第27話 借家
カレンの訓練は順調に進んでいき、その間10回10パーセントアップした。訓練による基礎体力の上昇と合わせて、元のカレンと比べ3倍近く肉体能力は上がっているはずだ。
八角棒の扱いも肉体能力の上昇と相まって
ちなみに冒険者のランクなどあまり意味はないが、オークを毎日5匹冒険者ギルドにおろしている関係で俺はDランク、カレンはEランクに上がっている。
その日カレンの朝の訓練に付き合った俺は、二人で朝食をとった後、午前中は買い物に出かけると言っておいた。部屋に戻った俺は時間調整をして蓋つき瓶が入荷していないか雑貨屋に向かった。
店の者にたずねたら注文していた蓋つき瓶が届いていた。残金を支払って木箱に入っていた蓋つき瓶500個をその場でアイテムボックスにしまっておいた。店員は驚いていたが、代金を払っている以上俺が何をしようが俺の勝手だ。
その後俺は、リリーから聞いていた不動産屋に顔を出した。不動産屋といっても商業ギルドが不動産を取り仕切っているそうなので、顔を出したのは錬金術師ギルドの向かいに建っている商業ギルドだ。
商業ギルドの開け放たれた大きな扉から建物の中に入ると、ピカピカに磨かれた大理石の大ホールだった。ホールの真ん中に受付の窓口があって女性が二人座っていた。
受付の前までいき、年上に見えた片側の受付嬢に来意を告げたところ、もう一人の受付嬢が奥の方に駆けていった。電話のないこの世界、彼女は伝令の役目なのだろう。
2分ほどで戻ってきた彼女は、俺をホールの先に並んでいた扉の先の応接室に案内してくれた。
「担当の者が参りますので、こちらのお部屋でお待ちください」
応接用のソファーに座ってしばらくなっていたら、扉がノックされて黒縁の丸眼鏡をかけた女性が台帳のようなものを持って応接室に入ってきた。この世界にも眼鏡があったようだ。初めて見た。
その女性は応接テーブルを挟んで俺の向かいに座って自己紹介してくれた。
「当ギルドで不動産を担当しているモーリーと申します。
どのような物件をお探しでしょう?」
「錬金術の工房に使えるような部屋があることがまず第一条件です。
あとは2、3人が暮らせるくらいのこぢんまりした物件で十分です」
「場所の指定はございますか?」
「この街の中なら十分です」
「わかりました。
失礼ですが、ご予算は?」
「相場を知らないもので。ある程度のお金は用意できると思います」
「契約金額は立地にかなり左右されますが、一等地でなくてよいなら、金貨20枚というところでしょうか」
金貨1枚5万円とすれば金貨20枚なら100万円だ。本当かな? 俺を若造だと思ってぼってるんじゃないだろうな?
「一月で金貨20枚は高くありませんか?」
「えっ! いえいえ賃貸契約は1年単位ですから1年分の家賃となります」
なんだ、普通の値段というか結構安いじゃないか。
「そうだったんですね。何せ初めてなもので」
「そうでしたか。
少々お待ちください。今台帳で探してみます」
モーリー女史は台帳をめくって、ところどころに小さなしおりを挟んでいった。
「そうですね。
ここなんかはどうでしょう」
モーリー女史は最初にしおりを挟んだページをこちらに向けて開いて見せてくれた。
「この物件は、以前錬金術師の方がお住まいだった建物です。2年前にご本人が亡くなられました。故人の希望で中のものはそのままになっています。
立地は街の中心から少し離れていますし、古い物件ですのでご要望よりかなり大きな物件ですが金貨25枚でお貸しできます。その方がお使いになっていた錬金道具などはそのままになっています。ご不要なら当ギルドで処分しますが、そのままお使いになられても問題ありません」
見せられたページには、物件の間取り図が描かれていた。その物件は2階建てで1階には広めの作業場、納戸、台所に食堂。それにかなり広い居間。加えて風呂にトイレ。風呂が付いているのは魅力だ。俺なら簡単に水を湯に変えられるからな。台所の扉から裏庭に出ることができ、裏庭には井戸があった。
2階にはベッドルームが4つと納戸が2部屋。
間取りを見た感じは合格だ。実際にこの目で確かめて、致命的な問題がなければ契約してしまおう。
「なかなかよささそうな物件です。実物を見に行くことができますか?」
「もちろんです。ギルドの前に馬車を回しますので、表でしばらくお待ちください」
台帳を持ったモーリー女史が応接から出ていき、俺もギルドの玄関を出て表通りで馬車がやってくるのを待った。
5分ほど待っていたら馬車がわき道から通りに現れ俺の目の前で止まった。
モーリー女史が馬車から降りてきた。
「どうぞ」
馬車に乗り込んで席に着いたらすぐに馬車が動き出した。向かいに座るモーリー女史が馬車の中であの台帳を開いて他の物件も見せてくれたが、最初の物件が一番いいように思えた。
馬車は大通りを外れて少し細い道に入っていき、何度か直角に曲って20分ほどで目的地に到着した。中心部からそれなりに離れた物件だが転移が使える俺からすればなにも問題ない。
「この物件です」
確かに見た目は古臭く感じた。とはいえ、俺から見ればこの街の建物で新しそうに見える建物などどこにもないので気にはならない。建物の表側は直接通りに面しているので門や前庭はなく、通りから直接玄関ホールに入っていくことになる。
モーリー女史が扉を開けて玄関ホールの中に入ると床は板敷きで、鎧戸式の窓が閉まっている関係で家の中はかなり暗かった。そして、錬金術師が使っていた家らしくラシイ臭いが漂っている。化学的な臭いなので我慢できないほどではない。実際1分もしたらほとんど気にならなくなった。
「少しお待ちください」
そう言って先に中に入ったモーリー女史が窓を開けていった。何をこぼしたのか分からないが床材のところどころが黒く変色していた。
明るくなった家の中だが、全体的に暗い感じがする。壁紙が貼ってあるわけでもなく、漆喰の壁も煤けて灰色になっているのだからその辺は仕方ない。
肝心の錬金工房だが、理科室の実験台のようなテーブルの上にガラス製の器具や陶器の骨壺のようなものが並んでいた。
「ここの器具を使ってもいいという話でしたが、壊した場合どうすればいいですか?」
「故人のものでしたが故人はギルドに負債があったわけでもありませんので所有者はいませんしもちろん帳簿に乗っていません。屋敷内のものでしたら設備も含めご自由に使用していただいて結構です」
これはありがたい。器具を洗えばすぐにでも使えそうだ。容器らしいものはそのまま使えばいいが、複雑な形状の器具の使い方は不明だ。まっ、化学の実験室と思って使っていればそのうち見えてくることもあるだろう。
錬金工房に続いて居間に案内された。
かなり広い居間にはゆったりした革張りの椅子、布張りされた長椅子。そして大型の立派な机が置いてあり、壁には棚が作りつけられていた。その棚には数冊大きな本が並べられていた。
「この本も?」
「ご自由にお使いください」
読むことはできるのだろうが俺に理解できるかどうかは分からない。それでも錬金術師の家に置いてあった本なわけだから貴重な本なのだろう。故人の希望でそのままだったとは、故人は商業ギルドにそうとうな影響力があった人物なのだろう。なににせよ、ありがたい。
そのあと引き続き家の中を見て回った。
風呂場には簡単な洗い場に木製のバスタブと湯を溜める大型の桶が置かれていた。バスタブというよりたらいだな。中をのぞくと底に木栓がついていた。
台所から裏庭に出ると、雑草の生い茂った裏庭で、真ん中に井戸があった。その井戸にはちゃんと手押しポンプがついていた。つるべ式だと風呂に入る気も失せるものな。庭の先にはリンゴの木が1本生えていて小さな緑の実が生っていた。食べられるかもしれないが、食べない方がいいかもしれない。
「契約が終わりましたらわたくし共で、屋敷内の清掃はもちろん、中庭の清掃なども行ないますのでご安心ください」
二階に上がると寝室が並んでいた。これがこの世界での普通なのか分からないけれどどの寝室にも鍵がかかるようになっていた。
ここに決めた!
「ここに決めました。さっそく手続きしたいんですが」
「ありがとうございます。
それではギルドに一度戻って契約書をお作りします」
窓を閉め戸締りを確かめて、俺たちは馬車に乗って商業ギルドに戻っていった。
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