親友と好きな人

yasuo

親友と好きな人

 マイちゃんを好きになったのは高校に入学してすぐだった。

 通学の電車で可愛い子がいると思ったら同じクラスで、向こうも僕のことを認識していたらしく話すようになり、仲良くなった。

 マイちゃんは天真爛漫で健康的な女の子。太陽のような人、ひまわりが似合いそうだと思った。

 明るくてよく笑うマイちゃんと話していると楽しくて幸せな気持ちになる。


 僕はよくマイちゃんのことをタツに話した。

 タツは親友だ。高校は別れてしまったが中学が同じだった。

 高校に入ってからも連絡したり会ったりしている。

 思春期の僕たちは中学の頃から異性の話は定番の話題の一つだった。

 誰々さんが可愛い。誰々さんのこんなところが可愛い。誰々さんはお前のことが好きなんじゃないか。お前は誰が好きなんだ。等々。。

 だからマイちゃんの話をするのは自然なことだった。

 同じクラスにマイちゃんという可愛い子がいる。仲良くなった。マイちゃんとこんな話をした。

 なんとタツはマイちゃんのことを知っていた。塾で一緒なのだという。

 タツはマイちゃんのことをマイと呼んだ。それなりに親しい間柄のようだ。

 僕は嬉しかった。知らない人の話をするよりも、お互いが知っている人の話をする方が楽しい。マイちゃんのこんなところが可愛いという話にも、タツは共感してくれた。

 それからマイちゃんの話題は、僕らの定番になった。


 ある日、タツに呼び出された。

 僕とタツは家の最寄駅が同じで、駅の近くにはこの町でただ一つのコンビニがある。ちょっと会おうというときには大体そこだった。

 学校が終わって電車で地元に戻る。駅から自転車でコンビニに向かう。

 タツは既にいた。田舎のコンビニ特有の広い駐車場の隅、自転車にまたがったまま何をするでもなくフェンスの向こうをぼんやり見ていた。フェンスの向こうには田んぼと山が広がっている。

 その横顔は、悲しんでいるような、怒っているような、複雑な表情をしていた。


***


 高校生になって間もない頃、中学で一緒だった親友のハルが、マイの話をするようになった。同じクラスになったらしい。

 俺とマイは塾が一緒の友達だった。友達、といってもマイはみんなと友達だ。明るい性格と可愛らしい見た目で人気者。誰にでも馴れ馴れしく話しかけてすぐに仲良くなる。だからハルがマイと仲良くなったことに何の疑問もなかった。同じクラスになったなら当然仲良くなるだろう。世間は狭いなあくらいにしか思わなかった。


 ハルはいつもマイの話をした。

 マイちゃんがこんなことを言っていた。マイちゃんのこんなところが可愛い。

 ハルは本当に楽しそうにマイの話をする。きっとマイが好きなんだ。そもそもハルは惚れやすいことを俺は知っている。

 親友の楽しそうな話しぶりを聞きながら、共感したり微笑ましかったりする一方で、心の奥にモヤモヤとした気持ちを感じた。

 信じたくないがそれは不快感だった。それは嫉妬であり、恋心だった。

 恋とはもっと甘酸っぱいものだと思っていた。


 自分がマイを好きであることに気付いてからは、ハルの話を聞くのがつらかった。

 つらかったが、親友を拒絶したくはなかったし、話の逸らし方を間違えるとこの恋心を知られてしまうかもしれない。それはまずいことだと思った。

 単に恥ずかしいだけではない。同じ人を好きになっているのだ。俺とハルの仲が壊れてしまうのが怖かった。


 しかし我慢は長く続かなかった。

 このままではハルを嫌いになる。そうしたら、結局仲は壊れてしまう。

 それに、隠し事をしていることがもう既に不誠実だと思っていた。

 意を決して俺はハルを呼び出した。


***


 タツはマイちゃんのことが好きだと言った。

 今まで僕がマイちゃんの話をするたびに苦しんでいたことも話してくれた。

 話をしている間、タツはこちらを見なかった。悲しみと怒りと、他にもいろいろ混じってそうな複雑な表情のままフェンスの向こうを見ていた。

 驚いたが、タツが勇気を出して言ってくれたことはわかった。その勇気に応えなければと、僕もマイちゃんが好きだと言ったら、知ってると言われてまた驚いた。確かにマイちゃんの話ばかりしていたが、ちゃんと言葉にして好きと言ったことはなかったのに、タツにはお見通しだったのだ。

 それは嬉しかった。タツが僕のことをわかってくれているのが嬉しかった。

 嬉しかったけど申し訳なかった。タツは僕のことをお見通しだったのに、僕はタツのことを全くわかっていなかった。タツの気持ちに気付かずにずっと傷つけていた。

 タツは自分が傷つきながら、たぶん僕に気を遣って我慢していたのだ。

 そして今、勇気を出して僕に明かしてくれた。申し訳なかったけど、やっぱり嬉しかった。タツのこういう優しくて誠実なところが僕は好きだ。


 僕はタツの気持ちに気付かず傷つけていたことを謝罪し、でも譲る気はなかった。

 タツも、僕に身を引いてほしくて気持ちを明かしたわけじゃないはずだ。タツはそんなことを考える男ではない。

 僕はマイちゃんに告白すると決意を表明した。

 するとタツはその言葉を待っていたかのように、やっとこちらを向いた。

 そしてまっすぐに僕の目を見て、覚悟した表情で、俺も告白する、と言った。

 どんな結果になっても恨みっこなしだ。僕はそう言って挑戦的にニッと笑うと、タツも今日初めて笑顔を見せた。タツの笑顔は挑戦的というより、安心したような笑みだった。

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