第15話 カレン2


 頭がどこかに飛んでいってすっかり寸詰まりになったオークも含めて3体のオークの死体をアイテムボックスの中に収納した。


 飛んで行ったオークの頭も探す気になれば探せたが、そこまで欲しい物でもないので放っておいた。あとで誰かが見つけたらビックリ、ドッキリするかもしれない。噛みついてくるわけでもないから大丈夫だろう。腐ってくれば、窒素とリン酸肥料にはなりそうだし。


 オークの頭は放っておいたが地面に転がった少女の短剣を拾い上げて少女に返し、場所をかえて少女と話をした。


 昼時だったので、手ごろな倒木の上に並んで座って屋台で買った串焼きを二人で食べながらである。


 飲み物もあった方がいいのだが、水袋は買ったものの買いっぱなしで水を入れていなかったので、アイテムボックスからバックパックを取り出し、中から緑茶のペットボトルを2つ取り出し1つをカレンに渡した。カレンはキャップの外し方が分からないだろうと思って解説付きで俺が外して手渡した。


 少女にとって初めてのペットボトルでおそらく初めての緑茶。少女は少し驚いていたようだが、緑茶は気に入ったようだ。ペットボトルはもう手に入らないから、空になったら返してもらおう。相変わらずセコイ。


 少女の名前はカレン・アーマット。1週間ほど前、田舎からアルスにやってきて冒険者になったそうだ。宿は俺と同じ白ユリ亭で、2階に部屋を取っているという。なにも小柄な女の子が冒険者にならなくとも。と、思ったが口にはしなかった。俺も自己紹介として簡単にEランクの冒険者ゲンタロウ・オオヤマだと名乗っておいた。


 Gランクの彼女は、討伐系の仕事は無理なので、この東の丘陵へ薬草の採集のためやってきていたのだそうだ。毎朝早くに街を出て、昼過ぎまで採集し、夕方になる前に街に帰るのが日課。今日は採集に熱中して、ついつい街道から大きく外れてしまったところ、オークに遭遇したそうだ。逃げ出したものの、追い詰められて、先ほどの状況に陥ったとのこと。

 逃げているあいだに背負っていたリュックは投げ捨てたそうだ。冒険者ギルドの掲示板に貼ってあった注意書きは見ていなかったんだろう。それについても指摘しなかった。


「そういえば、昨日の昼頃、白ユリ亭の食堂で向かいに座ってたのカレンさんだよね」


「えっ! そうだったんですか? わたし、昨日は体調が悪くて昼近くまで休んでいて、食事だけでもと思ってあそこで昼食を摂っていたんですが。申し訳ありません、全然覚えていません」


「いいよ、いいよ。別に大したことじゃないし。でも、あの時フードを被ったまま食事してたようだけど、何か理由でもあるの? 言いたくないことなら言わなくていいから」


「いえ、別にかまいません。実は、アルスの街にきて最初のうち、わたしが小柄な女子と思ってか、道を歩いているとき、食事してるとき、ギルドで窓口に並んでいるとき、いろんなところで、いろんな男の人が声をかけてくるんです。それが怖くて、気が付いたらフードで顔を隠すようになっていました」


「ふーん。まあそれだけ美人なら仕方がないよ。

 でも、被害者がフードを被らなきゃいけないのはおかしいんじゃないか?」


 面と向かって美人と言われたためか、カレンは頬を少し赤らめて黙ってしまった。照れるな美少女。可愛いじゃないか。


「これを食べ終わったら、もう街に帰るかい?」

「はい。リュックごと荷物も無くしちゃったし、服もこの通りですから」

「じゃあ送っていこう。このまま放っておけないから」


 放っておけないよなー。『アテナの呪い』って、何なんだ? それってイジメ?


「ありがとうございます。でも、そこまでご迷惑をかけられませんから」

 やはり命の恩人でも、男は警戒するか。


「遠慮はいらないよ。それに、そんなに手間じゃないんだよ」


 串焼きの最後の一切れを口に放り込み、立ち上がってカレンに手を差し伸べる。

 カレンは慌てて残っていた串焼きを口に入れた。カレンは片手に緑茶が半分残っているペットボトルを持っている。串焼きの串は俺が預かって、俺の串と一緒にアイテムボックスの中に入れておいた。忘れずに捨てないと。


「そろそろ行こうか。きみの無くした荷物もきっと見つかると思うよ」


 連れだって街道の方に向かって歩き出すと、すぐに彼女が無くしたというリュックが見つかった。先ほど<サーチ>で確認できていたので、そっちに歩いて行ったからあたりまえか。


「手を握っていいかい?」

そう言ったら、えっ! という顔をされた。いきなりはビックリするのがあたり前。


 それでもそのままカレンの空いた方の手を取った。手を取ることでカレンが俺の持ち物として認識され、いちいちカレンの位置情報をいじらなくても<転移>できる。


<転移>


 カレンを連れて白ユリ亭の俺の部屋に転移した。



 カレンは、膝の力が抜けたように、床の上に腰を落とした。


 急に目の前の景色が変わりゃそれはビックリするよ、普通は。カレンはペットボトルを持ったままだ。どうも意識がペットボトルにいってしまう。


 いきなり手を握られたのにビックリしたのか、転移で跳んだことにビックリしたのかはわからないけど。


「ビックリさせてしまったね。申し訳ない。ここは白ユリ亭の3階にある俺の部屋。一瞬のうちに移動できる方法があってそれで移動したんだよ」


 カレンに手を貸してベッドの上に座らせ、俺は椅子に座った。


「一瞬のうちに移動できる方法って、転移。……、ですか? 転移とは本来、最上位刻印魔法の1つ、転移魔法陣を転移元と転移先にあらかじめ設置し、転移元から転移先に移動することをいいます。現在、いえ、ここ百年の間、転移魔法陣を新たに刻印できる刻印魔術師の方はいないと聞いています。それに現在も使われている転移魔法陣はごく限られているとも聞いています。

 失礼ですが、ゲンタロウさんはEランクだし、年齢だってわたしと同じくらいですよね? それで、先ほどのオークとの闘いや、オークの死体の回収。そして今回の一瞬の移動。……」


 カレンは、魔法についてかなり詳しいようだ。


「俺の使ったのは自分では転移と言っているけど、刻印魔法?とは全く別物だよ。オークの死体の回収はアイテムボックスというスキルのような物を使ったんだ。

 それとランクが高ければ、能力が高いとは言えるだろうけど、ランクが低いからといって能力が低いとは限らないだろ? こう言っちゃなんだけど、俺は昨日登録して当日中にGランクからEランクになったんだけど、Aランクの冒険者だろうと簡単にあしらえると思うよ。たとえそれがパーティーでもね」

 カレンが驚いているようなので、いい気になって、自慢してしまった。


「これから俺はギルドに行って用事を済ませてくるから。カレンさんはどうする?」

「わ、わたしは部屋に戻って少し休みます。先ほどは本当にありがとうございました」

 カレンはベッド立ち上がり一礼して、部屋を出ていこうとする。

 カレンはペットボトルをそのまま手に持っていたので返してくれるように言おうとしたが、さすがに断念した。


 俺は部屋の鍵を開けてやり、一緒に部屋を出て鍵をかけ、階段のところでカレンと別れ彼女の後ろ姿に向けてペットボトル、カムバーックと心の中で叫んでおいた。



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