第1話 聖都ヴェストファーレン

 聖王暦二千二十年、八月一日 聖王国 聖都ヴェストファーレン


 その日はこの国にとって特別な日だった。

 聖都はその日、祝福に満ちていた。道々は花で飾られ、祝いの言葉が飛びかっている。

 「何と言っても今日は復活祭だ!」

 居酒屋の親父がそう笑うと、道ゆく旅人達に酒を振る舞っている。


 聖都、ヴェストファーレン。聖王国の首府であり、人間が魔族に対抗するために二千年以上の時を費やして築いた人類最大の城塞都市だ。


 聖都の中心部には忽然と切り立った二つの断崖が現れる。その頂に威風堂々たる双子の城が築かれており、両城は崖をつなぐ空中回廊で接続されていた。両城を隔てる崖下には大きな運河が流れており、それは聖都を南北に縦断している。


 その城を取り囲む様に市街地を形成し、南北に運河が走っていることから、運河を挟んで北街区、南街区と分けられる。更には人口ごとに細かく北一区、南五区というような番号制のブロックが二十あり、およそ百万の人口を抱える巨大都市でもある。

 その広大な街区をぐるりと城壁が囲み、城門は僅かに東西南北に一つづつだ。


 「聖王万歳!聖都に祝福を!」

 辻々で声が上がり、聖都の中はいつにも増して人で溢れかえっていた。


 復活祭とは三百年前、魔族に大勝利し、現在の聖王国の領土を確立した数代前の聖王が降臨した日とされている。

 聖都は賑わう一方で、城壁内外で多くの兵士が見られた。


 「あっ、ホークじゃねぇか!久しぶりだな!」

 すれ違った兵士が振り向きざま話しかけてきた。

 「やっぱお前も呼ばれたんだな。そりゃそうか、同期だもんな」

 「ああ、まぁな。」

 俺は仕方なく返事をしてやったが、正直、誰なのかはよく覚えていない。

 おそらく士官学校の同期だと思うが、同期といっても三◯◯人はいるからいちいち顔なんか覚えていない。

 「お前、全然変わらないな。髪は伸ばしているのか?」

 そう言えば士官学校を出てから切っていない。髪は後ろで縛っている。


 「こんなめでたい日に気が重いんだよなぁ…」

 思わず愚痴が声になってこぼれる。

 「アンタねぇ…私の方が気が重いんだから、そういう事言うのやめてくれない?」

 そう言って俺に小言を言い始めるこのクソ生意気な女はチェスカだ。

 俺とは幼馴染…というか、兄弟として育てられた。二人共、孤児だから、似てはいない。

 浅黒い肌に短い髪(ショートボブ)。黙っていれば美人の部類に入るだろう。

 今日はある”お祝い”のために俺たちは聖都くんだりまで来ている。

 もちろん、聖王様の復活祭を祝いに来たのではない。

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