第25話 カレン8、初めての1


 翌朝。


 早朝トレーニング。


 トレーニング開始前にカレンの手を握り、昨日同様カレンの身体能力関連情報を上方修正した。10パーセントアップを10日続ければ2.5倍くらいになる。その間にトレーニングして基礎体力もある程度上がっているわけだから、実質3倍くらいになるかもしれない。


「カレン。今日もきみの身体能力を1割アップしたから。

 今日は昨日より少し速く走ろう。時間は昨日と同じで1時間だ」


 進歩を実感できるとやる気が持続する。ハズだ。カレンの顔もやる気に満ちている。と、思う。


 だいたい時速9キロで1時間走り切った。<リフレッシュ>の回数は昨日より減っている。




 朝のトレーニングを終えて、汗を拭きながら部屋に戻り着替えを済ませた。そのあと待ち合わせをしていた1階の食堂の入り口で合流して二人並んで食堂に入り、二人席に向かい合って座って朝食を摂った。


 カレンのことだが、これから高い身体能力で戦っていくにせよ、さすがに俺のような素手の格闘戦はやはり危険だし、何より女子が素手でモンスターを殴り殺していては見た目が悪い。

 なので武器は必須だ。本人がメイスは嫌だというが、ではどういった武器がいいのか? メイスは力とスピードさえあればあまり技術的なものはないためメイス術とかメイス道とかなかったような気がする。体を鍛えるだけで強く成れる数少ない武器だと思うのだが。確かに優美さは皆無だから素手と五十歩百歩だけどな。


「カレン、メイスが嫌だとすると、どういった武器を使いたい?」

「今のナイフではだめですか?」

 確かにナイフは華麗ではあるが、実戦向きではないよな。特に相手がモンスターとか力で押すタイプだと。


「間合いが極端に短い上に、相手が重い武器を振るってきたのを受けてしまうと押し負けるし、受け流しをしくじれば簡単に折れそうだし」


「うーん」


「じゃあ、杖はどうだ? 背丈くらいの杖なら間合いは十分だし、丈夫で軽い材質なら負担にもならない。使いこなせるようになれば華麗だぞ」

 杖なら扱い方次第で華麗にも優美にでもなる可能性を秘めている。ような気がする。


「分かりました。杖でがんばってみます」

 華麗のひとことが効いたのかもしれない。


「なら杖を買いに行こう。武器屋のある場所知ってる?」

「いえ、でも冒険者ギルドの近くにあるんじゃないでしょうか」


「今日も冒険者ギルドにオークを卸しにいくから、そこでギルドの人に聞いてみよう。

 ところで武器屋は何時ごろ開くのかな?」

「おそらく9時には開いていると思います」


「食べ終えたら部屋に戻って8時半ごろ玄関前に集合ということでいいかな」

「はい」



 朝食を終えた俺たちは各自の部屋に戻り、時間調整をして待ち合わせの宿屋の玄関先で落ち合った。


 まず冒険者ギルドに立ち寄り、今日のオーク5体を卸して買取金額証明書と金貨12枚と銀貨10枚を受け取った。カレンには金貨4枚と銀貨3枚を渡しておいた。買い取り所でグレンさんにお勧めの武器屋の場所を聞いたので、ギルドでの用事を終えた俺たちは教えてもらった武器屋に歩いていった。



 大通りから1本外れた裏通りに入り5分くらい歩いたところにその武器屋はあった。


 店の中に入ると、鎧や鎖帷子くさりかたびらを着せられたマネキンが片側の壁に並び、反対側の壁には長柄ながえの武器が横向きにかけられていた。正面の陳列台には、刀剣類が並べられていた。

 その陳列台の向こうに若い店員が一人立っていた。客は俺たち二人だけだ。あまり流行っていない店なのか?


 ざっと見たところ、長柄の武器として槍や大型のハンマーはあったが、杖のたぐいは見あたらなかったので、その店員にたずねた。


「この子の背丈くらいでじょうぶな杖ってありませんか?」


「杖ですか? あったかなー? 奥の方を見てきますから少々お待ちください」


 店員が店の奥に引っ込んでしばらくして1本の棒を持って帰ってきた。


「うちにあったのはこれ一本でした」


 店員が見せてくれた棒は、俺の背丈ぐらいの八角棒だった。カレンが使うとすれば少し長いのだが、身体能力がこれからどんどん上がっていくことを考えれば問題ない長さだと思う。


 俺が手に持った感じ、カレンには若干重いかなと思ったが、これくらいなら許容範囲だろう。ただ、カレンの手は見た目通り大きくはないので、カレンには少し太いかもしれない。


 先に八角棒の様子を確かめた俺は、カレンに渡して様子を見させた。


「どうだ?」

「少し太いけど何とかなりそうです。あとは、少し重いかな」

「重さについてはこれから先カレンの筋力も上がっていくわけだから、いいんじゃないか?」

「なら、これで」


 手はそう簡単には大きくならないから太過ぎるようだと問題だが、少々重い程度なら訓練に使って筋力をつけて俊敏性を養っていけば自ずと杖に慣れて使いやすくなっていくだろう。それでもどうしても馴染めないなら、どこかで新しく調達すればいいだけだし。


「じゃあこれを貰おうか。いくらになる?」


「店の奥に長年置いたままのものですからお安くしておきます。

 これくらいですかね」


 俺は店員の言う値段、銀貨5枚を支払って、カレンに八角棒を持たせて店を出た。値切る時間も惜しいし面倒なので値切ってはいない。



「武器が手に入ったら練習がてら南の方に行ってみるか?」


「はい。

 わたしは南の方には行ったことがないので何があるのか分かりませんが、ゲンタロウさんはご存じだったんですね」


「いや。俺もほとんど知らないから。俺の知っているのは南門から1時間ほどの林の中だけだ。行けばなにか目新しいものが見つかるんじゃないか?」


 林の中だけ知っているというところはなかなかのものだが、カレンはそのことはスルーして「分かりました」と答えた。カレンも俺の奇妙な言動に対して諦めているような節がある。



 武器屋を出て適当なところでカレンの空いた手を取って、街の南門の先に転移した。俺が初めてこの世界に訪れた林の中だ。



 周囲に脅威がないか確かめたところ、動物なのかモンスターなのか分からないがそこそこラシイのがいる。


 いちおうモンスターかどうかくらいは調べておくか。


<サーチ>モンスター。


<範囲>範囲100メートル


 ……。


 おっ。結構近くにいるじゃないか。種類は分からないがモンスターだ。


 素振りも何もしていないカレンでは斃すのは無理かもしれないが、無理じゃないかもしれない。本人は少しくらい怖い思いをするだろうが、危なくなれば俺が何とかするわけだから、実戦といっても本当の意味での危険はない。本人からすれば真剣度が違うから教育効果抜群のはずだ。


 俺はそのモンスターに向かってカレンを案内した。


 対象を視界にとらえるということは、対象からもこちらが見える可能性があるということなので、俺たちは対象のかなり手前から腰を落として接近していった。


『カレン、あそこに灌木が見えるだろ?』


 20メートルほど先に立っていた灌木を俺は指さした。


『はい』


『ここからだと見えないが、あの木の左側の茂みにモンスターがいる。どういったモンスターだかは今のところ分からない。

 カレンが危なくなったら俺がなんとかするから、杖でそいつを仕留めてみろ』


 ここで本人を危険がないと安心させては教育効果が薄まったかもしれないが、最初だし。


『はい。やってみます』


 カレンは八角棒を構え俺の前に立って対象に向かって進んでいった。


 相手はモンスターだ。こっちに気が付けばよほどのことがない限り襲ってくる。従ってこっそり忍び足で近づく必要などないのだがこれも訓練だ。忍び足的な何らかの能力が鍛えられるかもしれないし。

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