第29話 借家とカレン。
借家の受け渡し日になった。
朝練を終えた俺とカレンは
商業ギルドの近くまで転移で跳んで、建物の中に入って受付嬢に来意を告げたら、すぐに応接室に通された。椅子に座っていたらそれほど待つこともなくモーリー女史がやってきた。
「おはようございます」
「オオヤマさま、おはようございます。屋敷の清掃は完了していますのでいつでも入居できます。
こちらがカギです。一つ一つにどこの鍵か札を付けていますので間違えることはないと思います」
モーリー女史に鍵束を受け取った俺はさっそくわが家に行こうと席を立った。そこでモーリー女史が俺に向かって、
「馬車でお送りしますのでしばらくお待ちください」と、言ってくれた。その必要はないので「それには及びません。道は分かっていますから大丈夫です」と言って断った。
「そうですか。今後とも当ギルドをよろしくお願いします。
契約の更新はいつでも受け付けていますのでよろしくお願いします」
「了解しました」
商業ギルドを後にして、さあ新しいわが家へ跳んでいこうとしたとき、カレンを連れていくことを思い出したので、白ユリ亭に転移した。
玄関に入ったらリリーがカウンターの先で暇そうにしていた。
「よっ!」
「あら? ゲンタロウさん、家を借りたって言ってたじゃない?」
「家のカギを貰って来たから、カレンが俺の家を見たいと言ってたから連れにきたんだ」
「えっ! カレンさんを連れてっちゃうの?」
「カレンは俺の家を見るだけだ。中身を見せたら送り帰すから心配するな」
「大事なお客さんが減らなくって良かったー。
でも、何となくカレンさん、ゲンタロウさんの家に移ってしまいそうだなー」
「そんなこと有るわけないだろ」
「じゃあ聞くけど、もしカレンさんが一緒に住みたいって言ったらゲンタロウさんは断るの? 部屋が余っていないわけじゃないんでしょう?」
「まあな。カレンがどうしてもというなら断ることはないだろうな」
「でしょう」
俺たちが玄関ホールでしゃべっていたら、ちょうどカレンが階段から下りてきた。
「ちょうどよかった。家のカギを貰って来たからそれじゃあカレン、家を見にいこうか」
「はい」
二人仲良く白ユリ亭を出たところで、カレンの手を取り俺の家の玄関前に転移した。
悪事を働いているわけでもないので、いてもいなくてもどっちでもいいけど家の前の通りには人がいなかった。
カギ束から玄関の鍵を見つけて扉を開けて中に入ったところ、確かに玄関の中は隅々まで掃除が行き届きホコリ一つなかった。床や壁についていたシミも目立たなくなっていた。
「意外と新しい?」と、カレン。
「物は古いそうだけど、商業ギルドの方で2日かけて掃除してくれたようだ」
「そうだったんですね」
「最初は錬金工房だ」
錬金工房の中に入り窓を開けた。明るくなった部屋の中を見回すと、さすがに器具には手を付けた痕はなかったが、テーブルの上や床の上はすっかりきれいになっていた。
器具は自分で責任を持って洗うしかないけれど、そういう仕事も充実感があって意外と楽しいものだ。
「すごいですね。錬金工房の中って初めて見ました。わたしも勉強すれば錬金術師に成れるかな?」
「勉強はもちろん必要だが、実際に手を動かして、何度も失敗を繰り返していくことも必要と思うぞ」
「確かにそうですね」
「錬金工房はこんなところだ。次は居間に行ってみよう」
「ここはまた広くて立派な居間ですね」
「前住んでた人は一人住まいだったらしいが、一人で使うにはちょっと贅沢な居間だよな」
「お金持ちだったんでしょうか?」
「そこの棚に何冊か置いてある本だってかなり値が張るものだろうし、それ相応の金持ちだったんだろうな。
俺はまだ見てはいないんで違うかもしれないが、並んでいる本は錬金術の本じゃないか? この家の中のものは自由に使っていいと
「ありがとうございます」
居間のあとは一階をグルリと一回りした。庭に出たら、ちゃんと雑草は刈られてすっきりした庭になっていた。庭の先にはリンゴの木が1本立っていて小さいながらも緑の実が沢山生っていた。秋口には大きくなった上に赤くなって食べられるかもしれない。
前回見た時には気づかなかったけど、台所から庭に出るための扉の先から手押しポンプの付いた井戸まで平たい石が敷いてあった。
庭を一回りした後は風呂に回った。
大型のたらいのようなバスタブの他、洗い場と、湯沸かし用の釜が風呂場の内側で、湯沸かし釜のかまど口は風呂場の外、庭にある。
「使用人を雇うのでしたら別ですが、男の一人暮らしでお風呂のお湯を沸かすのは大変じゃありません?」
「水を汲んで風呂場まで運んでくるのは面倒だが、水を湯にすることは簡単なんだ」
「?」
「エールを冷やしたのと逆で、水を温めることもできるんだ」
「そんなことまで」
「まあな。水汲みも樽を2、3個用意しておけばそれをアイテムボックスに収納するだけだからそれほど手間ってわけじゃない」
2階に上がって一通り寝室を見て回った。
「2階は俺が寝る部屋が1つあれば十分だし、居間の長椅子で寝ることもできるから、正直なくてもいいようなもんだったな。使わないからといって掃除しないわけにもいかないし」
「ゲンタロウさん、わたしがこのうちに下宿してはダメですか? 料理はできませんが掃除くらいはできます」
おっ! 積極的だな。ダメではもちろんないが、世間体ってものがあるからな。
「俺自身はかまわないが、若い男女が同じ屋根の下で暮らすのは世間的にはまずいんじゃないか?」
「白ユリ亭でも同じ屋根の下で暮らしてましたが」
そう言われればそうだが、アレは同じ屋根の下とは言わんだろう。鍵もかかった部屋だし。そういえば、この家の寝室は鍵がかかるようにできてたんだった。
「じゃあ、いいよ。カレンの好きな寝室を選んでくれ」
「ゲンタロウさんはどの寝室にするんですか?」
「俺は階段に一番近いこの部屋かな」
「じゃあ、わたしはその隣の部屋で」
ほんとにいいのかよ。いいんだろうけど。というか、俺って安パイと思われてるんだよな。いいけど。
カレンが白ユリ亭を引き払うと言ったら、リリーがどういった顔をするのか? 見てみたいような見たくないような。
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