第30話 同居生活開始1


 カレンが俺の家に住みたいと言い出したので承諾してしまった。俺ってどうも女子からの押しに弱いようだ。ベッドの上で身動きもできずじっとしていた時には当然女子との付き合いはないし、まだ体が動いていたときもそういった経験は全くない。


 ベッドの上の方が看護師さんを感じることができたという意味ではまだましだったのかもしれないが、俺を看てくれていた看護師さんは間違っても女子とは言えなかった。アレもいい経験だったよなー。そんなわけはないか。


「カレンがここで住むなら、ベッド以外の寝具や食器なんかを揃えないといけないな。時間もあることだし、これから買い物に行くか」


「はい!」


 笑顔を浮かべたカレンが元気いっぱいで返事した。


 こうもあからさまに嬉しそうな返事が返ってくると嬉しいような怖いような。



 俺たちは家の戸締りをして、商店街から1本通りをずらした通りに転移した。転移から現れるところを見られたところでどうってことはないが、他人ひとの目の前に現れてぶつかりでもしたら迷惑だもんな。俺はこれからの人生を生きていくうえで好き勝手に生きていこうとは思っているが好き好んで他人ひとさまに迷惑をかけたいわけじゃない。もちろん火の粉が降りかかるようなら火の粉を振り払うのは当然だが、一歩進んで積極的に火の粉の元を叩き潰すつもりだ。


 能力を得て粋がっているだけかもしれないが、せっかく拾った命だ。思い通りに生きなきゃな。



 商店街の通りに回って食器などを買いそろえようと雑貨屋の中に入った。


「適当に選んでくれ」

「一緒に見てくれないんですか?」

「じゃあ、一緒に行こうか」


 なんだか、なんだかっぽくなってきたんじゃないか?


 店の中を二人で並んで品物を見て回って、あれこれ言いながら店に備え付けのカゴの中に商品を入れていく。こういうのもいいもんだと思うかたわら何だか気恥ずかしさを感じてしまう。


 それでも、必要な食器類はあらかた揃った。どれも2つ買ったんだが、これってお揃いっていうヤツだろうか? それともペア何とかっていうヤツだろうか?

 食器類についてはこれからお世話になるということで、カレンが俺の分も払ってくれた。ということは下宿代は取れないということか。取る気はなかったけどな。


 食器を買い終えた俺たちはカレンの寝具を買うためこの前とおなじ家具屋にまわった。


 寝具といってもそんなに種類があるわけでもないので、結局俺が買ったものと同じものをカレンは購入した。



 一通り買い物が終わったところで二人して昼食をとろうと商店街の中の食堂に入った。


「定食しかないみたいだな。

 俺は面倒だから今日のお勧めだな」

「わたしもそれにします」


 店員を呼んで注文したら、すぐに料理を乗せたトレイが2人分運ばれてきた。今度は俺が二人分の代金を払っておいた。


 カレンと向き合って食事していたら、カレンが俺にこれからのことを聞いてきた。


「そうだな。朝の訓練はあの家の周りをランニングして、武術の鍛錬は裏庭でいいだろう。

 訓練が終わったら着替えて白ユリ亭でもどこでも適当なところに食べに行こう。

 料理なんかもアイテムボックスにしまっておけばいつでも出来立てだからある程度買い置きしておけば家の食堂でも食べられるしな」


「あの家の食堂で二人で食べるってなんだか夫婦みたいですね」


 当人の前で臆面もなくそんなことを言われると俺の方が困るのだが、そこでうろたえるわけにはいかないので、


「夫婦ではなく師弟だ」

「ゲンタロウさんって、今まで女の人と付き合ったこと有りませんよね」


 何だよ。悪いかよ。


「俺にも事情がいろいろあったんだ」


 女性と付き合ったことがないことを白状してどうする俺?


「やっぱり。でも安心しました」


 安心でも何でもしてくれ。



 可もなく不可もない昼食を食べ終えた俺たちは家に戻った。面倒だったので直接玄関の中に跳んだ。


 今日買ったカレンの寝具をカレンのベッドの上に置いたあと、台所用品とかを片付けた。

 俺一人なら食器なんかはアイテムボックスの中に入れておくけど、カレンがいる以上どこかに並べておく必要がある。台所には作り付けの棚があるのでそこに食器類を並べておいた。


 片付けが終わったところでカレンを白ユリ亭に送り届けた。夕食は白ユリ亭で食べてそこで俺の家に引っ越すということになった。



 カレンを届けた俺は飲み物くらいは家にあった方がいいと思い、再度商店街に跳んだ。


 酒屋を探して、一抱えくらいの樽に入ったエールと、同じくらいの樽に入った赤ワインと白ワイン、そして樽を横にして置くためのスタンドも買ってアイテムボックスに入れておいた。錫のジョッキとグラスも酒屋に置いてあったので2つずつ買っておいた。水の汲み置き用の樽も必要なことを思い出したので空樽2つ酒屋に譲ってもらった。もちろん代金は払っている。


 カレンと買い物をしている時はそこまで感じなかったけれど、一人で二人分の買い物をすると逆に新婚の夫婦がいろいろ物を揃えるのはこんな感じなんだろう。とか考えてしまい、俺らしくもなく頬が赤くなってしまった。


 思っていた買い物が終わったので家に跳んで帰った俺は、いつでも寝られるよういわゆるベッドメイキングをしておいた。



 一通りの作業が終わったところで、掃除道具が何もないことに気づいた。



 再度俺は商店街に跳んで雑貨屋で桶、たらい、雑巾用の布、布巾用の布などを買い込んだ。


 家に戻った俺は、掃除道具とたらいを風呂場近くの納戸にしまい、庭に出て井戸から水を今日買った空樽2つに汲んでおいた。



 ちなみにチュートリアルフィールド内では衣服が汚れても気付けば汚れはとれていた。神さま素材だからかもしれないけれど、今現在俺の衣服は汚れればちゃんと汚れたままだ。なので洗濯の必要がある。宿では金を払って洗濯を頼んでいたのでそれで済んでいたがこれからは自分で洗濯しなくてはならない。カレンが俺の汚れ物を洗濯してくれればいいけど多分無理だろうな。


 システム操作を利用してそれらしいマクロを組まないといけないようだ。


 しばらく思案して何とかクリンというマクロをひねり出した。

 これは汚れをサーチして繊維から遊離させるだけのマクロだけど、汚れの定義が難しかった。衣服の表面に付着したもので大きさが0.001ミリ以上のものを汚れとした。下着などに付着した皮膚の汚れなども落ちる。

 水に濡れた衣服なら一瞬では無理だが数秒で水が弾かれ乾いた状態になる。そのかわり垂れた水のために床や地面が濡れることになる。

 当然ながら繊維が何かの拍子で化学変化したものは除去できない。そうなってくると漂白しなければならないがそれは俺にはできない。将来の課題だが、そこまで必要ではないだろう。


 そこで思いついて、対象を自分自身にしたところ一気に体がスーッとした。体から浮き出た垢のようなものが汚れとしてうまく認識できたようだ。

 衣服と体を同時に対象として<クリン>というマクロを俺の頭の中に登録しておいた。これでいつでも身だけはリフレッシュできる。


 通りを歩きながら<クリン>を発動させればいいけれど、歩きながらのすかしっぺと変わらないかもしれない。いいけどね。



 マクロを考えていたらいい時間になっていた。そろそろ夕食の時間だ。しらユリ亭の近くに跳んでいって入り口から中に入ったらリリーがいてジト目で睨まれた。


 カレンが宿を引き払うとリリーに伝えたんだな。


 触らぬ神に祟りなし。知らんふりしておこう。


 リリーを無視して食堂入り口でカレンを待っていたらすぐにカレンがやってきたので案内を待たず二人席に座って注文を取りに来たリリーに夕食の定食とエールを注文した。二人分のエールと俺の定食代は俺が払った。


 今日の夕食は実においしかった。

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