっと動画で得られる情報はすべて彼女達が知っている。


 知識を入れてサクサク進行するのも楽しいが、どうせなら壁にぶつかる度に試行錯誤し、それでもダメだったら彼女達にアドバイスを乞おう。


 その方がきっと、楽しいだろうから。





               * * *





「戻りまし────うわぁ!?」



 食事休憩を済ませ、再ログインした。


 視界から光の粒子が消えて視界が開けると、そこには────。



「あはははは~~~、まだまだ脱ぐわよ~~~~~っ!」


「ストップミロロっ!? アンタ何枚脱ぐつもりっ!?」


「おかえり二人ともっ!」


「ただいま。やっぱりパリナが独走中っぽいね」


「ふぅ……今のは危なかったですぅ…………」


「いやいや、いやッ! 何で服脱いでんですかッ!?」


「あれっ、言ってなかった? ボクらの麻雀は脱衣麻雀なのさっ!」


「とんでもねえクランに入っちまったなァ!!!」


「まさかくまっちビビってんの? 脱ぎたくないならアガれば良いだけじゃん」


「脱ぐのも脱がれるのも困るんだよこっちはよォ!!?!?」



 いやむしろ俺が脱ぐ方がマシなんだよ!


 女に囲まれて脱衣麻雀とかどんな天国────もとい地獄だよッ!?


 そりゃミロルーティとかムラマサのあのカラダは男の夢だけどさァ!


 明日からどんな顔して接すれば良いんだよッ!?



「じゃ、次はミロロとアリアね。ゆっくりごはん行っておいでっ!」


「助かるわ。アンタ、どれだけ強いのか知らないけど脱がせすぎるんじゃないわよっ!」


「ぜ、善処します……」


「んん~、もうちょっと脱ぎたかったんだけどね~」



 脱ぎたい人が居る脱衣麻雀、根本からおかしいだろ……。


 アリアとミロルーティのログアウトを見送り、空いた席に就いた。


 ちなみに俺の対面がネクロンで、右隣がパリナ、左隣がムラマサという席順である。


 卓上は終局時の状態になっており、ネクロンが中心のボタンを押すと卓上が自動でリセットされた。


 そしてサイコロによって、最初の親はパリナに決まった。



「じゃ、ローカルルールの説明からね。半荘戦、25,000点スタートで箱割れしても続行、脱衣は誰かのロンが直撃した時は翻数だけ脱ぐ、ツモアガリは翻数を三人で割った数だけ脱ぐ、終局時にも2、3位が1枚ずつ、ラスが2枚脱ぐ。喰いタン後付け形式テンパイもありで────」



 ネクロンからローカルルールの説明を受け、いよいよ、『ドキッ!生産職だらけのは~れむ脱衣麻雀♥ ~鳴いちゃうよ、女の子だもん~』が幕を開けた。



「…………パリナさん、マジで強くないですか?」


「運が良いだけですよぉ……へへっ。でも嬉しいので私お手製の“レッディサワー”を差し上げますね、取ってきますぅ!」



 と、パリナはキッチンに引っ込み冷蔵庫から人数分の“レッディサワー”を持ってきてくれた。


 さて、あっという間に東場が過ぎ、南一場。


 最初のパリナの親番は、ムラマサが切った役牌をネクロンがポンしてそのまま早上がりの白ドラ1でツモアガリ。


 続く3人の親番はすべてパリナが上がって流されてしまった。


 持ち点は比べるまでもなくパリナの独走状態。


 元々靴やアクセサリー類を脱がされていたムラマサは更に3枚の脱衣を行いあと1枚で上下どちらかの下着を晒さねばならない窮地に陥っており、ネクロンは両の靴と靴下を脱がされたのみ、トップのパリナは靴を片方だけ脱いだだけに収まっており、俺は足元は裸足になり腕輪と上着を奪われてしまっている。



「さっきミロロさん、下着姿でしたよね。どれだけ振り込みまくったんですか」


「ミロロは勝手に脱いでるだけだよ」


「もう麻雀する意味ないじゃないですか」


「パリナって最高ランクいくつだっけ?」


「えっとぉ……前シーズンは40位でしたぁ」



 やべえ、トップ500入りでドヤ顔してたのが途端に恥ずかしくなってきた。



「うっわ、そりゃ勝てないはずだわ。ちなみにあたしもトップ500入りはしたことあるからね」


「だったらあの時言ってくださいよ、俺がイタい奴みたいじゃないですか……」


「いいの。ランクマは金賭けられないしね。真の猛者は野良で賭け麻雀してるから、ランクマの順位なんて飾りだって」


「ネクロンさんは凄いんですよぉ? 賭け麻雀界隈では名の知れた雀士らしいんですぅ~!」


「あー、自信がどんどん削がれていきますよ。……じゃ、続きやりますか」



 さて、再開だ。


 1位のパリナの親から始まる以上、ここで更に点を稼がれては逆転が遠のく。


 おっ、配牌や良し。


 南と發が2枚ずつ揃っており、残りの牌も比較的固まっているし赤ドラも1枚ある。


 パリナの手の進み具合を探りつつ、急ぎたければ役牌2種のどちらかを鳴けば良い。


 遅めなら南か發のどちらかをツモりつつ、リーチも掛けられそうだ。


 第一ツモは……一索か、これはツモ切りだな。



「あっ、それロン」


「へっ?」



 虚を突いてアガリ宣言を飛ばしてきたのはムラマサだった。


 直前に彼女はダブルリーチを掛けていない……なるほど、中級者と言っていたがダマテン──あえてリーチを掛けずにテンパイを悟らせない戦術──はしてくるのか。


 仕方無い、これは運が悪かった。


 パリナの親番を流せたからむしろ良かったと思おう。



「国士無双十三面待ち」


「は?」


「ドンマイですくまさんさんっ!」


「あちゃー、やっちゃったね。言い忘れてたけど、役満直撃は下着だけ残して全部脱衣だから」


「マジかよ……」


「更に役満上がったら衣服は全回復っ! あぶないあぶない、くまさんクンに乙女の柔肌見られちゃうところだったよ~っ!」



 ま、まあ、女性陣に直撃しなかっただけ良しとするか……。


 ────いや、待てよ、待ってほしい。


 女性なら上下に下着があるから最悪3位にまで浮上できれば終局時に全裸は防げるが、男は下着を1枚しか着けてないからトップを取れなかったら全裸確定じゃないか!


 いくら箱割れしても続行とはいえ、マイナス数万点をここから取り戻せるわけないだろッ!?



「ふむ、今キミが考えているコトを当ててあげよう。このままじゃトップを取れなきゃ全裸確定、こんな点差ひっくり返せるワケないじゃないっ!」


「そ、その通りです……」


「ここでクランマスターから美味しい情報があるんだけど、聞きたくない?」


「もちろんですッ!」


「ここは野良の卓、ゼルの取引が合法化されている場だ。で、これはボクたちのローカルルールなんだけどね、クラン共有貯金に1万ゼル入れてくれたら、マイナスになった持ち点を25,000点に戻せるんだ。どうす────」


「ネクロン、金貸してくれ」


「お、おぉう……迷いが無いねキミ。ネクロン、それでも良い?」



 ふっ、借金ならどんぐり相手に慣れている。


 今更悩むようなものじゃないさ。



「いいよ、貸したげる。返す時はアリアに払っといて、あたしの借金返済の足しにするから」



 あっ、やっぱネクロンは俺と同類だわ。



「任せてください、明日の売り上げで即返済します」


「ふぁあ、くまさんさんの目が燃えてますぅ……っ!」


「うん、頼もしいことこの上ないっ! はい、ネクロンからの入金確認っと。んじゃくまさんクンの持ち点は25,000点で再開だねっ!」



 よし、これならまだ勝ちの目はある────まあ、パンイチではあるが。


 今の一発逆転でムラマサが一気にトップに躍り出た。


 2位にパリナ、そして俺とネクロンが団栗の背比べ状態だ。


 ネクロンに視線を送ると、すぐに気付き視線を返してくれた。


 俺が一瞬だけムラマサに視線を送りネクロンの方へ戻すと、思惑が伝わったようでネクロンの口元が微かに綻んだ。


 ここは一旦、ネクロンと手を組んでムラマサを狙うしかない。


 二人でアガリ続け、ムラマサの点を削りながらパリナに追いつくところからだ。


 さて、南二局は俺の親番────ここからが本番だぜッ!

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