第3話 フレデリック少将
「あっ、あれはフレデリックさんじゃないか!?」
「本当だ、フレデリック将軍がいるぞ!!」
「ああ、フレデリック閣下!」
雑踏の中からフレデリックの名を呼ぶ声がチラホラとあがる。彼は聖都ではちょっとした有名人だ。
『助かった――』という思い半分でフレデリックは街の人達に挨拶する。
「おお、お前ら、元気だったか?」
フレデリックの身分は騎士団所属の少将だが、半分傭兵であり、貴族だと見ている人間はいない。
加えて、傭兵団なのだから――と、依頼されれば街の人の困りごとの解決に手を貸していた。魔物退治、とか、泥棒を捕まえてくれ、とか、商隊を護衛してくれ、とか、中にはいなくなった猫を探してくれ、というものまであった。
フレデリックは”第二十一師団”などと大仰な名前がつく前の傭兵団の頃から、聖都ではちょっとした有名人であったのだ。
そんな事もあって、彼の顔は聖都でもよく知られている。
自然と人が集まりだし、フレデリックを先頭にちょっとした行列が出来上がっていた。
「よう、元気そうだな!」
フレデリックは顔見知りを見つけると、背中を叩いて笑いかける。
人だかりをかき分けながら進むような体になっていた。
もっとも、人混みに入る前から
フレデリックは何かを感じ取っている素振りを見せることもなく、賑わいの中にホークとチェスカを連れて飛び込んでいった。
「ちょっと、お父さん!」
チェスカは話はまだ終わっていないと掴みかかるが、雑踏に遮られてしまう。
「復活祭の式典に出るんだろう?その前にちょっと寄ってかねえか?」
「ほら、こんな暑い日にはエールだろ?」
酒場の親父が並々注がれたジョッキを突き出す。これに応えないのは男じゃねぇ、とばかりにジョッキを奪う。
「エールか、いいねぇ!わかってるじゃねぇか!!」
勢いよく喉を潤す。
「ぷふぁーーっ、いいねぇ、やっぱり文明ってやつは!!辺境じゃこんなん味わえねえからな!!」
「よっ、大将っ、
「馬鹿言え、俺は”少将”だぜ」
そう言って、また一気にジョッキを干すと、わらわらと人が集まってきた。
「んっ」
フレデリックはホークの前にジョッキを突き出す。
「ちょっ……おと…じゃなくて、団長!ホークも勤務中よ!!」
学級委員長よろしくチェスカが止めに入るが、その静止を振り切って、ホークはフレデリックからジョッキを奪った。
「ゴクゴクゴク……ぷふぁーっ」
いい飲みっぷりだ。
照りつける夏の日が気持ちい。よく冷えたエールが喉を潤した。それにしても、昼間から飲むエールは格別だ。
「よっ、こっちの兄ちゃんもいい飲みっぷりだ!!」
「当たり前だ、見ろよこの袖!旅団の士官様じゃねぇか。」
「じゃぁ、フレデリックさんの舎弟ってことか!」
「なんだ、兄ちゃん、傭兵かぁ。そりゃ、いい呑みっぷりな訳だ。」
わんさか人だかりができている。往来のど真ん中で酒盛りが始まり、周囲の視線が集まってくる。
俺達、風の旅団は傭兵団だ。”辺境”ってのはいろいろな意味で最前線だ。戦闘で死ぬこともある。
だから、貴族ではなく、俺たち傭兵が配置されている。だが、騎士団の一部であるからには騎士階級が与えられる。
騎士は一応、貴族に入るんだが、扱いは平民と殆ど変わらない。また、そいつ一代限りの身分だ。
貴族は生まれながらにして貴族で、貴族の子は貴族になる。一方、騎士の子は生まれながらにして平民というわけさ。
だから、騎士の子は騎士になる。つまりは代々軍人の家系になっていく――
最前線でまっさきに死ぬのは貴族ではなく自分たちと同じ身分の傭兵。
そういう認識が聖都の民衆には根強くて、旅団の制服を着て歩けば辻々で呼び止められる。
最前線にいるから、実戦経験も豊富だ。”傭兵”といえば自然と荒くれ者というイメージなんだろう。
さしずめ、俺は”荒くれ者の王様”といったところか。
フレデリックはもう数えるのをやめた何杯目かのエールを飲み干し、空に掲げると、また周囲から歓声が起こった。
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