第4話 ハロー、アテナ世界。
『うまくインストールできたようだね。それじゃあ、きみを向こうの世界に送ろう。自由に生きてくれたまえ』
神さま?の言葉が終わると同時に、俺の視界が切り替わった。
チュートリアルフィールドから、アテナ世界に転移したようだ。
ハロー、
すー、はー。
おおー、チュートリアルフィールドと同じ匂いがする!
俺が今立っているところは、ところどころに背の高い木があるもののほとんど灌木からなる雑木林の中だった。木々の葉の色は新芽だろうか、黄緑色のものが多い。赤い花や、白い花をつけた下草も見受けられる。見上げると、抜けるような青空で、あまり高くない位置に太陽が見えた。時刻は午前8時から9時といったところか。
俺の服装は、チュートリアルで着ていた胴着ではなく、薄茶色のチュニック風の上着に太めの黒革のベルトを締め、上着と同素材の長ズボンに黒革のブーツ。背中に例のバックパックを背負っていた。上着のポケットが膨らんでいたので手を入れたところ、中に茶色のなめし革でできた巾着風のひもが付いた小袋が入っていた。小袋の中を確かめると金貨が5枚。銀貨が5枚、黄銅貨が5枚、大銅貨が5枚、そして銅貨が5枚だった。五円玉はなかったがご縁がありますようにとでもいうのだろうか?
次はバックパックの中身の確認だ。背負ったバックパックを地面の上に下ろして、上蓋を開けるとそこには真っ黒な穴が見える。手を入れて中に入っているもの念じると、それを掴みだすことはできる。手を入れた段階で、中に何が入っているのか分かるので空振りはない。
今回も真っ黒な穴の中に腕を突っ込んだら中に入っているものがちゃんと認識できた。モンスターがらみの大量の素材の他、冷蔵庫の中に入っていたコンビニ弁当風の弁当やペットボトルに入った飲み物なんかもかなりの量入っている。
チュートリアルフィールドから持ってきた物品に問題ないようだ。
持ち物の点検を終えた俺は神さま?が言っていた便利なマクロを確認していった。
<転移>
これは対象物のアテネシステム内の位置情報を書き換えるだけの簡単なマクロだが効果は絶大だ。位置情報を書き換えた瞬間に目的地に移動できる。対象物は通常俺自身だが、俺に限らず何でもいい。限度はあるのだろうが位置情報は実用上何個でも記憶できる。
<アイテムボックス収納>
これも対象物の位置情報を書き換えるマクロなのだが、書き換える位置情報の先がアテナ世界ではなく
ボイド空間内には文字通り何もないので時間も経過しない。生き物もボイド空間に移動可能なはずなのだが、レジストされる。
<アイテムボックス排出>
ボイド空間内の対象の位置データをアテナ世界の任意の位置(大抵は俺を原点とした相対位置)を指定することによってボイド空間からアテナ世界に対象が現れる。
<鑑定>
対象のデータをアテナシステムから取り出して視界に文字として表示する。
試しに5メートル先に<転移>したら、俺の体は5メートル先で立っていた。俺が止まっていて世界が動いたような錯覚すらあった。何はともあれちゃんと機能してくれたようだ。これで一安心。
<検索>
一般的な情報をアテナシステムから取得する。
<サーチ>
検索をベースに指定した範囲内の指定した対象を見つけ、視界の隅に表示する。
<ロック>
対象の情報集合体にマークを付ける。視認でもマークできるが通常は<サーチ>などと組み合わせて使用する。マークされた対象は情報集合体として扱うことができるようになる。集合体の情報を単体同様エディットできるようになるが個別にレジストされることもある。
ちなみにレジストというのは変数の書き換えに失敗することだ。
俺自身の位置変数などは簡単に書き換えることができるのだが、他者の位置変数を書き換えようとすると、レジストされて失敗することもある。これは想像だが、高レベルの人物やモンスターといった対象の変数を
<セットアラート>
サーチに警報機能が付いたもの。通常は指定した範囲内で敵性生物などを見つけ、視界の隅に赤く表示する。今現在、適性生物は赤い点。中立生物は黄色い点で示されるよう指定している。
その他にもいろいろできることがあるようだ。とくにヤヴァいのは<インスタントデス>。こいつは対象の生命フラグを強制的にオフにする。もちろん対象はレジストするのだが、対象がレジストに失敗すればもちろん即死してしまう。試行回数に制限がないので、即死するまで<インスタントデス>を実行し続ければ対象は即死する。一度オフった生命フラグはオンにはならないようだ。従ってそこらの関係ない死体も生き返らせることはできない。
あとで分かったことも含めて、そんなところだ。
さてと。俺が今いる場所の近辺の地理はチュートリアルフィールドで検索していた関係でだいたい把握している。
今いる林から北に向かって歩いていくとすぐに林を抜け、林を抜けた先にある街道を道なりに歩いていけば1時間ほどで街にたどり着けるはずだ。ここにいても仕方がない。街を目指そう。
目指す街の名前はアルス。
アルスはエリサラス大陸を東から西に流れる大河、アーレ河の南岸に位置した1辺が2キロほどの正方形をした城塞都市で、周囲は高さ3メートルほどの石造りの外壁で囲まれている。街の北側は、外壁を挟んで外洋船も停泊できる港がある。
林の中を北に向かって歩いて10分。
サーチするのを失念していたことに気づいたのでさっそくサーチを発動してみた。
範囲は俺を中心として半径500メートル。通常モードでの敵性生物サーチだ。
俺が進んでいる北の方向に赤い点がまばらに見えた。わざわざ斃す必要もないので視界に入るようなら対処するくらいでいいだろう。
ラノベ的テンプレなら主人公が歩いていると盗賊だかモンスターに襲われている馬車がいて、馬車を守る護衛と盗賊だかモンスターが戦って護衛側が苦戦中なのだが、そういった場面に出くわすこともなかった。そもそも何もない林の中を馬車が通るはずないので当然と言えば当然か。
アテナ世界に現れて1時間半後。今俺はアルスの南門の脇の衛所で、街に入るための手続きをしている。
「身分証か通行証」
「身分証のようなものは持ってません」
「それじゃあ、仮通行証を渡すから。通行税が大銅貨1枚と仮通行証の保証金が大銅貨2枚で合計大銅貨3枚だ」
ポケットの小袋の中から大銅貨3枚を取りだして応対してくれている番兵に渡し、白木製の仮通行証を受け取った。
「仮通行証の有効期限は、今は上旬だから、月末までということになる。月をまたいでアルスにいるようなら早めに更新するように。月を超えてその白い仮通行証を更新してなかったら銀貨5枚の罰金だからな。更新はどこの衛所でもできる。保証金は仮通行証の返却時に返すから、街を出るときか、どこかのギルドに入るか役場で手続きをして本物の身分証を手にいれたらここに持って来いよ」
顔はいかついが、この番兵さん、意外と親切なんだな。
「冒険者ギルドってこの街にあるんですよね?」
「あるよ。門を入ってまっすぐ通りを歩いていくと広場に出る。その広場に面した建物のうち一番大きな建物が冒険者ギルドだ。おまえさん冒険者になるのかい?」
「はい」
「そうか。なんであれ無茶をしてケガをしないように頑張れよ」
ちなみに俺が番兵さんと話をしている間にも、衛所の前を結構な数の荷馬車が、ガラガラうるさい音を立てて門を出入りしている。街に活気があることは結構なことだ。
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