第26話 カレン9、初めての2


 カレンが八角棒を構えて灌木の左側の茂みに潜んでいるモンスターに近づいていった。俺はカレンのすぐ後ろ、八角棒が振り回されても邪魔にならない位置でついていく。


 どういったモンスターが潜んでいるのか分からないが、距離は8メートル。そこでモンスターはわれわれに気づき、いきなりカレンに向かってジャンプした。


 俺も少々驚いたがカレンはもっと驚いたようだ。キャッ! と、一声上げて身をすくめてしまった。


 飛びかかってきたのはウサギ耳を持ったモンスターだった。俺がチュートリアルフィールドで最初に対峙したウサギとは少し違っているようだ。

 大きさは中型犬程度。本物のウサギならげっ歯類なので牙などないし、口吻も伸びていないが、そいつは伸びた口吻の分大口で、牙の生えた大口を開けてよだれを垂らしていた。耳の形と後ろ足がウサギそっくりでなければ、狂犬そのものだ。バイオ・ケミカル耐性を持つ俺なら変な病気にやられることはないはずだが、カレンが噛まれて変な病気になってしまえば治癒ポーションがあるといっても大変だ。



 俺はとっさに前に出てカレン目がけて一直線に跳びかかってきたモンスターの横顔にパンチをくれてやった。


 ウサギイヌは首の骨を折ったようで頭が変な方向に曲がったまま5メートルほど斜め前方に飛んでいき、藪の中に落っこちて動かなくなった。


 いきなりの実戦は厳しかったようだ。少し八角棒で訓練してから実戦に移らないと訓練効果が期待できそうもない。


「ゲンタロウさん。みません。ビックリしてしまって体が動きませんでした」


「いや、今回は俺の失敗だ。素振りも何もせずいきなり実戦はなかった。

 場所を変えて杖術の基礎的なところからやっていこう」

「はい」


 ウサギイヌの死骸は何かの役に立つかもしれないと思いアイテムボックスの中にしまっておいた。



 人目を気にせず落ち着いて武器を振り回せる場所となるとなかなか思いつけない。というか、ここで練習すればいいだろう。


「場所を変えようと思ったけれど、ここでいいな。モンスターが近づく前に俺が片付けてやるからそこは安心してくれていい」

「はい」


「最初は型どおり素振りだ。

 まずは突きから。思い切って突いてみてくれ」

「はい!」


 カレンが八角棒を両手で握りしめて、気合を入れて前に突き出した。もちろん八角棒の先端はブレブレだった。


「カレン、気合だけ・・は良かったが突き自体はダメだった。

 まずは肩の力を抜け。肩を軽く上下してみろ」

「はい」

 カレンは八角棒を持ったままその場で肩を上下した。

「肩の力が抜けたらもう一度」

「はい」


 カレンが八角棒を突き出したが、スピードはそこそこあったものの先端は相変わらずブレブレだった。


「八角棒を強く握りしめ過ぎだ。もう少し手や指の力を抜いてから突いてみろ」

「はい!」


 カレンは八角棒を握り直して、構え直した。そして思いっきり腕を突き出したのはいいが、八角棒は手から離れて地面に落っこちてしまった。


 カレンはコーチングのやりがいがある逸材だった。


「今回も気合は良かった。

 失敗は成功の母とも言う。どんどんいこう」

「は、はい」


 八角棒を拾い直したカレンが再度構えて、突き出した。


 今度は八角棒を落とすことなく突き出せた。もちろん八角棒の先端はブレブレだ。ブレブレを矯正するためには的を決めて、的を突く練習をすればいい。


「カレン。八角棒の動きがブレている。的を突く練習をしよう。そこにある灌木の幹の一点を的に見立てて突いていこう」

「はい」


 ウサギイヌが最初潜んでいた近くに立つ灌木の幹に近づいて、カレンが幹に向けて八角棒を突き出した。


 コン。


 迫力のない音だが、いちおう幹の真ん中あたりに八角棒が命中した。


 コン。


 最初に命中した位置と今回命中した位置は10センチくらいズレていた。まだ最初だしこんなものだろう。


 それからカレンは突きを繰り返し、だいたい同じ位置に八角棒の先端が命中するようになった。八角棒の動きもスムーズで、突き出された八角棒の動きのブレはほとんど見られなくなった。何も指導してはいなかったが、膝にたるみを作って腰を若干落とし、体重の乗った突きを繰り出している。かなり威力はある。命中音も始めた時の元気のない『コン』から今では『ドン!』に変わってきているし、灌木の幹の皮が剥げて幹の薄茶色の地が見えている。


「なかなかいいぞ。

 疲れはどうだ?」

「はい。まだだいじょうぶです」


 基礎体力もだいぶ上がっているので、この程度でへばらなくなったな。


「じゃあ、どんどん続けていこう」

「はい」


 そこから100本ぐらい、いい突きが灌木の幹を突いたのだが終盤少し迫力が落ちてきたようだ。手のひらを気にしている?


「カレン。なかなかいいが、手のひらはだいじょうぶか?」

「マメができてそれが潰れて少し痛いですが、我慢できます」

「我慢しなくていいから。

 ちょっと見せてみろ」


 カレンが八角棒を小脇に挟んで両手のひらを見せてくれた。左右どちらも手のひらにもマメができて、どのマメも潰れてリンパ液と血が滲み出ていた。これは痛そうだ。


 俺はアイテムボックスから俺の作った回復ポーションを2つ取り出して、一つをカレンに渡して、


「まず、回復ポーションを飲んでおけ」


 そのあと、もう一本の回復ポーションをカレンの両手のひらの潰れたマメに降りかけた。


「早めに処置しないと大変なことになるからこれからは異常があったらすぐに言ってくれよ」

「済みませんでした」

「別に謝らなくていいから」

「はい」


「無理することはないからマメが治るまで訓練は中止しておこう。明日には完全に治っているだろうから朝の訓練はちゃんと行なうからな」


「はい!」


 俺はカレンのことを見くびっていたようだ。相当根性がある。鍛えがいがあるというものだ。


 カレンが訓練しているあいだ俺の方は、システム操作を使って周辺に生えていた薬草を採集している。かなりの量採集できた。とはいってもあって困るわけではないので、見つけたらドンドン採集するけどな。


 注文中の小瓶が雑貨屋に届いたらポーション製作開始だ。今の宿屋の中で作業してできないことはないがどこか落ちついた一軒家でも借りられるものなら借りた方が良さそうだ。



 八角棒は俺のアイテムボックスに預かって、カレンの手を取りしらユリ亭の近くに転移してそこから二人そろって中に入った。


 カウンターで店番をしていたリリーが、

「あら、二人とも仲良くお戻りですね。

 もうどうせなら二人部屋にした方がお得ですよ。いろんな意味で」

「リリー、バカのことを言ってないでさっさとカギをくれ」

「はいはい」


 俺がカギをリリーから先に受け取り、次にカレンがカギを受け取った。

 カギを手にしたカレンは顔を赤らめて階段を走って上っていった。


「知らないぞー」

「マズかったかな?」

「それはそうだろ」

「後で謝っておく」


「許してくれればいいけどな」

「怒らなくてもいいと思うけど」

「俺に言っても何にもならないぞ。それじゃあな」


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