第28話 借家とカレンの進歩
商業ギルドに戻って再度応接室に通された。モーリー女史は契約書を取ってくると言って台帳を抱えて部屋を出ていった。
すぐにモーリー女史がトレイを持って戻ってきて、トレイの上に乗っていた厚手の紙の上に物件の所在地などを記入して、金額を記入した。その紙にはあらかじめ契約内容の金額と契約相手名だけ空白にした出来合い契約書だったようだ。
「こちらにサインをお願いします」
契約書が2枚差し出され、言われた場所に俺の名まえを書き込んでおいた。
「ここで、1年分の代金を払えばいいんですね?」
「はい。金貨25枚お願いします」
俺は懐から布袋を取り出し中から金貨25枚をトレイの上に置いた。
「金貨25枚、確かに。
明日、明後日で清掃は終わります。鍵などをお渡ししますので
「了解しました」
契約書の片側を貰って俺はギルドを後にした。
借家とは言えこれで俺も一国一城の主だ。なんかちょっとだけ偉くなったような気がした。
まずは布団と毛布だ。あの家にベッドは全部で4つあったがもちろん寝具は付いておらず板だけが張られた裸のベッドだ。寝具屋というのがこの世界にあるのか分からないが、日本みたいにベッドを売ってる家具屋に付随して売っているだろうと思って家具屋をまず探して歩いた。
通りを歩いていたら、椅子や小さなテーブルを店先に並べた店があったのでそこに入ってみた。思った通りそこは家具屋で寝具も扱っていた。布団を2組とシーツを6枚、毛布を4枚そこで買った。俺の目から見てそれほど品質が高いものではなかったが結構な値段だった。この世の中、どういった形で布が織られているのか知らないが、いずれ手工業なんだろうからこんなものなんだろう。
次は台所、食堂用品なんだが、俺は料理する気は全くないので、買ってきたものを乗せる皿とコップ、ナイフとフォーク、スプーン、トング。そこら辺があれば十分だ。あと、箸が欲しいがそれは手作りで間に合わせればいいだろう。
台所、食堂用品は雑貨屋ですぐ見つかった。全部木製だ。陶器製のものや金属製のものは売ってなかった。そういったものを一通り購入した俺は白ユリ亭に戻った。もちろん荷物はアイテムボックスだし、白ユリ亭までの移動は転移だ。
「ゲンタロウさん、お帰りなさい」
「ただいま」
店番のリリーに部屋の鍵を貰って、明々後日の朝、ここを引き払うことを告げておいた。
「ゲンタロウさん、行っちゃうんだ。よかったらどこに行くのか教えて?」
「この街で家を借りたんだ。家に入れるのが明々後日だから」
「明後日までの代金を差し引いて預かってた宿賃は返さなきゃね。
昼食はここで食べる?」
「そうだな」
「じゃあ、その時渡すから」
「分かった」
「カレンさんも一緒なの?」
「そんなわけないだろ!」
「なーんだ。うちとすればありがたいけどね」
リリーとのバカ話もあと二日か。グッとくるものが……、全く何もないな。
いったん部屋に戻った俺は昼食までのわずかな時間、時間調整をして食堂に下りていったところ、カレンが食堂の前に立っていて俺を待っていてくれた。
「カレン、待っててくれたのか、悪いな」
「いえ。一人で食べるより二人の方がおいしいですから」
嬉しいことを言ってくれるねー。美しい師弟愛だ。
空いていた二人席に座ってリリーが注文を取りに来るのを待っていたら、すぐにやってきた。
「まずは宿賃の払い戻しです」
リリーはそう言って俺の前に硬貨の入った小さなトレイを俺の前に置いたので俺は適当に硬貨をポケットにしまった。
そのあと俺は面倒なので今日のお勧め定食を注文をした。カレンも俺と同じものを注文した。
リリーが厨房に戻っていったあと、カレンが宿賃の払い戻しについて俺に聞いてきた。
「宿賃の払い戻しって、ゲンタロウさん、どこかに行っちゃうってことですか?」
「いい家を借りられたから、
「そんなー。わたしはこれからどうすればいいんですか?」
「訓練は今まで通りだし、仕事を一緒にするのも今まで通りで全然変わらないぞ」
「そうでしたね。ゲンタロウさんはどこでも跳んで行けるわけだからどこにいても一緒ですしね」
「そうだし、メシの準備なんか俺じゃできないから、朝はたいていここで食べると思うぞ」
「良かった。
そのおうちはどれくらいの広さなんですか?」
「2階建てで、1階に立派な錬金工房と広めの居間と台所と食堂。2階に寝室が4つと納戸が2つだったかな? そうそう、風呂も付いてるんだよ」
「すごいけど、錬金工房って、錬金術を本格的に始めるんですか?」
「それ用に薬草もかなりの量集めてるからな。
明後日商業ギルドに鍵を貰いに行ってからになるけど、カレンも見に来るか?」
「ぜひ」
「了解」
その日の午後から二人で南の林の中でカレンの杖術の訓練を兼ねた狩をした。初日は散々だったが、今ではモンスターも含めたいていの敵をたおせるようになっている。苦手意識のあったオークに対してもひるむことなく立ち向かっていき仕留められるようになっている。カレンのいいところは全力で立ち向かっていっても相手を爆散することなく仕留められるところだ。俺だとパンチやキックで相手すると、爆散させないよう仕留めるのは逆に面倒だ。
「ゴブリンが3匹。こっちに向かっている。
気付かれないようにこのままここで草陰に隠れて、十分近づいてきたら躍り出て斃してみろ」
「はい」
3匹のゴブリンが30メートルくらいまで近づいてきた。俺はサーチしたあとロックしているのでゴブリンたちの動きは手に取るようにわかる。カレンもゴブリンたちが草をかき分ける音とかで気配を感じ取っているはず。
ゴブリンたちは俺たちから20メートルほどまで近づいてところで草陰に潜む俺たちにようやく気づいたようだ。ギーギー、ギャーギャーわめきながらこっちに向かって走りだした。
俺が合図したわけではないがカレンもそこで立ち上がって8角棒を構えてゴブリンに向かって突撃していった。カレンは棍棒を振り上げた先頭のゴブリンの胸の真ん中に突きをかました。その一撃はゴブリンの胸骨を砕いてゴブリンの胸にめり込んだ。心臓ごと潰してしまったようで、潰れた胸からだらりと血を垂らしながらゴブリンは仰向けに倒れた。これで1匹。
カレンは、大声を上げて棍棒を振り上げた2匹目のゴブリンの脇腹に8角棒を叩きつけた。8角棒はゴブリンの脇腹から腹の真ん中あたりまでめり込んだ。内臓破裂間違いなしだ。ゴブリンは変な声を上げてその場にうずくまりそのまま動かなくなった。
3匹目は2匹が瞬く間にたおされたことで怖気づき逃げようと一瞬立ち止まった。カレンは振り上げた8角棒をそいつの斜め前から頭部に叩きつけた。ゴブリンの頭蓋が割れて8角棒がゴブリンの頭の3分の1くらいめり込み、嫌なものが飛び散ってしまった。カレンもゴブリン相手では手加減が必要になったようだ。だからといって、手加減するよう指導する必要はないだろう。
「今の一連の動きに隙はないし、かなり良かった」
「は、はい」
「カレンでもこの辺りに出現するモンスターに引けを取ることはまずないと思う」
「ゲンタロウさんのおかげです」
「モンスターはどうとでもなるが本当に怖いのは人間だ。そのことは忘れないように。
相手が仕掛けてきたら相手を仕留めることをためらっちゃだめだ。おそらくカレンにとってそこが一番の問題になるとは思うがな」
「はい」
これから先、俺は好き勝手に生きていこうと思っているから、いろいろ対人トラブルが起きてくることは目に見えている。この先カレンが俺と行動を共にしていれば必ずカレンも巻き込まれる。俺が付いている時ならどうとでもなるが、一人の時は自分の身は自分で守らなければならない。今からその意識だけは必要だ。
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