第36話 アギーノ一家


 兄貴が自分の右手の惨状で固まってしまったので、兄貴のことは無視して俺は痛みでうめいている弟分たちを見てたら、ここのところの営業活動が染みついていたせいか急に思いついてこいつらにポーション営業することにした。後腐れないように皆殺ししてしまえば街のためなのだろうが、営業活動に協力してもらったことでもあるし、そもそも被害を受けたわけでもなかったし。


「お前たちは下っ端らしいから中級ポーション1本金貨1枚で売ってやる。

 そこのチンピラ、俺のポーションの効能をちゃんと教えてやれ」


 俺は何をしていいのか分からず部屋の真ん中で突っ立っていたチンピラAに営業に協力するよう促した。


「良く効くのは確かだから、金があるなら買った方がいい」ちゃんと営業協力できるじゃないか。


「俺にポーションを!」


 一人が手を上げたら残りのチンピラたちがすぐに手を上げた。手を上げなかったのはチンピラBだけだ。


 俺は金貨と引き換えにポーション瓶を1本ずつわざわざ蓋を取って渡してやった。


「半分は傷めた手にふりかけて、残りを飲めばいいと思うぞ」


 使用法まで親切に教えてやった。


 5人は俺の言った通りポーションの半分を潰れた手に振りかけて残りを飲み干した。


「どうだ、痛みは引いただろう?」


 ポーションを使ったチンピラたちが静かになったので、そういうことなのだろう。ただ一人チンピラBだけがうめきながら俺の方を恨めしそうに見ている。


「お前、金貨1枚も持ってないのか? 金がないなら誰かに貸してもらえばいいだろ?」


 そう言ってやったら、チンピラBは目を逸らした。


 誰も貸してやらないくらいチンピラBはハブられている? 仲間を置いて一目散に逃げるようなヤツじゃそうなるのもうなずける。


 そしたらチンピラAが俺に金貨1枚を寄こした。商売なのでポーションを渡したら、チンピラAはそのポーションの蓋を取ってチンピラBのボロボロの右手に半分振りかけ、残りを飲ませてやった。腐ってもバディってやつか。少しだけ見直したぞ。


 そのあたりで今まで固まっていた兄貴が起動したようだ。額に冷や汗をかいている。


「俺にもポーションを早く寄こせ! 金なら払うからさっさと寄こすんだ」


「お前、自分の立場を理解してないな。お前のその手は放っておけばそのうち腐って落ちる。俺も詳しいわけじゃないが、腐って落ちる前に手首から先を落とさないと命に関わるんじゃないか? 放っておけば痛みで狂い死にするかもしれないがな。自分で切るのは難しいだろうから、なんなら俺が大サービスでお前の手首を切り落としてやろうか? 刃物を使わなくても人の手など手刀で簡単に落とせるが、どうする? 手刀で切り落としたら切り落とすというより潰すって感じになるが、そんな切り落とすことには変わりないから一緒だろ?」


 俺の右手にオークの耳を削ぎ落そうとして見事にオークの頭の左半分を潰してしまった時の手ごたえがよみがえってきた。蘇る勤労時の感覚だ。


「待て! 待ってください。ポーションを売ってください」


「最初からそう言えよ」


 兄貴が左手でポケットから苦労して取り出した小袋から金貨2枚を抜き取って、ポーションと一緒に返した。


 瓶の蓋を開けてやらなかったので、兄貴は金の入った小袋を床に落とし、左手で持ったポーション瓶の蓋を口で外した。それからポーションを痛みで震えている右手にかけて、残りを飲んだ。


 すぐに痛みは引いたようだ。俺のポーション意外と良く効く。これなら手を切り落とさなくていいかもしれないな。


 兄貴含めて、部屋の中の全員が俺を見つめている。そろそろ本題に入るか。


「お前たちのボスはどこにいる?」


 一人ひとりの顔を見てやったが、誰も答えない。こういったいちおう本職の連中は圧倒的暴力には本能的に従うんじゃないか? 試してみるか。


「お前たち、ボスに義理立てしているのかもしれないがそんなの意味ないぞ。俺とお前たちのボス、どっちがおっかないかよーく考えてみろ。例えば俺は今すぐお前たちのマトモな方の手も潰せるし、両足も潰せる。その気になれば頭も潰せる。

 嘘かどうか、試しに一人両手両足潰してやろうか? 誰か希望者いないか? ポーションは売ってやるから潰れても治るはずだ。治る保証はないがその時は頭も潰してやるから心配しなくてもいいぞ」


 俺の言葉を聞いた部屋の中にいた兄貴以下8名が蒼い顔をして首を横に振った。


「お前、代表して俺をボスのところに連れていけ」


 俺は兄貴に向かってそう言った。


「ボスはその扉を出て上の階にい、います。扉が開かない以上この部屋から出られません」


 凍り付いた扉を常温まで温めてもいいが、俺がどういった人間なのか見せつけるため、扉を前蹴りしてやった。ちょっと力を込めたので、扉は吹き飛ばずに足形の孔が空いただけだった。ドンマイ。


 仕切り直して扉を軽く蹴ってやったら、足形の孔が空くことなく扉は無事枠から外れて向こうの壁まで飛んでいって大きな音を立てた。


「扉は開けてやったぞ、早く案内しろ」


「は、はい」



 兄貴に先導させて扉の外に出たらそこは上り階段だった。階段の上の方は明るいのでここはやはり地下室だったようだ。


 階段を上ったところがおそらく1階で、更にもう1階分兄貴が階段を上った。


 階段を上がった先にはすぐ扉がついていて、その扉の先には人がいるようだ。


 兄貴は扉を開けて廊下をまっすぐ進んで突き当りの扉の前で止まった。


「この先にボスがいます。

 わたしはここで失礼していいですか?」


「もう用はないから行っていいぞ。その手は無理せず大事にな」


 最後にひとこと優しい言葉をかけて兄貴を解放してやった。



 部屋の扉に手をかけたところ扉には鍵がかかっていなかった。社長室に普通カギなんてかけないよな。いや、かけるのかな? そこら辺の社会経験ほとんどない俺では判断できない問題だった。


「開けるぞー」


 中からの返事を待たずに扉を開けたら、部屋の奥の窓際に大きな机が置いてありその後ろの椅子に小太りの男がふんぞり返って座っていた。

 声がしたかと思ったら、返事をする前にいきなり扉が開いて見知らぬ男おれが現れたからだろうと思うが、小太り男はつぶらな目をして俺の顔をポカンと見ていた。


「よう」


「な、なんだ貴様は?」

 なんだ貴様は?って俺だよ。見れば分かるだろうに。いや、普通は分からないか。


「俺はあんたに用があってやってきたんだ」

「なに?」


「あんたのところの若いもんが俺のところにやってきて、屋台を開くなら金を寄こせと言ってきたんだ。で、俺は、ここはお前たちの土地なのかと聞いたら問答無用で襲い掛かってきて俺の屋台はもうメチャメチャ。このオトシマエはどうつけてくれる?」


 若干話は盛ってはいるが別にいいだろ。結果が変わるわけじゃなし。


「お前はどこの誰なんだ? バスラバ一家の者なのか?」

「バスラバ一家ってなんだ?」

「違うのか?」

「聞いたこともない」


「もしかして、お前、俺のことも知らずにやってきたのか?」

「もちろん知らない」

「ここはアギーノ一家の事務所だ。俺はボスのフェデロ・アギーノだ」


「だから何だ?」

「お前、この街でもう生きてはいけないぞ」

「アギーノさんよ、逆に聞くが、俺がその気になったらあんたの首は今すぐにでも胴体から泣き別れになるんだぞ」


「ふっ。素人にこの俺がか?」

 アギーノおじさんが右手のひらを俺に向け「消えてしまえ、サンダー!」と声を出した。


 その声と同時に俺の体を電撃が襲った。



[あとがき]

これで10万字超えたのでカクヨムコンテスト10の文字数規定クリア。

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